第4話:狐の嫁入りは推しが通る

ねえ、知ってる?


山奥の神社で年に一度だけ行われる“狐の嫁入り”って儀式。


それを盛り上げるために、今は都会から「外の人間」が呼ばれるって噂、最近オタクの間でちょっと話題になってるんだよね。


サイリウム持参。コールあり。全力歓迎。


まるでライブみたいなその儀式、

ちゃんと盛り上げられたら、狐の花嫁は微笑むらしい。


でもね。

もし盛り上がらなかったら——


花嫁は怒って、“身代わり”を一人、あの世へ連れていくって話。



ユウトは推しを失って、どこか空っぽだった。


彼女は引退するなんて言わなかった。

ある日、突然に消えた。


公式は一言だけ。

「健康上の理由により、活動終了となります」

ファンへのメッセージもなかった。


あまりにもあっけなくて、受け入れられなくて、ユウトは、彼女に似た誰かを街で探した。

声の雰囲気、笑い方、後ろ姿。


だけど、誰ひとりとして「彼女」にはならなかった。


心の穴が埋まらないまま、現場もなく、時間だけが過ぎた。


そんなとき、ネット掲示板で奇妙な募集を見つけた。


──そんなとき、ネット掲示板で見つけた。

『狐の嫁入り、出演者募集。報酬あり。コール可。サイリウム必須』


ふざけてると思った。でも、気になった。


気づけば電車に乗っていた。バスを乗り継ぎ、案内されたのは山奥の神社。


白装束の人々が静かに動き、空気はぴんと張り詰めている。


でも、確かに彼らは言った。

「皆さまが盛り上げてくだされば、無事に嫁入りが叶います」


その夜、ユウトは棒を握っていた。

それは、推しの生誕祭で買った特典付きの光るサイリウムだった。


初めて手にした推しグッズで、現場の空気が一気に色づいたことを今でも覚えている。

あの日、誰よりも声を出して、彼女を見ていた。


色も名前も、もう彼女はいないけど、どうしても捨てられなかった。

今でも、ボタンを押せばちゃんと光る。


全力でコールした。


\やっぱり君はかわいいよー!!/

\結婚おめでとー!でも俺が先に好きだった/

\しっぽもふらせろー!!/

\神主!目を覚ませー!!/

\おい!俺の分の指輪は!?/

\元気でねーーーーーー!!!!/


他のオタクたちもいた。

みんな真剣だった。


まるでこれが、本当の最終ライブみたいに。


花嫁は、白無垢に狐の面をつけて歩いていた。

ゆっくりと、列の先頭を進んでいく。


そのときだった。


狐の花嫁が、足を止めて、振り返った。


面の奥の気配が、ユウトを真っ直ぐに見つめている気がした。


——いや、確かに、目が合った。

その視線に、既視感があった。

あの子だ。


帰りの宿、布団の上に、狐の飴細工が置かれていた。


小さな紙が添えられていた。

『また明日、手を振ってね』



久遠の店に、ユウトは現れた。


「……噂で聞いたんです。“語れなかった都市伝説を買い取ってくれる店がある”って。ほんとに、ここなんですか?」


「……“都市伝説、買います”って、ここに書いてありましたよね」


店先の札に刻まれた言葉。それだけが、彼をここに導いた理由だった。


「……あれ、僕の推しに見えたんです。声はなかった。でも、絶対あの目、あの笑い方……」


久遠は帳面を静かに開きながら言う。

「語ってもいいよ。その夜は記録される。でも代わりに、君の“推しに恋していた気持ち”を、もらう」


「……もう、その気持ちを持ってる資格、ないかもしれないし」


ユウトはゆっくりと語り始めた。


「最初に彼女を知ったのは、通学電車の中でした。イヤホンから流れてきた声が、なんか……笑い方が、懐かしかったんです。気づいたら調べてて、気づいたら、応援してて……」


「生誕祭に行ったとき、買ったんです。サイリウム。あれが初めてのグッズでした。初めて“推し”って呼べた日だった気がします」



翌夜、再び行列が始まった。


ユウトは棒を握っていた。昨日よりも、少し力を込めて。


声は出さない。ただ、振るだけ。

それだけで十分だと思った。


花嫁が、再び足を止める。


そして、面を外す。


そこにいたのは、確かに、推しだった。

完璧な再現じゃない。


でも、目も、口元も、微笑み方も、

ライブの最後、カーテンの奥から振ってくれたときの、それだった。


ユウトは何も言わず、ただ棒を振った。

でも次の瞬間、声が溢れていた。


「ありがとうー! ありがとうー!」


──拍手の中、狐の花嫁は静かに通り過ぎていく。


ざわめきの残る路地に、僕だけが立ち尽くしていた。


そして、誰にも聞こえない声で、もう一度だけ言った。


「……元気でね。」


狐の花嫁は振り返らなかった。

そのまま、静かに、霧の中へと進んでいった。

それが、本当の“お別れ”だった。



「狐が推しに化けて手を振ってくれるって、反則っすわ……」


チカゲが机に突っ伏して、ポテチをばりばり食べている。


「いやでも、最高っすね! ライブもお祭りも信仰も、ぜんぶひとまとめ!狐に推しやられたらそりゃ泣きますって!」


久遠が笑みを浮かべながら帳面を閉じる。

「願いは叶った。ただし、代償は“ちゃんとした失恋”だったけどね」


「失恋って、ほんとの最後の推し活っすよね!」


チカゲはポテチを空にして、袋の底を覗きこむ。


「……よし、じゃあ次の推し、探しに行きますかねー!」


風鈴が、ちりん、と鳴った。


今日の嫁入りは、静かに終わった。

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