“夢幻の回生”との邂逅 Ⅰ
「お前に会ってほしい奴っていうのは、ボク等の年の離れた弟なんだけど。…そいつね、」
レーテーによる記憶喪失沙汰の初めての被害者なんだよ。
「………!?」
わたしはその言葉を聞いて、言いしれぬ悪寒を感じた。その言葉に続けてタナトスが話す。
「…あの子は私達のことを覚えてはいない。生まれも、どうやって生きてきたかも。それでも、私達が顔を合わせに来ると弟として接そうとしてくる。その内に、彼の空虚がある…。」
悲しげに目を伏せたタナトスと眉根を寄せたヒュプノスを比べるように見てから、口を開く。
「そんな、部外者のわたしがなにかしていい案件なんですかそれは」
「部外者じゃないとどうにかできないの!今のあいつ、ボクたちに気を遣いすぎるし。それにさ、お前の力があればだよ?本当にもしかしたら、……記憶だって戻るかもしれない。だからある程度ワーッて喋ってほしくてさ」
そうだ。きっかけはよく分からないけど泣いてワガママを言っていたらタナトスを跪かせて無力化した挙げ句に記憶を引き出したことだってあるじゃないか、わたしは。
はあ、と息をつく。
「苦しいこと、思い出させすぎないようにしたいですね…。」
「まあダメだったらボク等も遠隔でいるしね、はい、これ持って」
そう言ったヒュプノスに持たされたのは――
「…羊のぬいぐるみ?」
「ボクの眷属だよ〜。お兄ちゃんのは何回か見たことあるでしょ。まあ、眷属というか機械人形に近いけど、こいつは。」
これを持ってれば弟との会話で詰まった時に手助けしてくれたり、緊急脱出ボタンみたいな扱いもできるからさ。
そう言ったヒュプノスが、もう何か準備している。ごく僅かに裂けた空間に、淡いピンクと水色のマーブリング模様が見える。
「さて、手始めに夢の中にご招待してあげよう。ここでのカギは“想像力”。レッツ想像、散策!」
その言葉の次に、わたしの身体はその裂け目に飲み込まれた。
「…、やわらかい……。」
“夢の中”は、やわらかいマシュマロみたいなカラフルな土台にお姫様のベッドの天蓋みたいなカーテンがたくさんついた空間だった。これを一つ一つ捲るのかな。
「遠くで大きい生き物が行進してる…」
それを横目にカーテンのような天蓋をすっと開ける。そこにいたのは…
「…え、誰。……人間?」
「人間、ですねえ。」
相手の容姿はというと、外に跳ねた腰まである長い灰色の髪、額から生えた二対の角、…長い前髪には可愛らしいデコラファッションを彷彿とさせるヘアピンが大量に付いており、服も白い拘束衣にべたべたとシールやステッカーが貼ってある。
その身長は、タナトスやヒュプノスよりは少し小さいが…十分長身の部類の男性だった。
(相手の目が、めちゃくちゃ泳いでいる)
「に、人間。なんでこんなとこいんの。おれさ、門番は用意してたんだけど。え、正直帰ってほしい、ホント無理、安全な自室に急に入られるって本当にキチゲ解放発狂沙汰なの、勘弁して」
門番、さっき行進していた大きな生き物たちのことだろうか。取り乱している相手を極力刺激しないように、少しずつ距離を離しつつ顔を見る。
「あ〜、そうですよね。でも私もあなたとある程度話さないと帰ってきちゃ駄目って言われてて。でも一応、カーテンは少し閉めますね」
「ええ…?」
すう、と息を吸う。
「わたしの名前は、
目線をかなり下の方にやりながら、彼は口をもそ…と動かす。
「……おれは、オネイロス、夢の神。あのさ、ミエイドウシオン。おまえをここに寄越したやつが大体誰なのかは見当がついてるよ。たぶんさ、おれの兄弟だろ。絶対そうだ。だってこの羊のぬいぐるみ、おれの作ったやつだし」
その言葉に、こちらが少し驚くことになる。こんなところに生産者がいるとは。
「…ヒュプノスさんが作ったんじゃないんですねこれ。あなたって手先が器用なんだ……派遣された身ではあるんですけど、ヒュプノスさんとタナトスさんに何話したらいいかとか全部丸投げされちゃったんですよ。…………だから、そうですね。」
「…とりあえず雑談とかしませんか。なんか最近ソシャゲなりゲーム機なりでゲームとかしてます?」
「ゲーム…」
その言葉にぱち、と目を瞬かせたオネイロスが水を得た魚のように色々話してくれることになるとは―語彙がややオタクっぽいから通じるかな、とやや失礼な偏見から話を振ったその時のわたしはあまり考えていなかったのだ。
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