期待値だけでも上げてって!!
焼おにぎり
第1話 初手、にげる。そして、つかまる。
「あたし、すーくんの役に立ちたいの!」
思ってもみなかったことを言われた。
驚いた僕は、つい、
「……どういう風の吹き回しなんですか?」
まずもって、状況がおかしい。
今朝、普段通りに登校してきたところを、謎のハイテンションの松戸さんに見付かってしまったのだ。そうなれば僕は逃げざるをえない。なぜって、それが自我を保つための唯一の方法だからである。
しかし僕はあっけなく追い付かれ、廊下の壁際に追い込まれてしまった。
現在、背中には壁。両脇には松戸さんの腕。下には松戸さんの脚──逃げ道を完全に塞がれている。
どうしてこうなった。
目線の高さはほぼ同じ。怖い、怖すぎる。
このシチュエーション、脅迫されるのなら分かるけど……いや、それは普通に嫌だけど、出てきたセリフが、まさかの『役に立ちたい』だなんて。
「すーくんには、いつも迷惑かけちゃってるでしょ?」
「……
ぼそっと皮肉を言ったが、聞こえなかったのか華麗にスルーされてしまった。
「だから、たまにはあたしがすーくんの役に立ちたいな〜、なんて思うわけですよ」
本当なのだろうか。表情は笑顔で、いつもと変わらないように見える。正直、この人が何を考えているのかなんて自分にはわからない。
僕と同じ1年C組に在籍する、
松戸さんは、見た目だけなら黒髪ロングの正統派美少女だ。彼女が微笑む姿を見れば、誰もが清楚な印象を受けるだろう。
しかしその内実は、テンション高め、かつアグレッシブに周囲を巻き込んでゆく行動派──天然・天真爛漫女子……。
「すーくん、困ってることとかない? 言ってくれればなんでもするよ!」
よくもまあ、『なんでも』だなんて軽々しく口に出せるな、と感心してしまう。そんな確約できないようなこと、僕には口が裂けても言えないから。
「じゃあ、壁際に追いやるのをやめてほしいんですけど……」
今まさに、僕はきみのせいで困っている──というのを、割とストレートにぶつけてみた。しかし、全く退いてくれる気配がない。
「えー? それ以外がいいな〜。他に何かない?」
「いや、今、なんでもするって言いましたよね……?」
……危機的状況だ。こんな場面をまた人に見られたら……今度こそ人生が終わっちゃう。
この間、松戸さんにベタベタ絡まれたところを、古文の山野先生に見られたばかりだった。
『仲が良いのは構わないけど、人目につく場所では慎んで』
そんな苦言までいただいてしまった時は、ショックでしばらく動けなかった。……今まで、そういう指導とは無縁の人生だったのに。
松戸さんの目は無駄にキラキラしている。この薄暗い廊下では眩しすぎるほどに。
どうやら、松戸さんへの『頼み事』をしない限り、この状況からは抜け出せないらしい。
何かないだろうか。
「あ」
──ある。
初心者の松戸さんにも手順が覚えやすく、なおかつ、僕にとって、やってもらえると地味にありがたい作業。
「なにか思い付いた?」
「うん……まあ、作業としては地味だし、お気に召さないかもだけど」
「地味でもいいよ! すーくんの役に立てるなら、なんでも頑張っちゃう」
松戸さんが謎に前のめりすぎるので、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
作業としては、地味な単純、これに尽きる。頑張ってもらうようなことではないし、むしろ、頑張ったらあかん系の部類。
もうすでに心が痛み始めているが、この状況を打破するためにも、とりあえず言うだけ言ってみる。
「……固定リセット、です」
「こていりせっと?」
松戸さんは不思議そうに小首を傾げた。美少女だけに許される仕草だろうなと思う。本人にその自覚があるのかは不明だけど。
「そうです。まあ、ピコモンってゲームの話で……。クレセ、じゃなかった、通常のカラーとは違うレア個体が出るまで、ひたすらリセットとロードを繰り返す──という作業をお願いしたいのですが……」
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