Ⅶ
周辺住民も、年々悪化し続けるアンドロイドと人間の関係性とそれによる治安への影響、ここ数日は警察による警戒が強化されたこともあって、ぴりぴりした空気が街には流れていた。
ニルとミヒャエルは手分けして、同じ敷地の住人たちに注意喚起と聞き込みを始めた。
「――ですので、もし不審な人物を見かけた場合は、遠慮なく通報ください。また、こちらは我々機動隊員の端末番号になります。直接連絡が取れますので、こちらでも即時対応が可能です」
「まあまあ、ありがとうね。うちの子ももうすぐ学校が終わっちゃうからってね、独り立ちするとか言うからね。心配だったのよお。しかしね、こんなかわいい子が警察官だなんてね、立派だわあ。うちの子もあなたくらいしっかりしてれば、あたしも安心なんだけどねえ……」
「こちら、案内を印刷したものです。お子さんにもくれぐれもよろしくお伝えください」
綿のように白い髪の老女の言葉に曖昧に頷きながら紙面化した連絡事項を手渡す。携帯端末やホロウインドウなどが普及して百年以上経過しているが、一方で電子機器を嫌う人や年老いた人のためには未だに印刷物の配布が手放せない。
朗らかに笑う彼女は、案内を受け取るとニルの右手を優しく取った。
「あなたも気をつけてね。アンドロイドの誘拐? じゃなくて、なんだったかしら」
「……失踪、です。私は問題ありませんので、お気づかいなく。失礼いたします」
そっとおばあさんの手から離れ、フードを被って踵を返す。善意に憤る気にもなれず、きまりが悪くて温もりの移った右手を擦った。
未だに鋼色をした手足はシンボル化されているらしく、アンドロイド・人間問わず間違えられる。今どきのアンドロイドの後見人を果たすあの老女ですら機械の手を見ればアンドロイドだと真っ先に思うのだ。
ポーチを降りると左側の一棟を任せていたミヒャエルが早足で戻ってくるところだった。端末を確認するともうすぐ正午である。二、三時間で数えるほどの区画しか回れなかった。もう少し効率的な方法を考えるべきだろうかと思ったが、すでに民間放送やインターネット上での呼びかけは行っているのだから、最後は人海戦術しかないのだろう。気の遠くなる話だ。
「そっちは終わった?」
「はい! 不審な人物は見かけなかったそうです。ちゃんと緊急通報アプリと連絡先も案内しました」
「そうしたら、次はあっちの――」
私有地の見回りを終え、通りへ出た直後だった。
ジィィィン――……
これが日曜の昼間であったら、車や人の往来で気づかなかったろう。風音の隙間を縫うようにしてそれが耳に届いた。
ミヒャエルと顔を見合わせる。彼も気づいたらしい。
「――今」
「電子拳銃。まさかこんな昼間から……⁉」
ジィィィン――……
羽虫が耳元を飛ぶような二度目の銃声と同時に、携帯端末が強く鳴動する。普段、消音設定にしているニルの端末もピン! と短い音で緊急事態を報せた。近隣で緊急通報アプリから通報があったのだ。
同時に道路の向かいの住宅街から小さい悲鳴があがる。現場はすぐそこだ。
「ニル!」
「あなたは、周辺住民の避難を」
ミヒャエルに残った案内文を押し付けて、ニルは道路の向こうへと飛び出した。
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