自己信仰

ぽんぽん丸

表彰式

「私はあの時、震える心でシャッターを押しました。目の前で瓦礫に埋もれる人がいた。火の手が家屋を焼いていました。それでも私はシャッターを押すことにしたのです」


震災カメラマンが壇上で表彰を受ける。当時、彼を「なぜ今撮るのか」と汚く罵った母はもう亡くなった。私はその母の言葉に同調して彼を責めた。だからこそこの表彰の場には来なければならなかった。


「弁明をするなら、私もたまたまそこにいた被災者です。農家さんの取材の予定でした。家族が東京にいました。私自身が生きて帰れるのか、わからなかった。私は撮ることにしました」


彼はやはり慎重に話した。


「いま少しホッとしています。この表彰は私の写真が多くの人に状況を伝えて目の前の1人を助けるよりも多くの人を救えた、ということなのだと思います」


彼は私に視線を送ってから核心を話した。


「しかし、もし、私の写真が多くの人を救わなかったら?私は無価値だったのでしょうか。それどころかあの時の写真がたまたま近くで生きていたWifiを通して全国紙の一面に間に合わなければ、私は目の前の人を見殺しにした人でなしだったのでしょうか?またあの地域で私以外の写真を撮る判断をしたその他多くの人は、今も変わらず人でなしでしょうか?」


私は思わず自分の靴を見た。今日のために新調した革靴は美しい光沢を放って、私にまた彼を見るように促して、私はまた顔をあげた。


「私は今も、苦しんでいます。あの日に頂いた住民のみなさんの言葉に。あの写真が私に与えた今の大きな報酬を頂ける仕事に。あの日に見殺しにした命に」


私だけでなく、彼を讃えるべく集まった全員が静まった。会場の全員に冷えた血がどくどくと流れた。


「私が引き受けます」


これまで所在なく慎重に話した彼の目に、声に覇気が宿る。


「この苦しみは誰かが背負わないといけません。目の前の命を見殺しにする勇気を誰かが持たなければならない。その手で、その声で我が子を抱く矛盾を誰かが負わなければならない。それなら、これからも私が引き受けます。覚えていてください。私の苦しみを、震える心を。そしてきちんと責め続けてください。でないと、見殺しにする資格を私は失ってしまうので」


あの時、おじさんは死んだ。もしかすると彼と母と私で瓦礫をどければ、火に焼かれることはなかったかもしれない。私はおじさんとあまり反りが合わなかったこともあり、のちの彼の写真の功績を見てもう責めたりはしない。だけど母はずっと彼を邪悪だと断罪し続けて死んだ。


彼の言葉はそんな母に対してさえ優しい。あなたも、私も、やるべきことをやれと言っている、のだと思う。それが命に対しての無慈悲であっても、自己に向いた断罪であっても、やるべきことをやれと言っている。


彼は母も私も正しいと言った。そして彼自身のことも正しいと言う。


私はその優しさにまともに動けずにいた。一礼をした彼に拍手が浴びせられる。私は力なく、2,3回、拍手しようとした。だけど音は出せなかった。代わりに手を合わせたままにする。


この合わせた手はおじさんや母に対する祈りであるのかもしれない。また彼の死んだ魂の一部に対してなのかもしれない。あるいは自分自身に向けたものなのかもしれない。正確に何なのか私にはわからない。


とにかく私は涙が収まったら、彼の楽屋にいってハグをしないといけないらしい。そうして彼に何かを伝えなければいけないことは確からしい。

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自己信仰 ぽんぽん丸 @mukuponpon

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