第3話 フラッシュバックとラブコール

獣も寝静まる病みの濃い深夜、ひそやかに動く影がそこにはあった。


「ターゲットは?」


「恐らく、追跡隊と交戦したものかと。魔力の残滓も残ってます。」


「だが、肝心のやつはどこにいる?影も形もないぞ?」


「爆発で吹き飛んだのでは?この規模ならば、木っ端みじんでしょう。」


「…その可能性が高いな。だが、念のために周囲を捜索してしておけ。

 万が一もあるからな。」


「了解。」



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「やめろ、やめろ!!もうやめろ!!それ以上は…!! 頼む…。」


 俺は全力で懇願していた。これはひどすぎる。あまりにもむごい。

俺の今までの苦労は何なんだったんだと愕然としそうだ。

やばい俺発狂寸前かもしれん。


「お願いです…どうか……!!」


プライドをかなぐり捨てて、必死の思いで俺は土下座する。


「どうかお椀一杯分でいいから残しておいてください!!」


 …そこにはまだ10を超えているかも怪しいような少女の前で、もはや美しいとすら表現できる土下座をしている成人男性の姿があった。




 あの後、少女にまだ息があることに気づき、慌てて抱え上げて何とか自宅に担ぎこんだ。明るいところで見て初めて気づいたが、その少女は思わず息をのむほど世の中でいう美少女のカテゴリに入る容姿をしていた。

 均整の取れた華奢な肢体。白でもなく、かといって銀でもなく、その中間の独特の光沢をもったうねるように長い真珠色の髪は、要所要所で黒いレースで縁取られた赤いリボンで結ばれている。形の良い眉は、きっちりと左右対称で下品でない程度に整えられ、時折、苦し気に見開かれる瞳は血のような深紅。荒く呼吸をしているのは薄い桜色の唇。その小柄な体躯にまとっているのは、自分の家の貧相さが際立たせられるような素晴らしく豪奢な茜色のドレス。目を凝らすと、恐ろしく精緻な刺繡がされており、使われているフリルは服に疎い自分でもわかるくらい非常に丁寧に幾重にも重ねられているのが分かった。正に神に愛されたとしか思えない肉体-いや、否。そんな完璧とも思える少女の中で、左目だけが非常にアンバランスだった。その少女は、左目に大仰としか思えないほど、立派な眼帯をつけていたのだ。


 (銀製か?これ…蛇が螺旋を描くように、円を形作ってやがる…

  しかもこれ、ただの眼帯じゃねえな…でもそれよりも…)


 信じられないほどの美貌と装飾品に目を奪われたが、何よりも気になったのは…


 (こいつなんで、あんな爆心地みたいな場所の中心にいたのに、

  服にも体にも傷一つないんだ?)


 次々と疑問が沸き上がってきたが、少女が蚊が鳴くような声で、何かを言っていることに気づいた。耳を澄ませてみると…


「おなか……すいた……。」



と言っていたものだから、今日必死の思いで入手した食料で豆がゆもどきを作って

匙ですくって食べさせようとしたところ、突然飛び起きて鍋に口を突っ込んで食べ始めたのだ。これには、流石の俺も一瞬思考がフリーズした。なんせ手に入れた豆全部を使って作った代物なのだ。これには、俺の一週間の生活が懸かっているといっても過言ではない。何とか止めようとしたら、ピラニアのごとく腕にかみついてきたため、近づくことができなくなった。結局その少女が、我に返ったのは鍋が空になり、俺が真っ白な灰になった時だった。




「……だれ?」

「いや遅いわあああ!!!!!」


第一声がそれか!人んちの食糧空にした上に治療までしたのに、第一声がそれか!思わず相手が少女だということを忘れて、全力で突っ込んでしまい、少女がびくっとした。


「いやあのね?お腹が空いていたことは分かるよ?ぶっ倒れてたことも重々承知して

 ますよ?でもね?こっちは貧乏なの。生活苦しいの。メッチャ辛いの。今の豆全

 部俺の生命線だったの!それを?君がね?全部がつがつ食べちゃったから?俺ピ

 ンチなの!マジでやばいの!おれどうっすりゃいいの?もうまともな食べ物ない

 よ?どうしてくれんのだー畜生でも元気になってよかったねおめでとう!」


「…よかった?」


 怒涛の勢いで俺が言い終わり、俺がぜえぜえと息を荒あげていると少女が眉の間にしわを寄せた。俺は、こいつ自分に都合がいいところだけ切り取りやがったのかと再び剣吞な光を宿したが、その急に暗くなった目を見て、動きが止まった。


「あたしが、げんきで…よろこぶヒトなんて…いないよ。」


 虚無。彼女の眼には、何の感情も浮かんでいなかった。ただのがらんどう。

闇。虚ろ。そんな言葉が沸き上がってくるような、何も感じさせないような冷え切った目をしており、その容姿と相まって、まるで人形めいた不気味さを感じた。

 その目に見つめられ、俺の頭は急速に冷静になっていくのを感じた。


「お前、いったい何もんだ?お前がいた辺りは一帯が消し飛んでたぞ。

 その中心部に倒れてたが、お前は何で五体満足なんだ?」


質問を受けて、少女は黙り込んだ。そして、たどたどしくこういった。


「あたし、アンバー…。だれからも…あいされるない…もの。」

「何?」


思わず聞き返したところ、少女は黙り込んでしまった。

誰からも愛されるべきでない?、俺からすればこんな美少女、愛でないやつのほうが頭がおかしいと思うが…ああ、いや、そうか。さっきの眼帯…、

もしかしてこいつ…


「お前、ひょっとして『穢れつき』か?」


 俺がそういった瞬間、少女…いや。アンバーは一瞬目を見張り、ガタガタと小刻みに震えだした。やっぱりそうかと、俺は軽く舌打ちをした。


 前世でもそうだったが、この世界にも少なからず、差別というものが存在した。

その代表的な事例が『穢れつき』だ。『穢れつき』とは、人から忌避されるもの、忌むべきものと恐れられるような特徴を秘めたスキルを持っている人間のことを言う。

 例えば、死体を操るだとか、強力であるがゆえに制御が利かないだとかいうものだ。いつごろからかこれらのスキルを持つものは、恐れられ、忌み嫌われて地域によってはひどい扱いを受けていたという。今でこそ、そのような扱いを行うことは法によって禁じられているが、上流階級や地方ではまだ意識の中に根強く残っているという。

 そういったスキルを持つ者には、昔から魔除けとして蛇を用いた装飾品を身に着けさせるというが、彼女にとっては眼帯がそうだったのだろう。俺から言わせれば、

有能な人材を切って捨てているようなもので阿保らしいとしか言いようがない。


「ご、ごめんなさい。す、すぐにでていきますから…。

 めいわくかけちゃって…ご、ごめんなさい…」

「あ?」


 生まれたての小鹿なみにがくがくと震えながら、出ていこうとする彼女を見て、

俺は思わずそう言ってしまった。そうすると、彼女は腰を抜かして、ますます泣きそうな顔になり、


「そ、それとも、わたしのからだが…もくてきなの…?」

「…っ!」


 その言葉を聞いて、俺は血が出るほどに唇をかみしめた。こんな、幼い子が幸せに生きているならこんな言葉をこの状況で吐き出すわけがない。この時点でこの子が今までどんな扱いを受けて、どんな目で周りの人々に見られてきたのか痛いほどわかった。少なくとも、服を見る限り裕福な出であり、それなりの生活が確保されていたことは確かなのだろうが、幼児がこんな死んだ目をしていた時点で保護確定案件である。


 俺がその問いに関して、アンバーに行った返答は…


デコピンだった。


「いったい!!!!!」


 向こうからすれば、いきなり不意打ちを食らったようなもので、アンバーは床に転がって悶絶し、しばらくしてからポカンとこちらを見上げた。


俺はそんな間抜け面をさらしているガキに向かってこういった。


「いいか、俺はお前の体にも興味はないし、まず大前提として俺はロリコンじゃな 

 い。そこをしっかり頭に刻み付けておけ。分かったな。」


「ろり…こん? ぁ…はい…」


「次にそもそも、助けてやった上に飯まで食わしてやったんだから、お礼くらい言

 え!俺の一週間分の飯がパァだぞ。どうしてくれる!」


「え、あっはい…ありがとうございます?…」


「そして最後に!!」


 そこで俺は、アンバーの目をしっかりと見つめてこう言った。


「お前は誰からも愛されないなんてぬかしたな?」


「え、うん…。だってあたしは…」


「穢れつきだから、とか何とか言ったらぶっ飛ばすぞ。」


アンバーはそこで黙り込んだ。

俺は続けてこう言った。


「いいか。俺はお前が、穢れつきだとかどうでもいいし、お前に過去に何があったか

 問い詰める気もない。お前がどんな扱いをされてきたのか、大体想像はつくが

 無理やり話せなんて言わない。話したくなったら話せ。言いたくなったら言え。

 お前はお前の気が済むまで、ここに居ていい。というか、いて欲しい。」


「え…なん…で…?」


アンバーは、かすれ声でそう言った。


「あた…し、やくに…立たない…よ?そんざいかち…ないんだよ…?

 どうして…そんなこと…言って…くれる…の?」

「いやだってそりゃまあ。」


俺は答えた。


「そんな顔してて、ひどい目にあった人を知ってるからな。」


ここで分かった。こいつは、前世の死ぬ直前の俺に似ているのだ。この、あることをあきらめた目が。誰かに期待して、それに裏切られて何度も何度も傷ついて…

それで摩耗しきって、何もかもあきらめたような心を隠している。

そんな匂いを俺はこいつから感じたのだろう。


 だから思わず、俺はこいつに手を差し伸べたのだろう。

報われてほしくて。救われてほしくて。生きることの喜びを知ってほしくて。

ああ…俺は、やっぱりバカだ…自分自身を養う余裕もまともにないのに、

さらに人を増やすだなんて。


「かぶせるように言うが、おまえは誰からも愛されないといった。

 だが、それは違う。」


「え…?」


アンバーの困惑にゆがんだ。


「それは…どう…いう…?」


「俺が愛してやる。」


アンバーの目が瞬間的に見開かれた。


「お前が傷ついた分だけ、俺がお前を大切にしてやる。お前が独りぼっちにされた分

 だけ俺がお前のそばにいてやる。食べたいものがあったら言え。ほしいものがあ

 ったら教えてほしい。俺ができる範囲で俺が叶えてやる…俺が今この瞬間から、

 お前のことをずっと見ていてやる。だから、安心しろよ。」


 俺はそこでアンバーの瞳を見つめて言った。


「ここから先は、幸せ路線だ。よかったな、俺がお人好しで。」


 しばらくの間、アンバーは身動き一つしなかった。ただ少しずつ、見開かれた目からぽろぽろと涙が流れ始めた。涙は溢れ、次第にそれは嗚咽へと変わった。

俺は泣くのをやめるまで、アンバーのことをじっと見つめていた。




 さんざん涙を流して、落ち着いたのか、アンバーは顔を上げた。

その目に宿っていたのは来た時にあった「虚無」ではなく、明確な「輝き」だった。

アンバーは、ほんの少し-ほんの少しだけ笑みを浮かべた。


「やっぱ…り、ロリ…コン…?」


「いや違うからね!?法律に抵触する気はないよ!?」


聞き捨てならないと俺は叫んだ。


「あと…、あなた…だれ…?」

「いい感じに終わりそうだったけど、そうでしたねえ!!」


 こうして-こうして俺の家に、連れ合いが一人増えたのだった。


 


 








 






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転生話術師と交霊少女 ~探偵ギルド立ち上げたら、知らないうちに世界が俺たちに注目し始めた~ 鶴岡遊 @madjoker19

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