俺に手裏剣をくれる師匠などいない

藤泉都理

俺に手裏剣をくれる師匠などいない




 忍者の武器である手裏剣は実は敵を攻撃する目的よりも逃走しながら敵に向かって打ち込み、敵を攪乱して逃げるために使われることが多かった忍具。

 手裏剣が誕生したのは室町時代後期。

 使い捨て専用の武器として生まれた。

 手裏剣という名称もこの時代に付けられたとされ、「手の裏(内側)に隠して打つ剣」という意味がある。

 手裏剣は殺傷能力を高めるため刃には毒が塗られている場合もあり、隠密任務が多かった忍者に要人を暗殺するための武器としても広く用いられていた。

 手裏剣を扱う手裏剣術は目的によって分類され、「留手裏剣とめしゅりけん」と「責手裏剣せめしゅりけん」の二種類が存在する。

 留手裏剣とはその名のごとく、「敵をその場に[留める]ことを目的として打つ手裏剣術」。

 自分を追って来る敵に対し、何らかの投擲物で追ってこられないようする技。投擲物には殺傷能力よりも攪乱できる性質が求められ、その場にある物を何でも利用する技もある。


 留手裏剣の種類には、「忍手裏剣しのびしゅりけん」、「静定剣せいじょうけん」、「乱定剣らんじょうけん」の三つがある。

 忍手裏剣とは、手裏剣を打って難を逃れる技。

 静定剣とは、手裏剣の代わりに短刀や包丁など、主に刃物を敵に投擲して危機を脱する技。

 乱定剣とは、忍者が突発的な危険に陥ったときに、茶碗でも灰・砂など身近にある物を敵に投げ付けてその場を脱出する技。

 責手裏剣は、逃げるためではなく敵を「責める(攻める)」ための手裏剣術。相手を負傷させる必要があり、投擲物には殺傷性が求められた。


 責手裏剣にも留手裏剣と同様に三つの分類がある。

 「火勢剣かせいけん」。敵への攻撃として火矢や松明を使う技。

 「薬剣やくけん」は、敵を殺さずに目潰し・眠り薬などで一時的に無力化することを目的とした技。目潰しは忍者の里に伝わる薬に唐辛子・灰などを混ぜ、その粉を筒に仕込んで敵に吹き付ける、あるいは卵の殻に入れて投擲した。

 「毒剣どくけん」とは、手裏剣の刃に破傷風の原因となりうる糞尿や、トリカブトの毒を仕込み、狙った敵を死に至らしめることを狙った技。

 暗殺目的で使用されるため、敵の傷口に毒が回りやすいよう、刃の多い八方手裏剣が多く用いられた。


 手裏剣の形状には、馴染みの深い十字型などの「平型手裏剣」と、針や釘などの棒状の「棒手裏剣」の二種類がある。


 平型手裏剣では十字の部分が鋭利な刃となり、棒手裏剣は棒の片側もしくは両側を鋭く尖らせた形状になっている。

 平型手裏剣は鉄板を素材として作られており、重くかさばる物。

 そのため携帯にも適しておらず、基本的には多くても三枚から四枚ほどしか持ち歩かなかった。

 刃を回転させて飛ぶため飛行が安定しやすいことが特徴。

 棒手裏剣と比較すると少しの訓練で命中精度が上がりやすいと言われている。

 また刃にかすっただけで負傷させられる形状のため、刃が多い八方手裏剣などが前述の毒で多用された。

 一方、回転する刃の出す風切り音で敵に察知されやすく、突き刺さる棒手裏剣と比べ傷が浅いなどの欠点も存在する。

 「三方手裏剣」、「四方[十手]手裏剣」、「五方手裏剣」、「六方手裏剣」、「七方手裏剣」、「八方手裏剣」、「卍手裏剣」、「風車手裏剣」、「三光手裏剣」、「糸巻手裏剣」、「鉄環型手裏剣」、「折畳十字手裏剣」、「組合十字手裏剣」、「車剣」などがある。


 棒手裏剣は棒状になった鉄の先端を尖らせた手裏剣。串や針と似た単純な形状だが、平型手裏剣が持っていた「携帯性」、「殺傷力」、「投擲音」などの欠点を補う合理的な形状でもある。

 平型手裏剣より優れた形状の棒手裏剣だが、敵に刺さる部分が一点ないし二点のため、打ち方の習得には平型手裏剣よりも長い時間が必要とされた。

 「直打法じきだほう」、「半回転打法」、「回転打法」の三種類の打ち方が存在する。

 直打法は手裏剣を回転させず敵に突き刺す打ち方。

 半回転打法は手裏剣を半回転させて当てる打ち方。

 回転打法は手裏剣を一回転させる打ち方。











 あらゆる平型手裏剣を収集するように。

 独り立ちできると師匠から言われては、城勤めではなくフリーランスとして働くことに決めていた忍びの雨水うすいが最初の任務がもぎ取ったところ、かりんとう城主であり収集家である粛霜しゅくせいから手裏剣の蘊蓄を述べられたのちに任されたものがこれであった。

 流派によっては独自の形状の平型手裏剣を生成させては使用しているところもあり、平型手裏剣の形状は無限大にあるともいえる。

 それがほしいと粛霜は言うのだ。

 期限は一か月。

 種類数が多ければ多いほどいいとのこと。

 自分で適当に平型手裏剣を作って献上しないようにと、釘を刺された雨水はそんな事をするものかと心中で腸が煮え繰り返りながらも、表立っては冷静に御意と返しては早速任務へと駆け走ったのであった。




 第一の案、一対一の手裏剣の決闘を申し込む。

 第二の案、どこか戦を起こしそうな城に敵として潜り込んで手裏剣を投げてもらう。

 第三の案、忍びの里に潜り込んで練習の際に使う手裏剣を回収する。

 第四の案、今現在行われている、はなたま、すでに終わった戦で使われた手裏剣を回収する。

 第五の案、売買が禁止されている物品が流通している闇市で買い漁る。


 雨水は五つの案の内の二つに印を付けては、実行に移したのであった。




(………おかしい。どの忍びも平型手裏剣を使ってない、など。平型手裏剣以外の忍具は使われてはいるのだが。よもや平型手裏剣は使用してはいけないとすべての流派にお達しがあったのか。否。俺には来ていない。師匠に………いや。独り立ちをしていいと師匠に言われた時に決めたではないか。せめて最初の任務は己の力だけで達成してみせる。仲間の力も借りない。そう。決めたではないか。しかし、闇市にもないとは。闇市では盗人が根こそぎ平型手裏剣を奪い去って行ったと言うが。同一犯。いや。集団。外国の収集家が平型手裏剣を狙っているとも言っていたな。自国の者ではなく、外国の者の仕業。か。しかしあの厳重な忍びの里にまで盗みを働く事は果たして可能なのか? 外国の者の技は未知。不可解極まりないとも聞いた事はあるが。しかし。不味い。これでは初任務は失敗に終わる。最初から躓くなど。いや。こうなったら片っ端からできることをするしかない! まずは松ぼっくり流の忍びに手裏剣の勝負を挑む………うん?)


 腰にぶら下げる革袋の中に収めていた三方手裏剣を手に取ろうとした雨水であったが、できなかった。なかったのである。五枚が五枚ともである。

 雨水に戦慄が走った。

 革袋に穴など開いてはいない。三方手裏剣は一時間前に確認した時には確かに革袋の中にあった。つまりこの一時間の間に何者かに盗まれたのである。


(俺も。盗まれた。だと。確かにペーペーの忍びだが。仮にもあの三忍に謳われる師匠に教授を仰いだ身。盗人如きに。盗人が同業の者だとしたら。どうだ? しかも師匠と同じ実力であったとしたら。つまり。今回の平型手裏剣の盗人は三忍の内の誰か。いや。断定はできぬ。外国の者の仕業やもしれぬのだ………しかし。何だ。この言い知れぬ不安は。或る考えがべったりと引っ付いて離れぬ。まさか。いや。いやいやいや。まさか。師匠が弟子の仕事を、しかも初仕事を奪うなど………もしも敵になったとしたら容赦はせぬとは言ってはいたが。まさかまさか………)


 眉尻から生まれた一筋の汗が、目尻を過ぎ去り頬を経て顎先で玉となっては離れて忍び装束へと落下した。


(っふ。初仕事で早速師匠とやり合う羽目になるとは。よかろう。これも厳しい忍びの世界。師匠も弟子も独り立ちしてしまえば関係などない)


 雨水は駆け出した。

 己が把握している師匠の塒に居ないだろう事は重々承知だが、だからと言って確認を怠りはしない。


(師匠から手裏剣を奪って初任務を完遂してやる!)



















「さあって。わしを探し出せるかなあ」

「おぬし師匠げないな」

「容赦なし」

「ふん。面白そうだと手裏剣盗みにおまえらもわしに手を貸しただろうが」

「「偶にはおちょくってやらんとな」」


 雨水の師匠と雨水の師匠と同じく三忍に謳われる二人の忍びは目を弧の形にしたのち、誰が最初にここに辿り着くか、賭けをするのであった。












(手裏剣の参考文献 :刀剣ワールドホームページ内 忍者の使った道具「手裏剣」

https://www.touken-world.jp/tips/51517/#:~:text=%E7%95%99%E6%89%8B%E8%A3%8F%E5%89%A3%E3%81%AE%E7%A8%AE%E9%A1%9E%E3%81%AB,%E9%9B%A3%E3%82%92%E9%80%83%E3%82%8C%E3%82%8B%E6%8A%80%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82)




(2025.4.12)













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