続きが“少し”気になる文
村山 夏月
空に飛んでいった風船について
誰かに聞いてほしいことがある。
でも、誰にも聞いてほしくないこともある。
話したい。でも話せない。
誰かは、誰でもよくはない。
たまに、「誰でもない誰か」に会いたくなる時がある。
そんな時思い出すのは、幼い頃に手を離してしまった赤い風船のことだ。
青く広がる空のどこまでも、あの赤い風船は昇っていって、やがて見えなくなった。
そして今でも、ふと考えてしまう。
あれはきっと、今もどこかを彷徨っているんじゃないか、と。
そう思うときは決まって、孤独とふたりきりの夜だった。
時の流れが早いと感じたのは、お風呂上がりに化粧水を肌に染み込ませているときだった。
人は、何かに集中していないときにこそ、良いアイデアを思いついたり、自分と対話できたりするらしい。
お風呂に入っているときとか、運転しているときとか――そういう、一人になれるとき。
僕の場合は、少し恥ずかしいけれど「肌ケアの時間」だった。
手のひらでそっと頬を押さえながら、ふと一週間を振り返ってみた。
でも、すぐに現在に戻ってきてしまう。いくら巻き戻しても、もうすでに手は肌に触れている「今」になる。
それでも思い返してみると、今週は珍しく、いろいろなことがあった。
学校に一人で行って、夜まで勉強していた日。
夜中に無言でドライブに出かけた日。
友達とボードゲームをして笑い合った夜。
後輩と食べたラーメンの味、
バイト中にふと感じた違和感。
就活のことで頭がいっぱいになった午後。
どれもこれもが、瞬きの間に過ぎ去ってしまった。
頑張ったのに、楽しかったのに、面白かったのに、忙しかったのに――
全部、泡のように弾けて、跡形もなくなる。
怖くなった。
ただただ生きているだけで、こんなにも時間を失っていくのかと知って。
こうして文章を書いている今も、時間は止まらない。
むしろ、書くたびに、指先から時間がこぼれていく気がして、震える。
そして思う。
あの時間は、もう二度と戻ってこない。
それが、こんなにも恐ろしいことだなんて、知らなかった。
誰かに聞いてほしくなった。
別に、誰かに話したところで何かが変わるとは思っていない。
でも、それでも話したい。
伝えたい。
僕はたぶん、「僕がここにいたこと」を、誰かに覚えていてほしいのかもしれない。
まるで、自分の記憶を別のメモリに移すように、誰かの中に保存しておきたいのかもしれない。
何かが物足りない。
どれだけ満たされても、どこか満足しきれない。
その心の奥の欲深さが、逆に今を、そして日々を、余計に寂しくさせてしまう。
怖い。でも、楽しくて仕方がない。だからこそ、怖い。
この日々を、もっとちゃんと大事にしたい。
噛み締めたい。失う前に。
僕は本来、誰にも愛されず、何も持たずに死ぬ予定だった――
そんな風に思っていた。
でももし、あのとき神様が「やり直すチャンス」をくれたのだとしたら、
今がその“二度目の人生”なのかもしれない。
そんなSFみたいな妄想をしてしまうくらい、
僕は今、人生で初めて、「自分を生きている」と思えている。
そんな風に思えるようになった今、ベランダでなんとなく、夜空を見上げた。
星は見えなかったけれど、どこかで、何かがふわりと揺れた気がした。
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