1-9【タレコミ】
ロッカーに向かいずぶ濡れの服を着替えた京極は、どうにも身体の芯に残った寒さが消えず、署内に備え付けられたコーヒーサーバーに向かっていた。
同僚たちに軽く手を上げ会話をやり過ごし、コーヒーを紙コップに注ぐ。
紙コップの置かれた場所には『マイカップ持参』と大きな赤い文字の張り紙が張られていた。
苦笑いしながら手の中の紙コップを眺めていると、黒い水面に移った自分の顔の横に、もう一つの顔が映り込み、京極は思わず声をあげた。
「あはは。女神とか言っておいて幽霊でも出たみたいな反応じゃないですか? それ」
「哀ちゃん。急に驚くじゃないか? どうかしたのかい?」
「私もコーヒーを」
可愛らしいピンクのマイカップを揺らして相良は微笑んだ。
「それに京極さんもいるんじゃないかと思って」
「独り者のオジサンを揶揄うもんじゃないよ」
そう言って京極がコーヒーを啜ると、女は自分のコーヒーを注ぎながら口を開いて言った。
「案外本気かもしれないですよ……?」
思わずコーヒーを噴き出した京極のポケットの中でスマホが震えた。
「失礼……」
そう言って口を拭い、京極は女に背を向け電話を取った。
「もしもし」
問いかけると、スマホの向こうからはザリザリというノイズに混じって聞き覚えのある声がした。
いつものタレコミ相手の声が。
「また苦しんでいる子どもがいる……場所は中央通りから西側の路地に入ったアパートだ……セントラルハイツ。その三階」
「あんた……何者なんだ? いったいどうやって?」
京極の質問には答えず電話の主は通話を終了した。
無言のスマホを見ながら京極は残りのコーヒーを飲み干して振り返った。
「すまない。急用ができた」
「なんで謝るんです?」
「なんでって、そりゃ……」
相良哀はクスクスと笑い、京極に手を振った。
「フフフ。ごめんなさい。冗談です。でも……そういう真面目なところです」
コーヒーで口元を隠して立ち去った女の背中を見送りながら、京極は電話のことを考える。
「行くしかないよねえ……あんなこと言われちゃ……」
頭を掻いてため息をついてから、男は雨雲のせいで随分と暗い、夕刻の街へと出かけて行った。
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