第5話 浄化

「この神典…字が古すぎて読めねえんだけど」


 文句を垂れながらも、俺はアルから渡された“宗教的な何か”に目をやっていた。といっても、ガチで読んでるわけじゃない。実際のところ、視線はスマホだ。スレの新着が気になって仕方ない。


「教祖様、解釈の手引きもございますが、いずれはご自身で——」


 その時だった。


 ピカッ、パチ……。


 部屋の電灯がチカつき始めた。


「ん? もう寿命か?」


 電球でも見てやるかと立ち上がろうとした、その瞬間——


「教祖様、動かないでください」


「は? え?」


 強引に肩を押さえつけられ、俺は地面に叩きつけられた。思わずスマホもすっ飛ぶ。


「排除対象、接近中です。教祖様、力の使用許可を」


 アルの声はいつになく低く、鋭かった。窓の外を睨みつけながら、唐突にそんなことを口走る。


「え? は? なに? ん?」


 パニックのまま窓に目を向けた。


 そこには——

 黒服の男たちが10人。無言で整列しながら、家を取り囲んでいた。


 やっべええええええ!!

 なんだあれ!? 絶対なんかの宗教関係じゃん!!

 マズい、これはマズい!!


「教祖様! 許可を! はやく!!」


「え? あぁぁぁ!? 許可許可許可!!」


 もうよく分かんねえけど、叫ぶしかなかった。俺はただの一般人だ。非常事態に対応できるマニュアルなんて持ってねぇ!!


「ありがとうございます、教祖様。私にお任せ下さい」


 そう呟いたアルの目が、すっと細くなる。


「——浄化開始…!」


 瞬間、窓の外が真昼間のように輝いた。


 太陽じゃない。アレは……あの光は、なに……?


「主の御前にて、伏せ」


 アルが、巫女みたいに静かに一節を唱えた。


 すると、信じられない光景が広がった。

 黒服たちが、一人、また一人と膝から崩れ落ちていく。まるで、巨大な手に頭を押さえつけられたみたいに。


 ──なんだよ、これ。なにが起きてんだよ。


「なに? あれ……え?」


 俺は地面に座り込んだまま、声にならない声を漏らす。


 アルは、ほんの少しだけ息を吐くと、落ち着いた調子で言った。


「ご安心ください、教祖様。一割ほどの力に抑えております。すぐに撤退するはずです」


「一割で……あれ……?」


 それ以上、何も言えなかった。


 アルの言葉通り、ひとしきり這いずり回ると、黒服たちは跡形もなく消えていった。


「な、なぁアル……今のって、どこの誰なんだ……?」


「排除対象です。前教団の残党、あるいは異端監視局。どちらにせよ、我らの聖域を汚す者には変わりません」


「せ、聖域って俺ん家だぞ……!?」


 常識が、地盤ごと揺さぶられてる。なのに、目の前の女だけが何食わぬ顔で麦茶を淹れてるっていう狂気。


「教祖様、少し顔色が優れませんね。お加減が……」


「……いや、ちげーよ。つか、マジで……これ、続かねぇって」


 俺は思わず口に出していた。思考が回らなくなっていた。


 バレる。これ絶対そのうちバレる


 俺は異能者じゃない──では。

 確かに力はある。でも、それは派手でも万能でもない。ただの……


 ──ハッタリだ。


 でも今、目の前のアルは完全に“救世主”を見る目をしてる。

 けど、こっちはその重みに耐えきれそうにない。


「アル、お前……いつまでここにいるつもりなんだ」


「もちろん、教祖様の傍らに一生涯──」


「重い重い!」


 冗談めかしてツッコんだけど、笑える気分じゃなかった。


 黒服たちが次また来たらどうすんだ。今回みたいに撃退できる保証なんてねえ。

 “教祖の力”が使えると信じてるアルはいいとして、俺は何もしてねぇのに『凄い』とされてる。そんなの、長く続くわけがない。


 このままじゃ、現状維持すらできねぇ……


 冷や汗が背筋を伝う。なんとか乗り切ったはずの一件が、むしろ状況を悪化させてる気さえしてくる。


 1割で、アレだ。

 俺が偽物だって知れたら…


「……クソ、もっと情報がいる。何が起きてるか、ちゃんと知らねーと……」


 俺はスマホを手に取る。

 俺に頼れる場所はもうない。

 たかがネットの書き込み、たがこれしか残っていなかった。

 俺はスレッドに戻るしかなかった。

 俺自身を守るためにも、安全に教祖様ごっこを離脱するためにも。

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詐欺電話出たら教祖なったけど質問ある? ゴンザレス次郎 @gonzaresziro

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