天変地異 Ⅰ

2025年、10月9日。

レーテーが大人しすぎるくらい何もしてこないが、大体終わりへのカウントダウンが始まるのはこのあたりだろう、と推測がついていた。


1週間後に、わたしの誕生日がまた来る。

その1年前には両親と叔父がいなくなっている。


今はもう、わたししか残っていない。


『強い台風█号は、15日・水曜日以降、西日本から東日本に接近する見込みです。台風の接近に伴い西日本では猛烈な風が吹くおそれがあるほか、西日本と東日本の太平洋側を中心に大雨となる見込みで、気象庁は、暴風や土砂災害などに厳重に警戒するよう呼びかけています。』


台風。しかもこのタイミングで。

SNSから情報収集をしたり、…オネイロスの眷属がラジオ代わりになって情報を教えようとしてくれていたり。先ほど聞いた情報も、そのラジオからだ。


眉根を寄せながらタナトスがぽつりと言う。 

「…ここ一帯を巻き込んで降りてくるつもりか。厄介な…。」


それに続くように、沈黙していた弟達が喋りだす。

「まあそれだけ本気なんだろうね〜、海や川が眷属で真っ黄色にならないだけまだよかったかも。…いや、今のナシ。冗談のつもりだったけどやりかねないわアイツは」

「シオンのこと、嵐の中で外に出したくないな。おまえは強いけど、それはそれとして吹き飛んじゃいそうで…。」


台風には毎回名前がつけられるのにそれが上手く聞き取れない、とSNSのタイムラインでも囁かれている。でもわたしは、それを聞き取って覚えている。

「今回の台風の名前は、…“うお”。」


もう魚と聞くだけであの黄色い鱗がちらついて少しだけ心的外傷が刺激されるが、今はそんな弱音も吐いていられなかった。


静かに、静かに。準備を進めるほかない。


少しだけ、冗談交じりに気になる疑問を話す。

「…このまんまだと川が氾濫してる大雨の中で外に出て用水路を確認するヒトみたいになりませんか、わたし達って。そうしないとエンカできませんよね。」


それに答えたのはタナトスだった。 

「…豪雨の中出ていく役は私がするから、平気だ。お前はなにも心配しなくていい。私も我が身になにか起きないように細心の注意は払うが…」


オネイロスが少しだけ表情を緩める。  

「ちゃんと自分の身を気遣えてえらいね、タナトスにいちゃん。…そうだよ、おれたちだってにいちゃんがひとり欠けたら悲しいんだから。」


その言葉のあとに、ヒュプノスが少し大げさにタナトスの方へ手を広げて引っ付く。

「ほんっとにそう。自分の身を大切にできるようになったんだねえ、タナトス…。かわいい弟がいいこいいこしてあげようね。」

「…こそばゆいし、立場が逆じゃないのか…それは。」

ヒュプノスを振り払えず静かにされるがままになっているタナトスを横目に、追体験させられた記憶の中から情報を割り出していく。


記憶を遡りながら一時停止するのを繰り返すので若干頭が疲れる。それから分かったことは――


「……ここって。前に桜を見に行ったところだ」

桜並木というのは、大抵川沿いにある。お母さんに理由を聞いた時、水害を防ぐ為に地盤を固めたいかららしいよ〜、なんて事を聞いた。


レーテーのいた川の畔も、みんなこの桜並木の近くだ。被害者の一人称視点の視界の端には、桜の木が映り続けている。


その話をまずヒュプノスにも伝えると、彼は口の端を吊り上げているものの、あー…と嫌そうに言葉を続けた。

「天災については別にアイツ、意図してないんだろうね。依代じゃない本体が格の高い化け物だからそうなっちゃっただけで。や、でも…多分だけど。自分の仮の器としてその依代の時に居た川を使おうとしてるんじゃない」

 

「…怪獣大対戦みたいになりませんか、それは。あの川1本分の水がレーテーさんの身体になるわけで、それを死神さんがまず初めに処理する、と…」


「…手だては、あるにはある。あれが人型を取らないと難しいというのは少しあるが。」


「…おれも、タナトスの考えてるあの方法ならいけると思ってるよ。あとは本当に、今回はおれが沢山頑張る番だ」


「今回はお膳立てしかできなくてごめんね〜っ。お前らの負担はしっかり減らすけど、たぶん最後のあいつの相手はちびっこ二人に頼むかな。」


その“ちびっこ”に含まれているのは、オネイロスはもちろん、――わたしもだ。


今までに覚えた術式は、施錠、解除、空間施錠。構成がほぼ防御型に近く、しばらくはオネイロスのサポートに回りつつ、最後の最後でレーテー本体に源流解錠を当てることでその精神内部に干渉することになる……と思っている。


じわりとした緊張感が肌を撫でていった。



その対策会議のあとは、験担ぎとして卵綴じしたカツ丼を食べた。何かに打ち勝つ、という言葉遊びは、嫌いじゃない。最近は本当に、肉と野菜しか食べていなかった。レーテーという災厄の手前、魚という食材が若干怖かったのはある。


「うまいか〜?甘すぎないくらいでしょ、コレ」

へら、と笑ってこちらを見やるヒュプノスにじとりとした視線を送ってやる。


「一番ご飯作れるのが睡魔さんなの本当に分からないです、なんなんですか」


「炊事、教えてやってもいいよ〜?猫の手くらいの基礎はできるんでしょ?お前がSNSから拾ってくる簡単レシピ、めちゃくちゃ栄養が偏ってるからちょうどいいよね」


「わたしはあれで精一杯なんですよマジで、完璧に炊事を覚えたらどこに出しても恥ずかしくない完璧美少女になってしまう。」


「あ〜んま調子乗んなよガキ、お前がいくらどうなってもボクの完璧さには一生敵わないから♡」


そこにオネイロスがひょい、と顔を覗かせる。

「…シオン、おいしそうに食べてる。こうしてみるとシオンも小さな命って感じがしてかわいいね。小さい動物を見てる気持ちになる…」


「せめて中型の生き物として見られたいですけどハムスターかなんかだと思われてますね、これ」


タナトスが布巾を置きに来るついでに市販のお茶のボトルとコップをテーブルの上に置く。 

「水分も摂りなさい、この季節が一番油断をしやすいから。食べ終えたら机を拭くこと。」


「人間って水袋ですからね。赤ちゃんとか幼児くらいってほぼ水ですよ。実質クラゲなんです。…それは一旦過言か。机は拭きます。」


この和やかな時間も、もう少しで本当に終わる。

 

それでも、この人達と最後まで足掻いてわたしは終わらずにいたいと、生きたいと、そう思った。


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