第三章

追憶・忘却・夢境

前回、追憶の蔵書庫について話すと伝えていたヒュプノスが目を伏せながら話し出す。


「お前は多分、生まれたときから追憶の蔵書庫たる素質があって、それをおそらくお前の一族含め、ボク等も含めて…隠してた。でもそれは、この前のタナトスの記憶を覗いた件で完全にお前は自分のものとして能力を手にしてしまった、ここまではいいかな」


-あとあと聞いたが睡魔さんはわたしに対してある程度気を遣っていたというか、いろいろ背負ってくれていたらしい。いつも変なからかい方する人に感謝するのは癪だけど、ありがとうくらい後で言わなきゃな。


「…追憶の蔵書庫っていうのは、災厄のひとつに対応して産み落とされた対抗手段で、世界から欠けた記憶――それこそ、存在自体が消えちゃったお前の両親だとか…その他諸々のアーカイブ機能でもある。こいつらは、大抵は災厄から世界を守る使命を帯びている。でも」


「今回の災厄に関しては私がほぼ相手をして、お前の精神面のサポートはヒュプノスに任せる。だからまだ安心していいぞ」

「ゲーム序盤チュートリアル戦闘の前振りですか?そんなに全部やってもらう状況でわたしは何をすればいいんですか、至れり尽くせりすぎる」

「真剣に聞かないとお前、こうだからな」


羊の小さなストラップがヒュプノスのデコピンで綿を噴き出して壊れる。この人も相当力が強い。

その様子にわたしがちょっと震えていると思い至ったというようにヒュプノスが口を開く。


「でもそうだね、何をすればいいか、か。ん〜…、じゃあ手始めに。」


ばさ、と広げられた新聞紙。全然見たことのない新聞社名だ。その大きな見出し部分に書かれていたのは――


「“号外!陸に現る人食い人魚 被害者およそ000名”…………これは?」

「私達が今よりまだずっと若かった頃の新聞だな。この“人魚”が私達の長年追っている災厄だ」

「えっ」


よく見てみると被害者の欄にあるはずの名前がホワイトで消し去られたかのように消えている。不自然な空白ができていた。写真も真っ白で、よく見たら記事自体も所々欠けている。…嫌な感じだった。


「次にこの災厄について、だな。これもまた私と同じ神格で、名前がある。名前は、忘却レーテー。お前より幾分か幼い少女を仮初の姿とした、忘却の化身だ」

「忘却……。」


『人間が本当に死ぬときか、それはね。誰からも忘れ去られた時だと思う』

お父さんが昔言っていたことを思い出す。

…わたしが覚えてなかったら、お父さんたちは本当に存在ごとなかったことになっていたんだ。


――その本当の死って、何よりも寂しい。


「この災厄を鎮める方法としてあるのが災厄の狙いで天敵のお前を指一本触れさせず囮にして私達で災厄を処理する、なんだが。」

うーん、と悩む素振りをする2人。

「正直あいつもかなり女狐だからね、そうはいかないんだよ。そこで、だ。」


びし、と指をさされる。

「お前に会ってもらいたい奴がいます」

「……はい?」


その唐突さに、思わず目を瞬かせた。


その時のわたしは、またいつも話す神格の面子にまた遅れてひとり加わることになるとは思っていなかったのである。


その続きは、また今度の話で。

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