血液探偵事務所!トンデモ番外編「君の血は。」

宇地流ゆう

1. あたしがあいつであいつがあたし



 

「い………いやああああぁ!!!!」


 都会のどこかにある、喫茶店「キャッスル・ブラン」。その奥の倉庫にて、大きな悲鳴が響いた。慌てふためき、叫びをあげる女子高生の悲鳴————しかし、その声は、女子のものではなかった。


 と、そんな異様な悲鳴のすぐあとに、倉庫の扉が勢いよくバンッと開けられる。


 戸口に立っているのは、カフェのエプロンをつけた、どこにでもいる普通の女子高生。が、その顔には明らかな動揺と殺気が滲んでおり、床に座り込んだ青年———それは、普段よく見慣れているものだが———を凝視していた。それから、その見た目の可愛さからは想像もつかないような低い震え声を出す。


「お前、何をした……」



 ☆



 時は少し遡り。


 いつものように、東城聖はバイト店員であり探偵事務所の助手の少女、真田一花に言いつけた。


「洗剤がもうない。倉庫から取ってこい」


こちらを見もせずに冷たい声で命令する冷徹上司に、一花は思わず「はあ?」と言いそうになりながらも飲み込む。無愛想でぶっきらぼう、いつも命令口調。しかし、悲しいことにそれが彼の通常運転であった。


 ほんっとに人使いが荒いんだから。ってゆーか、命令口調以外の言語持ち合わせてないの?全く、なんであんな奴と……


 心の中でそんな悪態をつきながらも、店の奥の倉庫に向かう。が、洗剤を見つけたは良いものの、それはなぜか倉庫の棚の1番上に収納されていた。


「あんなところ、届くわけないじゃん。東城が自分で取りに来ればいいのに」


 と、苛立ちの独り言を言いながらも、仕方なくそばにあった台を持ってきて上に立ち、手を伸ばす。……ギリギリ届きそうで届かない。


「んーー!」


と呻いて精一杯腕を伸ばしてみると、指先が端に届く。あ、いける!と思ったも束の間、洗剤が動いた拍子に、その横にあった謎の赤い液体?が入った瓶がぐらりと揺れた。


「え……」


危ない、と思った時にはもう遅い。まるでスローモーションのように、こちらに向かって落ちてくる瓶と洗剤。蓋が緩んでいたのか、洗剤の中身が漏れ出してくる。咄嗟に避けようとしたら、自分の身体もバランスを失って後ろにふわり。

 

 あ、やばい———


 もう倒れるのは回避できない。思わずギュっと目を瞑る。頭に瓶と洗剤の容器が両方当たって鈍い痛みが走り、続いて冷たい液体が全身にかかる。


 ドタン!がしゃん!パリーン……!ばしゃーーん……


 いろんなものが割れたり落ちたり溢れたりするカオスな音が響く中、硬い床にもろに打ちつけた背中の痛みと、頭の衝撃、全身に被った液体の冷たさにしばらく身動きできなかった。


「い、いったあ……」


 間があって、ようやく目を開ける。が、その瞬間、何か変な違和感に気づいた。


「え?」


声に出す。が、その声がいつもの自分の声と違う気がするのだ。


「え?え?」


何度声を出しても、自分のものと思えない。低い男の声しか聞こえない。何か変な気がする。

 無意識に、バッと自分の手を前にかざしてみた。


 いつもの自分の小さな手ではない。少し骨ばった大きな手。青白く、指は細長い。


 何が起こったかよくわからないまま、その手で無意識に自分の身体をペタペタと触ってみた。


「え……」


自分の知ってる柔らかい身体ではない。もとから目立たないとはいえ、胸がない。というか固い。というか薄い、脚も腕も長いしゴツゴツしてる。


 顔を触る。いつもの小さなふっくらした頬じゃない。え、鼻高くない?ていうか髪こんな短かった??


「い………」


声が漏れる。まったく事態の整理が追いついていないが、なんとなく、なんとなく勘づく。


 これ、もしかして、もしかすると、あたしの身体じゃない————?


「い……いやぁあああ何コレエエェ!!!!」


 思わずそんな悲鳴を上げていた。が、それも女子の悲鳴じゃなかったことに、半ば絶望を感じていた。



 そして今。


「へ!?あ、あたし!?!?」


 戸口に立った、恐ろしい殺気を放つ少女はたしかに自分だった。見慣れている。しかし、衝撃と動揺と苛立ちを滲ませた鋭い目つきは、見慣れない。あたし、あんな顔、普段絶対しない。


向こうも、きっと全く同じことを思っているのだろう。このように戸惑って慌てふためき、弱々しく泣きそうな顔、僕は絶対に、絶対に普段しない、と。


「待って待って、なんであたしが目の前にいるの!?」


 あたし、と言うその声自体が、先ほど自分に冷たく「洗剤を取ってこい」と言った男の声だった。


「黙れ、喋るな。僕の身体でその一人称を使うな。見ていて気持ち悪い」


低く鋭く、冷たく軽蔑するような声だが、女の子の声なので、いささか可愛らしい。到底普段の自分が言わない台詞だが、それは紛れもなく自分の声だった。


「ど、ど、どうなってんのこれ!東城助けて」


「その顔で泣くな」


 と、吐き捨てるように言ったあと、そのクールな少女は腕を組んで一瞬思案げに眉を寄せる。この上ないほど面倒な事態が起きたと言わんばかりに、はあ、と鋭いため息をついた。


「何故か、どうやってかわからないが……お前と僕の身体が入れ替わってる」


「ヤダヤダヤダ!!夢だと言って!!」


「女みたいに叫ぶな!!!」


「だって、女の子だもんんん」


「黙れ!!」


と、泣きべそをかいてはいるが、その純粋で柔らかい表情が、なぜか儚げな魅力さえ醸し出している美青年吸血鬼と、その彼を容赦なく取り押さえて口を塞ぐ、一切笑顔のない冷酷な少女。


 この異様な光景、一体誰が想像できただろうか。本人達の絶望を他所に、この悪夢は突然始まったのだ。そう、ラブコメあるある「身体入れ替わり事件」。果たしてこの運命の悪戯は、彼らをどこへ導くのか————



〜 血液探偵事務所!特別トンデモ番外編 〜


『君の血は。』


 この夏、君は最大のカオスを目にする!!



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次回、2. 君の血は。


 突如吸血鬼の身体に入ってしまった一花。人間とは何もかも違う感覚に戸惑うが、ふと、一際いい香りがするのに気づいてしまう……

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