第4話 泥棒カラス

 手元の書類を読んで、アシェルは危うくコーヒーを吹き出す所だった。

「なんだ、こりゃ」

「どうしたんですか?」

「どうもこうもねえよ。見ろこれ」

 のぞきこんできたサイラスに書類を押しやった。

 大きな事件は滅多に起きないアスターの街でも、小さな犯罪は多い。街の治安を守るストレングス部隊の詰め所には、強盗にひったくり等々、被害届が集められている。冬のこの寒い中、どいつもこいつもよくそんな犯罪を犯す元気があるな、とアシェルが思わずにはいられないほどの量だ。

 アシェルが読んでいたのは、そんな書類の一枚だった。

「え~と、なになに。ひったくり? 『露店にて、買い物をしようとした所、ブローチを奪われる。犯人は……』カラス?!」

「な! おかしいだろ?! 一瞬カラスの仮面を被った紳士っぽい怪盗を想像したぞ」

「あ、僕カラスの着ぐるみ着た人が財布握って全力疾走する所を想像しました!」

「なんだそりゃ。すぐ捕えられるぞそんなの。中身どんな奴だよ」

「いや、ですから……着ぐるみ作れるんですから器用なんですよ」

「自作かよ」

「それで中に入れるんだから小柄ですよ。それで……」

 こういう時のバカ話というのは、自分達でも思わぬ方向に転がって行く物だ。

 その着ぐるみの中身男のプロフィールがある程度決まった所で、アシェルはようやく我に返った。

「い、いかん、こんな話している場合じゃない。そういえばファーラはどうした? いつもだったらもっと早く突っ込みが入るのに」

「ああ、そういえば備品買ってくるって……」

 ちょうどその時、コツコツと階段を上がって来る足音がした。そしてドアがバンッと荒々しく開く。

 思い切り不機嫌な顔で、ファーラが現れた。片手に買い物用のバッグを持っている所を見ると、一応と買い物は終えたようだが、雰囲気がただ事ではない。

「ど、どうしたんですかファーラさん。何かあったんですか」

 サイラスが驚いた様子でたずねた。

 そこでアシェルはファーラの衿がいつもより大きめに開いているのに気がついた。

「おい、ボタン一個取れてるぞ。一番上のが」

 指摘されると、ファーラはキッときつい目をアシェルに向けた。

「……られましたの」

 聞き取りづらい位小さい声で、ファーラは呟いた。

「ん? 何て言った?」

「盗られましたの! カラスに!」

 少し頬を赤くして、ファーラが叫んだ。

「はあ?」

 アシェルとサイラスは、仲良く顔を見合わせた。


 アシェルは机の上にバサバサと地図を広げた。

「他の街のストレングスに聞いてみたら、結構似た事件が起こっているのが分かった」

 そこにはカラスによる盗難事件の発生場所を表す赤い点が打ってある。赤い点は、大体近い範囲に集中していた。

 地図が珍しいのか、ぷーがテーブルの上に乗ってアスター街の北部辺りをクンクン嗅いでいる。

「行動範囲から言って、同じカラスの仕業だなこりゃ」

 ファーラの話によると、買うべき物を買った後、少しお腹がすいたらしい。というわけで、屋台でクッキーでも買おうと財布を取り出した瞬間、カラスにボタンを奪われたという。

「本当は、カラスを撃ち落としてもよかったのですけど」

 彼女は物騒な事をサラリと言ってのけた。

「もし、落ちてきた死体が屋台のスープの大鍋に入ったら、弁償大変でしょう?」

「だな」

 言いながら、アシェルはカラスに盗まれた物の一覧表に目を落とした。

「宝石ばかりだな。ダイヤモンドに、サファイヤ、ルビー、トパーズ、アメジスト、ルビー……どれも同じような大きさか」

「ひょっとしたら、誰かが金目の物だけ取って来るように調教したんじゃないかしら」

「それなら、宝石だけ集中的に狙われているのも説明がつくか。しかし、なんで今回だけボタンが狙われたんだか。まあいいや。サイラス。部下にこの辺でカラス飼っている奴がいないか聞き込みさせろ。まあ、広い街のことだ。そうすぐには見つからないだろうが、やらないよりはマシだろ」

「は~い」

「後一応、貴重品に注意のはり紙でも貼っとくか」

「他は何しますの?」

「そうだなあ。とりあえずは……」


 アシェル達は広場の隅で、木の枝に仕掛けた罠を遠巻きに見ていた。

「と、いうわけで。エサの代わりにエメラルド入れてみた。もちろん、イミテーションだけどな」

 アシェルが作った罠は、木箱の奥の宝石を取ると入り口の落とし戸が閉まるという、古典的だが信頼できそうな物だった。

「こんな露骨な罠でひっかかるかしら」

 ぷーを抱いたファーラが言った。ぷーは足をもぞもぞ動かして、広い場所で駆け回りたそうにしている。

「もちろんすぐには無理だろう。カラスは頭がいいからな。この罠に慣れて近付くだけでも多分数日かかって……」

 その言葉を遮るように、バサバサと音をたて青空に黒い羽がひるがえった。一羽のカラスが罠を置いた台の上に飛び乗った。

「早! バカなのかあのカラス」

 影で文句を言われている事も知らず、カラスは箱の中を覗きこんだ。

「よし、そのまま入っちゃえ!」

 サイラスがグッと拳を固めて身を乗り出す。

 しばらくきょろきょろと枝の上から箱を覗き込んだカラスは、おもむろに地面に降り立った。そして落ちた枝を拾い上げ、箱の中に突っ込んだ。そして閉じた戸の隙間から、宝石を取り出そうと枝を動かし始める。

「完全にバレてますわね」

「……なんだろうな、この強烈な敗北感は」

 落とし戸の隙間からこぼれ落ちた宝石をくわえ、箱の上に飛び乗った。しばらく戦利品を見つめていたカラスは、勢いよくそれを跳ね飛ばした。そして、罠をガシガシと蹴りつける。

「ニセ物を見抜いて八つ当たりしていやがる! なんて頭のいい鳥なんだ!」

「感心してる場合じゃないですよ隊長! このままじゃ逃げられちゃいますよ!」

 男二人がワイワイやっているのを尻目に、ファーラはぷーを両手で抱えてその顔をのぞきこんだ。

「ぷー! あなたは私達ストレングス部隊からご飯もらってますわよね?」

「キュ!」

 ぷーは元気よくうなずいた。

「ということは、誇り高きストレングス部隊の一員ですわね」

「ぷ~!」

 重々しく幻覚獣はうなずいた。

「ならば……」

 ファーラはぷーの背中を片手でつかむと大きく振りかぶった。

「行きなさい!」

 そして思い切りカラスに向かって投げつける!

「うわあああ! ぷーちゃん!!」

「何やってんだ~! ダーリン!」

 男二人の悲鳴が公園に響き渡った。

「ダーリン! あれは預かり物だぞ!」

「あら、ストレングス部隊の一員だって本人は言ってましたわ」

 カラスにぶつかりそうになったぷーの体は、ぽんと煙に包まれた。その煙が晴れる頃には、ぷーは完全にカラスの姿になっていた。

「かあ!!」

 驚いて飛び立った泥棒カラスをぷーが追い掛けて行った。

「ほら、本人はやる気ですわ」

「ええい、ぷー! こうなったら後をつけてカラスの主人を探して来い!」

「かー!」

 本物のカラスよりは間の抜けた声でぷーは一言鳴くと、泥棒カラスの後を飛んで行った。


 カラスのねぐらを突き止めて、ぷーが戻って来たのは大体数時間経ってからだった。

 やはり変身しっぱなしは疲れるのだろう。帰って来るなり本来の姿に戻ったぷーを案内に、三人は街の中心部を離れた小さい林の中を歩いていた。

「それにしても、カラスに泥棒させるなんてどんな奴なんでしょうね」

「さあ、たぶん子供だと思うけどな。その辺りのいたずら小僧じゃねえか?」

「え? なんでですか?」

「普通に考えてみろ。宝石を盗んで家に持ちかえるよう調教するよりも、自分で財布を奪い取ったほうがてっとりばやいだろ。それだけヒマな奴ってわけだ」

「なるほど」

「カラスは光る物を集めるといいますから。普通でしたら、たまたま白い石や釘なんかに宝石が混ざっただけ、と言いたい所ですが。あれは明らかに私を狙っていましたわ」

 ファーラが低く呟いた。

「ぷ!」

 一声鳴いて、ぷーが足を止めた。

 林にぽっかりと開けた場所があり、そこに古ぼけた小屋が建っていた。小屋の中から近付く者が丸見えという、なかなか嫌な場所にある。

 ばさばさと頭上でカラスが飛び回った。大きいカラスが一匹、半分崩れかけた屋根に止まる。

「あ、きっとアイツですよアイツ!」

 サイラスがカラスを指差した。

「ぷ!」

 ぷーが警告の叫びを上げる。

 銀色の矢が一筋、アシェルに向かって放たれた。

「アブね!」

 狙いが甘かった事もあり、アシェルはなんとか身をかわした。

「警告無しに射るか普通? なんでいきなり襲いかかってきたし」

 ファーラが無言で銃を抜き放った。矢が飛んできた方向に銃口をむける。銃声と同時に、バサバサとこの葉を散らしながら男が木の上から転がり落ちてきた。

「殺しちゃったの? ファーラさん」

「まさか! 奴が乗ってた枝を撃っただけですわ」

 その頃にはすでに男の傍に駆け寄っていたアシェルが、男を地面に押し付け、手を背にまわして固定する。取り出した縄で手際よく両手を縛りつける。

「いたずらにしちゃやりすぎだな?」

「隊長! なんかいっぱい出て来ました!」

 サイラスの曖昧な報告通り、小屋の中から男達がゾロゾロと出てきた。

 男達は、三人が着ている制服を見て明らかに動揺していた。

「ストレングス部隊?! 一体、どうしてここが分かったんだ!」

「畜生! 誰がチクりやがった!」

「チクる? 一体何を言って……」

 アシェルの言葉を断ち切るように、男の一人が剣を振る。アシェルは舌打ちをしながら、切っ先を避けた。

「どうも、何か誤解されてるらしいな」

「でも、向こうに話し合う気は無いみたいですわね」

「うう、暗くなる前に帰れるかなあ。夜の山道ってヤダ」

 サイラスにとっては、一山いくらの悪党達より夜の闇の方が怖いらしい。うんざりしたその声を合図に、三人はそれぞれの構えを取った。


 サイラスの願い通り、部隊の詰め所に戻ったのは、暗くなる前の夕方だった。

「いやあ、まいりましたね。まさか窃盗団のアジトを見つけちゃうなんて!」

 サイラスがランプに火を入れながら言った。

 男達をのした後で聞いてみると、窃盗団の一味だったらしい。

 男達がいた小屋には地下室があり、そこには彫刻に絵画、宝石の類が隠されていた。明らかに盗品だ。

「で、結局あいつら、カラスについては何も知らないってな」

 最初はあの盗賊団が飼いならしていたのだと思ったが、どうも、そうではないらしい。

「たまたまあのカラス、あいつらのアジト近くに巣を作っていただけか?」

「でも、飼われていたわけではないのなら、誰が宝石を盗むように調教したのかしら?」

「ひょっとして、結局何も調査進展してねえんじゃないか? ん? サイラス。その包みはなんだ?」

 サイラスの机の上に、手の平に乗るサイズの包みが乗っていた。

「ああ、前に頼んで置いた聞き込み関係のだ」

 サイラスはガサガサと包みを破った。

 それは、小さな肖像画だった。白いワンピースを着た、十歳ほどの少女が立っている。 そしてその傍らにある円テーブルの上には、一羽のカラスが乗っていた。金持ちのペットらしく、宝石を連ねた首飾りをしている。

 ダイヤモンド エメラルド アメジスト…… 

「この辺りでカラスを飼ってたのは、この女の子くらいだって。ちょっと前の事だけど」

 サイラスが絵に添えられていたメモを読む。

 アシェルはしばらくじっとその絵を見つめていた。

「で、その女の子はどこに?」

「それが……」

 サイラスは顔を曇らせてメモに書かれたことを二人に話した。

 読み終わったメモをサイラスに渡されたアシェルは、さっと目を通して呟いた。

「なるほど。そういう事だったのか」

「とにかく、なんとかしないとまたあのカラス、盗みをするかも……」

「いや、その必要はねえよ」

 アシェルは、低く沈んだ声で呟いた。


 恐がりなサイラスではなくとも、夜の墓場というのは居心地のいい場所ではない。かじかむ手でランプを握り、アシェルは墓石の前に立っていた。

 闇で姿は見えない物の、枝の影で羽音がする。

「お前の主人の事、残念に思うよ。なあ、カラス」

 アシェルは闇の中に声をかける。

「もっと早く気がつくべきだったよ! ダイヤモンド(Diamond)にエメラルド(Emerald)、アメジス(Amethyst)、ルビー(Ruby)エメラルド サファイ(Sapphire)トパーズ(Topaz)。宝石の頭文字をあわせるとディアレスト(Dearest)! もっとも親愛なる者へ、のメッセージだ」

 ざわざわと風に木々が揺れる。


 顔を曇らせ報告するサイラスの言葉をアシェルは思い出した。

『それが……その家族は強盗に殺されてしまったそうなんです』


 アシェルは、目の前にある墓石に目を落とした。

 リフェイルというのがカラスのもと飼い主の名らしい。

 絵から予想すると、生きていれば美しい女性に育っただろう。そしてきっと誰かを愛して、誰かを憎んで。しかし、それも叶わぬ夢になってしまった。

「お前の主人が死んだ後……この首飾りを取られちまったんだな。人間どもに」

 他の金目の物と一緒に、その首飾りが他人の手に渡ったとしても不思議ではない。飼い主のいない鳥などに高価な品を黙って渡す奴がどこにいる?

 カラスにしてみれば、宝石泥棒は人間に奪われた物を取り返す正当な行為だったのだろう。

 例え飼い主からもらった物とは違っても、似たような物でいいから取り戻したかったのだろう。

「調べてみて驚いたぜ。お前の主人を殺った犯人……俺達が昼間捕まえた奴らと同じだったよ。ファーラのボタンを盗んだのは、俺達にアジトを教えたかったのか。泥棒カラスなだけじゃなかったんだ。この告げ口カササギ(カササギ=密告者の隠語)め」

 ニヤリと笑いながら、アシェルはポケットからきらめく首飾りを取り出した。

「絵に描かれた物に似せてみた。イミテーションだがな。これでガマンしろ」

 ぷーの様な生き物がいるのだから、やたらと頭のいいカラスがいても不思議ではない。

 高空で、風が鳴る。

 バサバサ、と羽ばたきの音が響いた。闇よりもなお黒い物が茂みの中から飛び出し、アシェルの肩に舞い降りる。

 カラスは、アシェルの首筋に顔をこすりつけた。まるで甘えて頬ずりをしているように。

 そしてアシェルの手から首飾りを取ると、痛いくらいの力強さでアシェルの肩を蹴り、飛び立っていった。

「一応、お礼のつもりなんだろうな」

 アシェルはやわらかな羽の感触が残る首筋をそっとなでた。


 アシェルは、墓場から家ではなく詰め所に戻って来た。本来、夜番で一晩中詰め所にいないとならない所を抜け出してきたのだ。これから、淋しく朝まで一人でお留守番、という奴。

 こんな季節に外をうろついていた物だから、体がすっかり冷えてしまった。かじかむ指で鍵を差し込んだ時、すでに開いているのに気づき、警戒しながらドアを開ける。

 中はふんわりと暖かい。暖炉の前で、ファーラがつまらなそうに机で頬杖をついていた。

「ファーラ、まだいたのか」

「いたも何も。あなたが鍵を持ったまま閉め忘れて出たから、帰れなかったんですわ」

「ああ、そうか。悪かったな」

「で、何してましたの?」

「黒の似合う女性とデート」

 と、意味ありげな視線をむけてみる。

「あら、墓場でデート? 未亡人かしら」

「ん? なんで墓場に行ってた事がわかったんだ?」

 ファーラはアシェルの靴を指差した。底に踏まれた葉のカケラがくっついている。

「この時期、その種類でそこまで大きな葉をつける木は墓地にしかありませんもの。こういう推理の仕方はあなたから教わったんですわよ」

 アシェルは、墓場であった事をファーラに語った。

「なんだか今になって、信じられなくなって来たよ。あそこまで頭のいいカラスなんているか?」

「さあ。あるいはただのカラスではなかったのかも」

 ファーラはストーブに、かけてあったヤカンからティーポットに湯をそそいだ。

「ぷーちゃんがいるのだから、そういう生き物がいてもおかしくないでしょう」

「いや、俺もそう思ったには思ったが。ずいぶんあっさりと言うな」

「人間が存在を信じられないからといって、その何かがいてはならない理由にはなりませんわ」

 紅茶を自分とアシェルのカップにそそぎながら、ファーラはちらりとアシェルをうかがった。

「で、カラスにはあげたのに、私には宝石の一つもくれませんの?」

「おや、カラスにやるついでに買ってきた宝石なんて、お前は気に入らないと思ったんだけどな」

「……分かってますわね」

 ファーラはむっとした顔で呟いた。

 代わりに、といった感じで、アシェルはファーラのボタンを取り出した。

 実は昼間、窃盗団の小屋の近くで見つけた物を、後で渡そうと思って取っておいた物だった。

「まあ、わざわざ探し出してくれましたの?」

「結構簡単に見つかったぜ。あのカラスが分かりやすい所に出しておいてくれたのかも知れないな」

「……。『君のために苦労した』とか言わない所があなたですわね」

「そうか?」

 「ありがとうございます」とファーラはアシェルの分のカップを差し出した。

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我らアスター街ストレングス部隊~日常編~ 三塚章 @mituduka

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