源流解錠 Ⅰ
…御影堂邸のわたしの部屋の中、分厚い本がどんどんと床に積み上がっていく。
「…最新の術式って、何だ。どれのことを言っている?これは数百年前、これもか?…これも?」
「あ〜違う違う〜!そんな本じゃなくて今はこの液晶から見れるから!!!おじいちゃんがよ…」
「…タナトスにいちゃん、ほんとに術式に疎いよね。ゲームとかで例えるなら、おれたちが特殊型でにいちゃんが物理型だから使わないのもあるのかな」
「……おじいちゃんにスマホの使い方を教えてる孫ふたりみたいな構図ですね、兄弟なのに」
そこには、無数の本から何かを探し当てようとするタナトスとそこに便乗する兄弟の姿があった。
時は遡り、1時間前。
5つの目が不規則についたうさぎのような生き物――オネイロスの操る眷属――がぴょんと跳ねてわたしの座っているベッドに飛び乗る。オネイロスがプロジェクター代わりに使っている存在だ。
「…今日、寝る前にこの前の夢のアーカイブの流し聞きしよ。これ、お気に入りだからシオンも聞こうよ」
「はい、是非。…睡魔さんと夢境さんの眷属って、それぞれできることの幅が大きいですよね。睡魔さんの羊さんは通信機の役割だったり、夢境さんは誰かの夢の中を映写機みたいに再現したり。最近は夢の中でしか出せなかったって言ってた眷属を現実世界に連れてきてたような…」
「最後のはほんとに体力使うから、ちょっとしかできないけどね…。いい移動手段に使えるよ、あの子達は」
眷属って神格によって多種多様だよね、と話すオネイロスの言葉を聞いて、ふと思い出す。
「…そういえば。」
「そういえば?」
「…死神さんの眷属が何か特殊なことしてるの、全くと言っていいほど見たことないです。わたしに眷属という概念を教えたのはあの人なのに」
「…あの人、眷属なんていたんだ」
「えっ、そこからですか、まず。いましたよ、ローブの中が真っ黒な闇みたいになってる、ずっと見てるとSAN値が減りそうな子」
昔の記憶…言って、半年前ほど。タナトスの眷属が希死念慮を抱えていてヤバかったときのわたしの監視役に回り、不審な侵入者だった頃のヒュプノスにあっさり制圧されて、最後は監視カメラとしてわたしがヒュプノスに弄ばれているところをタナトスに伝えるくらいのことくらいしかしていなかった。
「…………」
あの子、当時でもめちゃくちゃ弱かったな。
Tier表でDくらいにいそう。
でも当人――タナトスが弱いわけではなさそうだ、というか彼には何度も助けられている。
それで眷属があんなに弱いのはなんでなんだろう、とオネイロスに訊くと、彼からその解が返ってきた。
「…小さい頃と記憶がなくなって術式を忘れ去ったおれの傍にはね、ヒュプノスが先生役みたいな感じでいつもいてくれたんだよ。でも、タナトスは1人だったし……というか、体を使う仕事のほうが多かったからね。だから、そこはあんまり突き詰められなかったんじゃないかな、なんて。」
「なるほど……」
隣の部屋でヒュプノスがゲーム配信をしている音を聞きながら、そんな話をしていると。
タナトスがひょい、と首を扉の一番上の高さまで下げながら部屋に入ってきた。
「…なんだ、今から夢の再録を観るのか。随分と可愛らしい眷属だな、オネイロス…」
「あ、にいちゃん。おれさ、シオンとちょうどにいちゃんの話してたんだよ。それも、眷属について。」
「私の…?眷属について、か。あれはな――」
タナトスが言うことには、眷属を使役するには自分の保有している魔力がそこまでなく、大体その類稀なる身体能力で補えるがために使ってないのだと言った。
「…それはそれとして、私の術式と眷属に関する知識も相当古いからな。ある程度最新の情報についても知っておきたいところだ…」
「はいは~いッ、呼んだ〜!?配信終わったからなんでも教えられるよ〜!!任せてお兄ちゃん♡」
「にいちゃん、着替えてから来て。やめて」
「ほんとグロいですから。やめてくださいね」
――タナトスが話終わるか終わらないかというところで配信帰りの女装したままのヒュプノスが部屋に滑り込んできた。今度は学生服を着ていて、相変わらず男らしい長い手指をセーターの萌え袖で隠している、小賢しい。
「ヒュプノス…。お前、私に割く時間なんかあるのか。もう少し別のことに時間は使わなくてもいいのか」
「はァいお兄ちゃんそういうとこ〜!!!素直に聞きたいなら聞きたいって言う!お前に割く時間、こっちはどれだけ余分に用意してると思ってるのさ。遠慮すんなって」
「………すまない、ありがとう。では――教えてくれないか。眷属に何の紋を焼き付けておけば何を彼らに教えられる、だとか…」
「…………、紋、紋ね。アー、本当に古い当時のやつじゃない?それ。今のやり方教えてわかんのかなぁ、お兄ちゃん……」
そして、冒頭の時間軸に戻る。
「これは……?電子的な、2次元コードのような…」
「これが今の最新のやつ〜!覚えさせていい能力のスロット10個くらいあるんだよっ」
「映写、巨大化、影依…これくらいはあると楽になるんじゃないのかな。光があれば必ず影もあるわけだから、暗いところだと影依は万能だよ」
「カゲヨリ…?…ああ、このページだな。影のある場所からなら何処からでも眷属を……、!?おい、そんな便利なものがあるのか……!?」
「文明に初めて触れた人間の反応してら〜、面白。」
…この人達の話している内容はわからないけど、楽しそうでいいなぁと思う。久々に会話に入れない雰囲気を感じたので、ヒュプノスが置いた何かしらの端末の液晶画面をなんとなく覗き込んでいると――
記号のような何かが、藤紫色で浮き出た。
それを、わたしは。
どうなるかは分からないが、本能的に触りたいと思った。
まだ兄弟達は和気藹々と話している。今なら、今なら触っても気づかれない。…わたしはそれに手を触れて――
『
なんだか耳馴染みのない言葉が自分の口から出てきたと思ったら、そのタイミングで触れた画面から電流のような何かが伝わって、弾かれたように手を離す。
がたん、と音を立ててしまい、まずいと思った時には――
彼らの方はとっくに会話をやめていて、呆気にとられたようにこっちを見ていた。
タナトスとオネイロスが本の片付けで不在の中、わたしはヒュプノスに纏わりつかれていた。
「勝手に人の端末触んないの!ガキ通り越して赤子かお前は。いや受精卵だったね、や〜い」
「マジですみません、本当に赤ちゃんみたいに急に触りたくなったので何も言えないです」
その言葉を聞いたヒュプノスがおそらくわたしがこれまでないほど素直に自分の非を認めたことに驚いたのか少し逡巡してから、こちらに問いかけてくる。
「…これは正直に答えてほしいんだけどさぁ、お前あの端末になんか表示されてるの、見た?」
さっきの、藤紫のよくわからないQRコードみたいなすごく読みにくい英字フォントみたいなもののことだろうか。
「あ、…見ました。多分。なんかぐちゃってした文字みたいなのが端末に出てました。色がちょうど、藤紫みたいな。」
その言葉を聞いて思いっきり眉を寄せるヒュプノスがいた。ここですかさず、わたしまた何かやっちゃいました?というボケをかましたらまた彼を怒らせてしまうだろうか。
「……お前、さっき自分が何言ったか覚えてる?覚えてるよな。追憶の蔵書庫ちゃんだもんね」
ヒュプノスからじり、と距離を詰められる感覚がした。なんとなく不穏な空気を察知して、固まる。
「お前のさっき言ったそれさぁ、多分追憶の蔵書庫専用の術式の名前だよ。」
「……え?人間も魔法使えるんですか?」
「追憶の蔵書庫だからな、お前がよ!普通は使えないけど使えるの。……試しになんか指さしながらさっきのを言ってみなよ」
指さしていいもの、指さしていいもの。…人は指さしちゃ駄目だよな。お母さんもそう言っていた。あと魔法って人に向けたら多分めちゃくちゃ危ない。いや、ここには人間なんてわたし一人しか居ないけど。
試しに、鏡に向かって指をさす。
さっきのは、えっと、確か……。
「…
隣にいたヒュプノスが息を呑むのを感じた。
…なんか、鏡に向けた右手人差し指の爪にいつの間にか鍵のようなマークがくっついている。
それが、薄い光の膜を帯びて…
「……鍵だ。」
指先から鍵の先端の形をした半透明の物体が伸びていた。
「…こ、ここからどうすればいいんですか」
「…鍵なんでしょ〜、回しゃいいんじゃない。」
こう、とヒュプノスが手首をひねって人差し指を位置を変えないままで横から上に向ける。
それに倣ってその動きをすると――
カチリ。
「…!?」
頭の中に、映像が流れ込んできた。
紫色の髪のがさつそうな男性と、その隣にいたのは…。
「………レーテー…?」
彼らはわたしが指をさした鏡の前で談笑している。まだ、声は聞き取れない。…少しして、映像が薄れていく。
レーテーは、御影堂家の人間と関係があったのか?あの男性も、わたしの血族?待って、まだ何も掴めていない。まだ…。
その思考が巡っていたわたしの意識は、――すぐ暗転した。
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