第3章

第16話 宰相の妻は成長中


 リシャルト様と城下街をデートしてから数日後。

 私がリシャルト様の妻となってからは2週間が経とうとしていた。


「奥方様、だいぶ作法が様になってきましたね」


「ありがとうございます」


 今日のレッスンを終え、ハーバーさんに言われた言葉に私は嬉しくなる。

 毎日8時間(内1時間は休憩)の緊急詰め込み教育を施されているだけはあるだろう。

 生まれながらの貴族令嬢には勝てないが、そこそこ形にはなってきたという自覚もあった。


「これなら堂々とお披露目パーティーが行えますね~」


「今までお断りしてきたお茶会にも、奥方様をお連れ出来ますし」


「早くに正式に報告して、安心させてあげましょう。リシャルト様」


 メイドさんたち3人が、珍しくも早く屋敷へ戻ってきたリシャルト様に声をかけた。

 いつもは夜の8時頃にお戻りになるのに、今日は仕事が早く終わったらしい。

 リシャルト様はゆったりとソファに座り、新聞を広げている。今日の夕刊だろうか。

 見出しにはでかでかと、『エルウィン王子殿下、隣国より無事の帰還! 和平成立か』と書かれていた。


 へぇ……。すごい。

 現国王陛下は領土を増やすためなのかなんなのか、隣国に戦争を仕掛け回っているために国民支持率がものすごく低い。聖女の仕事を増やす諸悪の根源なので、もちろん私も支持していない。

 

 ――エルウィン王子殿下が第一王位継承者だったらな……。

 

 エルウィン王子殿下はアルバート様の一つ下の弟だ。王位継承権は第二位。アルバート様とは腹違いの兄弟であり、当然のようにはちゃめちゃに仲が悪いらしい。

 残念ながら、私はお会いしたことがなかった。


「そういえば、リシャルト様……。1つお聞きしたいんですけど」


「はい。なんですか?」

 

 私はメイドさんの言葉から気になったことを、リシャルト様に聞いてみることにした。


「私、フォルスター公爵様にご挨拶とかしなくて大丈夫なんですか?」


 フォルスター公爵。

 すなわち、リシャルト様のお父様のことだ。


 普通、結婚するとなると親への挨拶は避けては通れぬ道なのではないだろうか。

 もうすっ飛ばして籍入れちゃってるんだけど。

 この国では成人年齢である16歳に達していれば、法的には親の同意を得なくても婚姻はできる。だが、貴族社会では家のための政略結婚はよくある話だし、基本的には一度親を通してから婚姻が結ばれる。

 平民でも同じだ。前世の現代日本と同じように、両親に挨拶をしたり許可をとったりするのが一般的。

 リシャルト様はとくに、歴代最年少での宰相兼次期公爵家当主という、超有名人だ。

 勝手に結婚なんかしたら家族とひと揉めするのでは、と今更ながらの心配が降って湧いてくる。


「公爵様に認められてから結婚した方が良かったんじゃ……」


 やはり最初の印象が肝心だろう。勝手に籍を入れてしまっている身の上、すでに失敗している気がしなくもないが。

 恐る恐る聞くと、リシャルト様は新聞を机に置いて顔を上げた。

 

「一応、キキョウと結婚したことを手紙では報告しましたよ 」


「お父上からはなんと言われました……?」


「『よくやった。お前の長年の悲願が叶ったようで安心だ』と喜んでいる様子でした」

 

「はい……?」


 一体どういうことだ? それではまるで、既に公認の仲のようではないか……?

 確かに10年前に一度、フォルスター公爵様にお会いしたことはある。

 だが、あの時は幼かったし、ただリシャルト様の命を救ったことにお礼を言われただけだ。


「ど、どういうことです……?」


 リシャルト様の言葉の意味を上手くつかめずに聞き返すと、リシャルト様は説明してくれた。


「元々、僕がキキョウのことを気に入っているのを父は知っていましてね。あなたとアルバート殿下の婚約が発表されて、落ち込んでいた僕を後押ししてくれたのは父なんです」


 アルバート様と私が婚約したのは私が10歳の時のこと。今から6年前の話だ。


「父に『欲しいものがあるなら諦めるな。聖女様に婚約者がいようが、王太子が相手だろうが、どんな手を使ってでも掴み取れ』と後押しされて……。それで僕は宰相まで登りつめたわけですが」


 まるで美談のようにリシャルト様は語ってくれる。だが、これ、本当に美談か? 美談にするにはどこか引っかかるものを感じる。


「そういうわけなので、あなたのことは父も承知の上なのですよ」


「な、なるほど」


 フォルスター公爵から見て、私が結婚相手として不足がないのなら嬉しいが、すこし複雑な気分だ。


「とはいえ、正式にあなたのことを披露したいと思っているのです。近々結婚式とお披露目パーティーを開いても良いでしょうか?」


「それは、もちろんです」


 リシャルト様の言葉に私は同意を示した。

 即答した私に、リシャルト様は嬉しそうに微笑む。


「ありがとうございます。ドレス試着の手配を進めておきますね」


「わぁー! 奥方様のドレス! 楽しみですね、リシャルト様」


「昔、初めてお酒を飲んだとき、酔った勢いで『聖女様のウェディングドレスが見たい』ってボヤいていましたものね!」


「夢が叶いますね! リシャルト様!」


「そ、それは酒のせいです! やかましいですよ、あなたたち! キキョウになぜバラすんですか!」


 キャッキャとはしゃぐメイドさんたちを、リシャルト様が気恥ずかしそうにたしなめる。


 一部なんか聞き捨ててはならないような言葉が聞こえたような気がするが、恥ずかしいので気づかなかったことにしよう……。


 

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