第一話

「ねえ、また出たらしいよ」


 チラッと聞こえてきた同級生の声に、意識を向ける。昼休みも中盤に差し掛かった頃。教室のど真ん中で机をくっ付けていた女子四人組が、そこそこの声量で話し込んでいた。


「え、もしかして……」


「そう。口裂け女!」


 その言葉に、騒がしかったクラスが水を打ったように静まり返った。


「おい、西野! それ本当かよ!」


 一人の男子生徒がその女子グループに詰め寄る。


「マジマジ! それで昼休み終わったら集会だってさ。部のチャットで流れてきた!」


「マジかよ。だりぃ~」


「授業なくなるし、良いじゃん。次、織田ちゃんの科学だよ? それよりマシだって」


 今度はあちらこちらから、文句とため息。

 また騒がしくなった教室。そこに全校集会の旨を伝える放送が流れるものだから、さらに収拾がつかなくなる。


「非難轟々だねぇ。まあ、気持ちは分かる。どーせ同じことしか言わないもん。あの校長」


 一緒にお弁当を食べていたちづるが、気だるげにいい放つ。


「それ。ま、科学よりはね」


「その分どっかで詰められるよ? テスト近いし、範囲終わってないし。それとも、優等生のミーヤには余裕?」


 いたずらっぽく聞いてくるちづるに、私は大袈裟に肩をすくめて見せる。


「なわけ。最近、集会だの短縮だの続いてるし、範囲は考え直してくれるでしょ。センセーたち、涙が出るほど優しいし?」


「ホント、たくさんの課題を授けてくれるあたり、優しさ感じて泣けるよね~」


 なんて会話をしていたら、学年主任が教室にやって来た。そろそろ移動しろ、だって。


 まだ八分、休み時間残ってるじゃん……。


 と思いつつ、机の上のお弁当箱を片付ける。

 だって言うこと聞かないとすぐ不機嫌になるんだもん。あの先生。


 そして、廊下が混んで歩きにくくなる前に、ちづると体育館へと向かった。




 結論、集会はとても眠たかった。

 校長先生の話はいつもと一緒。


――一人にならないように。


――暗くなる前に帰りなさい。


 加えて、警察の人の『パトロールを強化します』『犯人は早急に捕まえます』宣言。正直なところ、もう聞き飽きた。仕方のないことではあるんだけどね。


 私の住む上代町とその近辺では、ここ数ヵ月の間で殺人事件が十件近く起きている。


 年齢、襲われた時刻、場所はバラバラ。男も女も関係ない。ただ、遺体の損壊が激しくて、口がざっくり裂けていたこと。犯行現場近くで、髪の長い、コートを着た女性が目撃された例があることが共通している。


 手がかりは他にない。その犯行の凶悪性と脈略のなさから、みんなナイーブになっているというわけだ。


 警察は広域無差別殺人事件として調査を進めている。進展は、勿論なし。

 通称『口裂け女事件』として連日、世間を騒がせている。


 そんな事件も、私たち高校生にとっては退屈の種でしかない。特に三年生。


 進学でバラバラになる前に、受験勉強の息抜きに、の名目で友達と出歩くことが儘ならなくなった。家で大人しくゲームをするか、動画を観るか……。


 やることはあるけど、やっぱり窮屈。


「まっすぐ帰れ、とかダルくない?」


 横断歩道に差し掛かったとき、ため息混じりに、ちづるが言った。


 今日も部活なしで、集会が終わったら速やかに帰宅するように通達されたんだ。これでもう六回目だ。


「ダルい。家、帰っても面白くないし」


「こんなに明るいのにさぁ」


 まだ六月も中旬のこの時期。二時を過ぎたくらいでは日が沈むまで相当、時間がある。


 本来なら睡魔と闘いながら授業を聞いてるはずだったのにな。その代わりに、素敵な課題プリントが国語、英語、数学から出たのだからもう勘弁してほしい。


「ねえ、ミーヤ。コンビニ寄らない? 今日あっつい。アイス食べたい」


「賛成」


 どうせ家に帰っても、課題をやる気なんて起きっこない。それに、コンビニは家に向かう道中にある。ルートを外れるわけじゃないし、大丈夫でしょ。


 並んで、コンビニへと歩みを進める。平日の昼間だからか、他に人の姿はなかった。


 それにしても、暑い。まだ本格的な夏は始まってないのに、ジリジリ照りつけるような日差しだ。


 日傘持ってくればよかった。

 あの人なんて、コート着て暑そうで……。


 ――コート?


「ねえ、あの人おかしくない?」

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