第4話:狐の嫁入りは推しが通る
ねえ、知ってる?
山奥の神社で年に一度だけ行われる“狐の嫁入り”って儀式。
それを盛り上げるために、今は都会から「外の人間」が呼ばれるって噂、最近オタクの間でちょっと話題になってるんだよね。
サイリウム持参。コールあり。全力歓迎。
まるでライブみたいなその儀式、
ちゃんと盛り上げられたら、狐の花嫁は微笑むらしい。
でもね。
もし盛り上がらなかったら——
花嫁は怒って、“身代わり”を一人、あの世へ連れていくって話。
*
ユウトは推しを失って、どこか空っぽだった。
彼女は引退するなんて言わなかった。
ある日、突然に消えた。
公式は一言だけ。
「健康上の理由により、活動終了となります」
ファンへのメッセージもなかった。
あまりにもあっけなくて、受け入れられなくて、ユウトは、彼女に似た誰かを街で探した。
声の雰囲気、笑い方、後ろ姿。
だけど、誰ひとりとして「彼女」にはならなかった。
心の穴が埋まらないまま、現場もなく、時間だけが過ぎた。
そんなとき、ネット掲示板で奇妙な募集を見つけた。
──そんなとき、ネット掲示板で見つけた。
『狐の嫁入り、出演者募集。報酬あり。コール可。サイリウム必須』
ふざけてると思った。でも、気になった。
気づけば電車に乗っていた。バスを乗り継ぎ、案内されたのは山奥の神社。
白装束の人々が静かに動き、空気はぴんと張り詰めている。
でも、確かに彼らは言った。
「皆さまが盛り上げてくだされば、無事に嫁入りが叶います」
その夜、ユウトは棒を握っていた。
それは、推しの生誕祭で買った特典付きの光るサイリウムだった。
初めて手にした推しグッズで、現場の空気が一気に色づいたことを今でも覚えている。
あの日、誰よりも声を出して、彼女を見ていた。
色も名前も、もう彼女はいないけど、どうしても捨てられなかった。
今でも、ボタンを押せばちゃんと光る。
全力でコールした。
\やっぱり君はかわいいよー!!/
\結婚おめでとー!でも俺が先に好きだった/
\しっぽもふらせろー!!/
\神主!目を覚ませー!!/
\おい!俺の分の指輪は!?/
\元気でねーーーーーー!!!!/
他のオタクたちもいた。
みんな真剣だった。
まるでこれが、本当の最終ライブみたいに。
花嫁は、白無垢に狐の面をつけて歩いていた。
ゆっくりと、列の先頭を進んでいく。
そのときだった。
狐の花嫁が、足を止めて、振り返った。
面の奥の気配が、ユウトを真っ直ぐに見つめている気がした。
——いや、確かに、目が合った。
その視線に、既視感があった。
あの子だ。
帰りの宿、布団の上に、狐の飴細工が置かれていた。
小さな紙が添えられていた。
『また明日、手を振ってね』
*
久遠の店に、ユウトは現れた。
「……噂で聞いたんです。“語れなかった都市伝説を買い取ってくれる店がある”って。ほんとに、ここなんですか?」
「……“都市伝説、買います”って、ここに書いてありましたよね」
店先の札に刻まれた言葉。それだけが、彼をここに導いた理由だった。
「……あれ、僕の推しに見えたんです。声はなかった。でも、絶対あの目、あの笑い方……」
久遠は帳面を静かに開きながら言う。
「語ってもいいよ。その夜は記録される。でも代わりに、君の“推しに恋していた気持ち”を、もらう」
「……もう、その気持ちを持ってる資格、ないかもしれないし」
ユウトはゆっくりと語り始めた。
「最初に彼女を知ったのは、通学電車の中でした。イヤホンから流れてきた声が、なんか……笑い方が、懐かしかったんです。気づいたら調べてて、気づいたら、応援してて……」
「生誕祭に行ったとき、買ったんです。サイリウム。あれが初めてのグッズでした。初めて“推し”って呼べた日だった気がします」
*
翌夜、再び行列が始まった。
ユウトは棒を握っていた。昨日よりも、少し力を込めて。
声は出さない。ただ、振るだけ。
それだけで十分だと思った。
花嫁が、再び足を止める。
そして、面を外す。
そこにいたのは、確かに、推しだった。
完璧な再現じゃない。
でも、目も、口元も、微笑み方も、
ライブの最後、カーテンの奥から振ってくれたときの、それだった。
ユウトは何も言わず、ただ棒を振った。
でも次の瞬間、声が溢れていた。
「ありがとうー! ありがとうー!」
──拍手の中、狐の花嫁は静かに通り過ぎていく。
ざわめきの残る路地に、僕だけが立ち尽くしていた。
そして、誰にも聞こえない声で、もう一度だけ言った。
「……元気でね。」
狐の花嫁は振り返らなかった。
そのまま、静かに、霧の中へと進んでいった。
それが、本当の“お別れ”だった。
*
「狐が推しに化けて手を振ってくれるって、反則っすわ……」
チカゲが机に突っ伏して、ポテチをばりばり食べている。
「いやでも、最高っすね! ライブもお祭りも信仰も、ぜんぶひとまとめ!狐に推しやられたらそりゃ泣きますって!」
久遠が笑みを浮かべながら帳面を閉じる。
「願いは叶った。ただし、代償は“ちゃんとした失恋”だったけどね」
「失恋って、ほんとの最後の推し活っすよね!」
チカゲはポテチを空にして、袋の底を覗きこむ。
「……よし、じゃあ次の推し、探しに行きますかねー!」
風鈴が、ちりん、と鳴った。
今日の嫁入りは、静かに終わった。
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