第3話 お飾り聖女は求婚される
エマ様がアルバート様の背からそっと姿を現す。
ふわふわとした長いピンクブロンドに、薄茶の瞳。小柄で華奢なエマ様は、いわゆる守ってあげたい小動物系女子だ。
ちょん、のアルバート様の金の房がついた豪華な上着の裾をそっと握る様は、とても可愛らしい。
だが、私はエマ様のことを苦手としていた。
なぜなら――。
「聖女さまぁ、こんにちはぁ」
「……こんにちは」
妙に間延びした甘ったるい口調で、調子が狂ってしまうからだ。
エマ様はいわゆるぶりっ子であり、前世の世界で言うならば、男子からは好かれるが女子を敵に回しやすいタイプの令嬢だった。
「エマ、お飾りの聖女様よりアルバート様のお役に立てると思います」
「そうですか……」
聖女の仕事を辞められるのは嬉しいのだが、後任がエマ様だということにはいささか不安があった。
エマ様は最近治癒士の力に目覚めたばかりで、地方教会に所属して数ヶ月、という非常に経歴が薄いのだ。
エマ様に夜会で一目惚れしたらしいアルバート様が、エマ様を持ち上げ過剰に褒めたたえているが、実力のほどは不明。超怖い。
正直、エマ様を聖女にしようとしているのは、周囲からの反対もなくエマ様と結婚するためなのではないかと思った。
エマ様は男爵令嬢だから、アルバート王太子殿下と結婚するにはどうやっても身分が足りない。
だが、エマ様が聖女という身分を得ることが出来れば、周囲の風向きは180度変わるはずだ。
なぜなら、聖女はこの国の象徴。国王陛下の次に偉いからだ。
「という訳だ! お前はいらないんだよ、お飾り聖女! ああ、
不遜な態度でアルバート様は私にそう宣言する。
エマ様もくすっと口元を引き上げている。
私はというと……。
――異世界って、めんどくさいなぁ。
なんて思って、冷めた目で2人を見ていた。
テンプレ展開を実体験できるのはラノベオタクとして冥利に尽きるのだが、婚約破棄も面倒な性格の王太子に絡まれるのも現実だとなかなかに厄介だ。
そうして私は考える。
いっそ教会を出て、どこか離れた地でスローライフでも送ってみようか。異世界らしく。こちらもテンプレ展開だけど、ほのぼのしていて今より随分気楽そうだ。
幸い、今まで貰ってきた給金は溜め込んであることだし、聖女としての力もある。
そうしよう。その方が楽しそうだし。
「分かりました。では私は――」
「――それでは僕が、聖女様を頂いてもよろしいですか?」
教会を出ていきますね、と言おうとした私の声を遮ったのは、穏やかな男の声だった。
はっと声のした方に視線を向けると、教会の入口に、1人の男性が立っていた。歳は、20代前半くらいだろうか。少なくとも、19歳のアルバート様よりは大人っぽい。
長いさらさらとした金の髪を首の後ろで束ね、モノクルをかけた男性の深い青の瞳は知的に輝いていた。
……どこかで見たことがあるような気がするけど、誰だったっけ。
教会に入ってきたその男性は、ゆっくりとした動作で私とアルバート様たちの間まで来ると、すっと私に向かって手を差し出した。
「聖女様、僕と結婚してくださいませんか?」
「は、はい――?」
いや、誰!?
結婚!? いや私はこの人と付き合ってないし! どういうこと!?
生まれて初めてのプロポーズと目の前の金髪の美形男子に、混乱して目が回りそうだ。なんなら本気でクラクラする。
「ど、どういうことだ! リシャルト!」
「どういうことも何も……。アルバート殿下は聖女様との婚約を破棄なさるんでしょう? でしたら、僕が聖女様にアプローチしても何ら問題ないかと」
リシャルトと呼ばれた男性はにこりと優雅な微笑みを浮かべて、慌てふためくアルバート様の方へ視線だけを向けた。
そして私にまた向き直る。
私の戸惑いを察してか、リシャルト様は私に差し出していた手をそっと下ろしてくれた。
代わりにその手を胸に当て、柔らかく目を細める。
「聖女様、突然のご無礼をお許しください。思わず求婚してしまうほど、あなたが魅力的だったのです」
……うさんくさい。
リシャルト様はにっこりと綺麗な笑顔を称えている。街の乙女ならば、きゃあと黄色い声でも上げたかもしれない。
しかし。完璧で、全く隙のない彼の笑みは、前世で2次元の男子たちを見すぎた私にとっては裏があるとしか思えなかった。
こういう柔和なキャラほど、裏切ったり、腹黒かったり、何か抱えてたりするもんなんだ。知ってる。
そして私は、そういう柔和系のキャラが大好物だったのである。
何この状況。最高に面白そうな展開だ。
内心ワクワクが止まらない私に追い打ちをかけるように、リシャルト様が私にそっと顔を近づけてきた。
「あなたにとって、そう悪い話では無いと思いますよ。僕なら、あなたに自由を与えることが出来る」
ひそりと。
誰にも聞こえないように小声で囁かれたリシャルト様の言葉に、私の心は秒で決まった。
「その求婚、お受けします!」
「ありがとうございます」
私がリシャルト様に手を差し出すと、そっと手を握り返してくれた。
中性的な見た目に反して、リシャルト様の手は大きく硬い。その事に、私の心臓がどきりと跳ねる。
前世を含め、私には男性経験がほとんどなかった。まともに男性の手を握ったのなんて、何年ぶりだろう。保育園時代ぶりか……?
傍から見れば手を取り合い見つめ合う私たちに、
「おい! 勝手に話を進めるな!」
アルバート様は何故か怒り、
「むぅ」
エマ様はぷぅと頬を膨らませ、
「素敵です……」
ニコラは、両手を組んで夢見る乙女のような状態だった。
三者三様すぎて面白い。
そしてリシャルト様はというと……。
「改めまして、聖女様。僕はリシャルト・フォルスター。まだ若輩者ではありますが、この国の宰相をつとめております。よろしくお願いいたしますね」
と言って、私の手をとったまますっと跪いた。
え、この人宰相閣下……!? そりゃ見覚えあるわけだ! そう言われて思い返せば、国王陛下に謁見した時にいつも金髪の男性が近くに控えていたことに気づく。
驚いたのもつかの間。リシャルト様は、私の指先を掴んだまま、くいと引き寄せてきた。優しく手の甲に口付けられる。
はい……!?
まるで忠誠を誓う騎士のような仕草に、私はぴしりと固まってしまった。
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