第5話 提灯小僧とソロキャンパー

ねえ、知ってる?

キャンプ好きのあいだでは、けっこう有名な話なんだけどさ。


山の奥でひとりでキャンプしてると、たまに現れるらしいよ。


夜、焚き火の向こうに知らない子どもが立ってるの。


顔はよく見えないけど、古びた提灯を持ってて、静かにこう言うんだって。


「……さみしいの?」


うなずくと、その子は少しだけ笑う。

そんで、一人の時間が、なくなっちゃうんだってさ。


でも不思議なことに、その子が現れた夜は、危ないことが起きないんだ。


焚き火が風で倒れそうになっても、自然に手が伸びるし、動物の気配がしても、なぜか遠ざかるんだって。



ユズキは、会社と人付き合いに疲れていた。

誰にも会わず、スマホを見ず、誰にも気を遣わずに過ごせる時間。


そんな“ひとりの時間”を求めて始めたのが、ソロキャンプだった。


朝に淹れるコーヒーの香り。

夜に食べるインスタントラーメンの湯気。


何も話さなくていい、ただ焚き火の音だけが響く時間。


それが、彼女にとっての至福だった。


その夜も、いつものようにテントを張り、焚き火を囲んでいた。


ただ、その夜は少し違った。火を拾いに少し森へ入った帰り道、ふいに獣の気配を感じた。


熊かもしれない。そう思った瞬間、草むらがガサリと動き、心臓が跳ねた。


咄嗟に身をかがめると、奥に灯りが揺れていた。


提灯の光。


それがスッと動き出し、道なき道を先導するように揺れながら進んでいく。


怖かった。でも、あの灯りなら——そう思えた。


気づけば、提灯のあとを夢中で追いかけていた。


そしていつのまにか、元のキャンプ地に戻っていた。


焚き火は無事だった。熊も現れなかった。


ふと、背後の気配に気づく。

振り返ると、焚き火の向こうに、小さな子どもが立っていた。


提灯の灯りに照らされて、その輪郭だけが浮かんで見える。


目が合ったような気がした。ほんの一瞬だけ、口元が緩んだ気がした。

古びた提灯を提げ、無言でこちらを見ている。


「……さみしいの?」


その声が風に溶けた瞬間、ユズキの中で何かが緩んだ。

うなずいていた。無意識に。


翌朝、目覚めると、置いてあったチキンラーメンが半分なくなっていた。



「“都市伝説、買います”って……ここ、噂で聞いたんです。語れば、あの夜のこと、記録に残せるって」


久遠の店のカウンターに、ユズキは座っていた。


提灯の灯りのような、淡い光が店内を照らしている。


「焚き火が倒れかけて、気づいたら避けてたんです。あの子がいたからってしか思えなくて……」


久遠は静かに帳面を開く。


「語ってもいいよ。“孤独と寄り添ってくれた怪異”は、記録される。代償は、“完全なひとりの時間”」


ユズキは少し笑った。


「いいですよ。それで、また会えたら嬉しいかもしれないし」


その日から、ユズキは“完全なひとりきり”にはなれなくなった。


森の静寂の中でも、気配のようなものがついてくる。


ひとりきりのキャンプは、不思議とできなくなった。


テントの外に、そっと揺れる灯りを想像してしまうから。


静かなカフェで本を読んでいても、ふと気配を感じるときがある。


誰もいない隣の椅子が、少しだけ軋んだような気がして、そっと目を逸らす。



ユズキは再び山へ行った。

チキンラーメンを、二つ持って。


焚き火の明かりに照らされるテントの外、そっと提灯が揺れていた気がした。



「孤独って、“一人でいられる”ってことじゃないんすよね」


チカゲがチキンラーメンをずるずるすすりながら言う。


「でも、たまにああいう灯りがあると、ありがたいっすね」


久遠が頷く。


「それが怪異でも、かまわない。……君がひとりでいることを守ってくれるなら」


「てか、俺もラーメン食いたくなったー!」


「あげないよー」


今日の怪異は、静かに記録された。

それは、寂しさの灯りだったのかもしれない。

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