「遺伝するRPGイベント」レトロゲーム夜話②

どろ

こういうのでいいんだよ

「お、レベル上がった」


 コントローラーを握る手に、つい力が入る。


 モニターに映し出されているのは、最近発売されたリメイク版の国民的RPG第三作。

 美麗なグラフィック、そしてあの音楽。


 噂には聞いていたが、実際にプレイしてみると面白い。


 王道だけどしっかり練られたストーリー。

 シンプルだけどハマる転職システム。

 なるほど、親父の世代が熱中したわけだ。


 王道って、やっぱり安心するよな。

 なんだかんだで面白いし。


 俺の現実も、まあ似たようなもん。


 そこそこの大学、そこそこの成績。

 大きな不満もない。


 平凡?そう言われればそうだけど、劇的な人生なんて疲れそうだ。

 上を見ればきりがない。

 

 俺には、こういうのでいいんだよ。こういうので。


 ゲームは順調に進み、「商人の町」のイベントに差し掛かった。


「これは事前に攻略サイトを見ておくべき案件だな」


 俺はネタバレとか、一切気にしない派だ。

 そんな事より、無駄な労力を使ったり、取り返しのつかない事になる方が問題だ。


 なるほど。

 商人を一人作って派遣して、町を発展させる必要があるらしい。


 攻略サイトには、

 『町の名前は、商人の名前+バークとなります。適当な名前を付けると変な名前の町になるので気をつけましょう』

 と書かれていた。


「〇〇〇〇バーク、ね……。」


 どんな名前にするか考えていると、ピコン、とスマホが鳴った。

 画面には『親父』の文字。


 げ、と思ったが無視するわけにもいかず、通話ボタンをタップする。


「もしもし」


『お、ケンジか?今、出張で近くまで来てんねん。ちょっと顔出してええか?』


「え、今から?別にいいけど……部屋、散らかってるぞ」


『はは、男の一人暮らしなんてそんなもんやろ。ほな、30分くらいで着くわ』


 一方的に切られた通話。

 はぁ、とため息をつき、とりあえず足元に散らばるペットボトルとコンビニの袋を片付ける。


 親父は悪気がないのがタチが悪い。

 こういう突撃訪問も、昔からだ。


 予告通り30分後、インターホンが鳴った。


 ドアを開けると、少し疲れた顔の親父が、微妙なデザインの土産物らしき紙袋をぶら下げて立っていた。


 「よおケンジ」


 「……どうも」


 「お、やっとんな、ゲーム」


 部屋に入るなり、親父は俺のモニターを指さした。


「へえ、これ始めたんか!おもろいやろ?」


「まあね。ちょうど今、商人の町のイベント始まったとこ」


「おお、あそこか!あれ、なかなか発展せえへんねん。父さんもな、昔やり込んだ時……」


 そこから親父のマシンガントークが始まった。


 オリジナル版の思い出、攻略のコツ。

 俺がまだ知らない先の展開の匂わせ。

 まあ楽しそうなので黙って聞いていた。


 結局、親父は1時間ほど居座り、微妙な味の饅頭と、「クリアしたら報告せえよ」という言葉を残して帰っていった。


 嵐のような時間だった。


 親父の少し疲れた背中を見送って、ドアを閉める。


 昔話ばかりして、微妙な土産物を置いていく。

 あの人も、昔はもっとギラギラしてたんだろうか。

 それとも、ずっとあんな感じだったのか。


 ……俺も、あと30年したら、あんな感じになるんだろうか?

 平凡でいい、なんて思ってたけど、本当にそれでいいのか……?


 いや、よそう。考えても仕方ない。


 俺は頭を振って、コントローラーを握り直した。

 ゲームの続きだ。


 数日後、仕送りの段ボールが届いた。

 レトルトカレー、パックご飯、安物のスナック菓子。

 いつも通りのラインナップ。

 その中に、見慣れない本が紛れ込んでいるのに気づいた。


「ん?なんだこれ」


 手に取ると、それは親父が使っていたらしい、オリジナル版の攻略本だった。

 表紙は色褪せ、角は擦り切れている。


「……いや、いらんし」


 まあ、捨てるのも悪い。

 とりあえず本棚の隅にでも置いとくか。


 ある日の夜、カップラーメンをすすりながら、俺はモニターを眺めていた。


 ゲームはいよいよ最終決戦……直前のレベル上げ作業。

 ひたすら銀色のあいつを探して倒すあれだ。


 これをやっとかないと、たぶん戦闘が長引いて面倒な事になる。

 負ける事はないだろうけど、RPGは念には念をいれるのが大事だからな。


 ……しかし、だるい。

 単純作業、ここに極まれり。


 ふと、本棚の隅にある、あの古びた攻略本が目に入った。


「……そういや、こんなのあったな。原作ってどんな感じだったんだろ」


 コントローラーを脇に置き、攻略本を手に取る。


 パラパラとめくると、当時のドット絵やアイテムのイラストが並んでいる。

 なるほど、昔はこんな感じだったのか。


 そして、付録で付いている世界マップを見た時、俺は目を疑った。


『ひらかたバーク』

『第1段階:道具屋』

『第2段階:道具屋、武器屋』

『オーブ!』


 あの商人の町のある場所(マップには載ってない。ネタバレ禁止イベントだったのか?)に、親父の手書きで、そう書きこまれていた。


 直接、書き込むなよ。

 第3段階、書いてねーし。

 いや、そうじゃない。


 問題は、タイトル。


 『ひらかたバーク』


 地元にいたころ、ローカルCMでよく流れてた、隣の県の遊園地。

 あの辺に住んでいる人間なら、CMは絶対に見た事があるが、実際に行く事はない老舗の遊園地。


 「ハン」とか「スピル」ではベタすぎるから、ちょっと捻ろうと思ったものの、結局、面倒臭くなって適当なとこで手を打ったのがバレバレのネーミング。


 中途半端すぎんだろ!


 ……俺もだけどな。


 俺も親父も、あの商人に『ひらかた』と名付けていた。


「はは……」


 俺のこの「どうでもいいことへの適当さ」と「発想の平凡さ」は、親父から脈々と受け継がれてきたものだったのか。


「……なんかもう、逆に清々しいな」


 平凡バンザイ、面倒くさがりバンザイ、だ。


 俺は攻略本を放り投げて、伸びをする。


 俺の『ひらかた』は町の発展を見届けた後、何度かの転職を繰り返し、今では立派な賢者だ。


「よし、ひらかた!お前も親父の代から頑張ってるんだ、俺の代でもしっかり働けよ!」


 『賢者ひらかた』に檄を飛ばし、俺は再びコントローラーを握った。

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「遺伝するRPGイベント」レトロゲーム夜話② どろ @reiya_tonogai

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