源流解錠 Ⅲ
今日も今日とて、わたしは朝から術式のための自主練習をしていた。上の方で監視役を買って出てくれたオネイロスが浮かびながらその様子を見ている。
――流石にちょっと疲れてきて余裕がなくなってきたせいで声が消え入りやすい、それを防ぐために文言を唱える声が大きくなる。
「…はーっ、…
「…普段より大きめのが出たね、鍵。」
普段は赤子の腕ほどの大きさの鍵が成人男性の腕くらいの大きさになっている。今までの中で一番強そうだ。…もしかして、声の大きさで術式たる鍵のサイズが変わるものなのだろうか、確かに言霊という言葉は存在するが。
今日身の周りにある小物は、その鍵より小さい。
「これ、大きさ的にどこにも差せないんじゃ…?」
その疑問を口にすると、遠くにいたオネイロスが私の指の先にできた大きな鍵の形をなぞるようにして指を動かしながら口を開く。
「…んーん、シオンは前にそこの鏡に対して鍵を差し込んだんでしょ。それで、鏡周辺の空間の記憶に干渉した。…その時の鍵の大きさってどれくらいだった?多分だけど、術式の発動のときって結構小声だったでしょ。」
「…そうですね、手首より少し細いくらいのサイズでした。でも、それが何か…?」
「これは直感なんだけどね、おれが思うに―術式で創り出した鍵が大きい分、空間に干渉できる範囲が少し増えてると思うよ。」
それを聞いて、純粋に驚く。
…この人も術式のセンスとか、すごい人なんだ。そもそもヒュプノスの兄弟かつ門下生なんだった。じゃあ、術式の先輩にあたるのか。
「夢境先輩、ちょっと術式の発動を見守っててもらってもいいですか。考えてたやつが1個あって」
「センパイ…。ミリドルの子が言ってた呼び方だ。おれってシオンのセンパイだった?対等でいたい気持ちもあるけど、…ちょっと嬉しい。…いいよ、見せてほしい。」
頭の中で考えていた、もう一つ。
この記憶の扉を開く鍵は、わたしだけ。
少しだけ、その記憶を預かるように。
「…
「…!」
予め自分の精神内部にプロテクトをかけてからの、空間の持つ記憶の解錠。そういうイメージで術式の発動を試みたものの――
「鍵、重……!?腕が持っていかれそうです…」
「…ああ、普通に身体に残してる魔力が足りてないんだね。大きいものね、その鍵……。鍵の方の持ってる力が強すぎて、例えるなら散歩中の犬にリード引っ張られてる感じ……伝わるかな。」
「伝わります、わかりやすいです。あ、でもちょっと解除しないと本当に腕がまずいですね、えっとえっと…」
その時。すい、と視界の横に金色の三つ編みが揺れた。
「
「………助かりました、ありがとうございます。…けど、この文言って魔法少女の変身解除を強制的にできるみたいなことですか?コワ〜…」
「これできるだけで自由度爆上がりだから覚えといて損はないよ!ちょ〜っと組み合わせを頑張れば色々壊せるし〜…。」
ヒュプノスの言った文言で、手の重みもなくなって、出ていた鍵の術式も…全て解除された。きゃらきゃらと笑うヒュプノスがまた話し出す。
「てかその鍵、でかいの出せるようになったんだ〜!じゃあこの家の内情に迫るまでにはあとちょっとだね。多分鍵のでかいのさえ出せればこの家自体の空間の記憶そのものを覗くことだってできるよ。ま、お前に体力がある程度ないとへばると思うけど。小さい鍵で家の中の家具小物総当たりも……時間かかるけど考えてみよっか?」
「……内情。御影堂家とレーテーさんの因縁、とかですよね」
その短い三つ編みを弄りながら、ヒュプノスがこちらを向く。
「それを知らねえことにはあのアマを攻略しきれないからね。あと、声の大きさで術式が変化するのも自力でわかったんでしょ。偶然とはいえ、やるじゃんか。収穫収穫〜!」
「…おれたちでサポートに回ったら、シオンが消耗しないで全部視れたりするかな。や、だめかな…。強くなってもらわないとだもんね」
「…ん〜、そこに関しては例外かも。だって早めに把握したほうがいいしね、これに関しては。サポート役、ちゃんと回るから頑張れよちびっこ〜…ってことで。これを貸して進ぜよう。」
ヒュプノスから渡されたものを見て、わたしは目を瞬かせる。それは、パステルパープル色の…拡声器だった。
多分、これは。拡声器で声を大きくして指先についた鍵の術式もサイズアップするということだろうと容易に予測がついた。
「……これ、ズルじゃないですか?道具使って術式の大きさを大きくするのって、アリなんだ」
「使えるものは何でも使うんです〜!お前にあげるよ、これは。お手製だから大事にしてね。」
「…また何か作ってる、にいちゃん。ほんと作業いつしてるんだろ…」
3人で家の外に出て、門の前に立つ。
次の術式発動に向けてすう、と息を吸う。
少し後ろで、ヒュプノスとオネイロスがこちらに呼びかけてくる。
「頑張れ〜ッ!術式のリソースはこっちでなんとかしてやるよ!そのまま叫んで鍵回せ!」
「…シオンの負担がないようにそっちの中に流れ込んできたものは夢世界の映写機に一回全部映しちゃうから、安心していいよ。体力が尽きても、ちゃんと全部知れるようにする」
「……はい。…いきますよ。」
指先を、自分の家の門…家全体を指すように向ける。その傍ら、拡声器を構える。
「
きいん、とハウリング音がしたその瞬間、ぶわ、と風が吹きすさぶ。その指先についた鍵というのは――
「これ、鍵っていうか、槍とかでは…?」
およそ普段なら絶対に制御しきれないサイズをしていた。…体力が尽きて寝てもいいと言われていて、余す所なく知りたい。ならば、今回精神内部のプロテクトは要らない。開けるだけだ。
「…
おそらく、ヒュプノスの補助のおかげだろう。それは簡単に差し込まれ、1つ回されて――
だば、と音を立てて水のようなものが流れ込んでくる。総て、総てが流れ込む。溺れそうだ。
それを体感しているのは、もはや現実世界の中ではない。もう既に現実味のない明晰夢の中だ。
「夢境先輩に感謝しないとですね……」
「…あはは。上手くいってよかった。」
当然のようにオネイロスが隣にいると思ったら、ヒュプノスも自分のもう片方隣にいる。
「いまお前のことはタナトスに運んでもらってるから奇襲とかの心配もしなくて大丈夫〜。こういうとき、見張り役がいないと大変なんだけど助かっちゃったね」
「えっ、お姫様抱っこなのか俵抱きなのかめちゃくちゃ気になるんですが。うわ、覚めたい。」
そんな事を言っているとジジ、と目の前にある画面が明るくなっていく。この映画館ももう来訪して数回目になるだろうか、結構使っている。
「…何が見えてしまうんだろう。」
不安そうなその呟きが口から出たのを、おそらく二人とも聞き逃してくれた。
今更、もうここから逃げることは許されない。
わたしは記憶の扉を――開いた。
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