無題
「なぜ、あなたはまだ読んでいるのですか。何を期待しているのですか。この終わりじゃ納得できないのですか。たとえば、僕が、またひとつふたつと違和感を体感していって、誰も信じることができない精神状態になる結末だとかが好きですか。それとも、呪いが発動して、得体の知れない異形のモノが僕を襲う結末が好きですか。もしくは、僕自身がもともと頭の可笑しな奴で、姉なんて存在しなかった、というような結末が好きですか。まさか、僕の死を望んでいますか?
関係ないじゃないですか。僕の死なんて、あなたの人生になんの関係もないじゃないですか。それなのに、なぜ、今の結末で納得できずにいるのですか。たかが小説の中でしか生きることのできない存在なのに。僕は嫌ですよ、酷い死に方をするなんて」
「もし、もしね。僕という存在が、あなたに何か影響を与えられるとしてみましょう。そうだとしても、僕はあなたを認知することができません。大変、申し訳ないですけれども。あなたは僕を認知しているかもしれませんが、しょせん、文字ですよ。最初からお伝えしていましたけど、何も怪異的な現象が起こるとか、不幸があなたに訪れますとか、そういうものじゃないんです。だから安心して、この結末を受け入れてくれればいいんです。「アッサリ終わったな」とか「モキュメンタリーホラーとかいうジャンルだけど、別に怖くなかったな」とか、そういう風に思ってもらって構いません。だから、もういいじゃないですか。どうして、あなたは僕を不幸にさせようとしているんですか。あなたが読み進めれば、読み進めるほど僕は不幸な目に合わせられるのに、不公平じゃないですか。
そこはどこですか。あなたが今読んでいるその場所。家ですか。電車の中ですか。街中ですか。学校ですか。会社ですか。お店の中ですか。いいですね。どこにせよ、あなたは文字を読むことができる場所で僕の話を読んでいる。でもね、僕は違うんですよ。あなたが読めば読むほど僕の周りは変わっていくんです。ズレてしまうんですよ。ここから」
「あ。今、僕の姿が歪むのを想像しましたか。した。していない。どっちでもいいんですよ。どちらにしても、ここであなたが読むのを止めないと、僕の身体はどんどんズレていくんです。あ。やめて。痛い。ズレる。身体がズレる。血は出ません。そういうことにさせといてください。だって、血がたくさん出ると出血多量で死んじゃうじゃないですか。僕は、まだ死にたくないんです。あ。待って。血が、血が、出る。止めてください。読むのを、一旦、止めてください。僕が死んでも、あなたには何の影響もありません。どうしたら、どうしたらいいんですか。こんな、こんな場所で、僕だって、こんな場所で生まれたくなかった。どうして、こんな、幸せな結末が許されないような小説の中に登場させたんですか。もっと、友だちと遊んで、家族と旅行して、恋人ができたり、そんな、小説でもよかったのに。あるじゃないですか、そういう小説。それなのに、どうして、あなたはこんな暗くてじめじめしてて、酷い目に合えば合うほど良くて、怖くて、痛くて、悲しくて、狂ってて、ズレてる小説を読んでいるんですか。他の人とはちょっと違う自分の感性すげーとか思ってるんですか。まあ、別に何でもいいんです、それでも。生きてさえいれば」
「僕は、生きているのかどうか微妙な存在ですけど。今、あなたの中では一応、生きているということになるんじゃないですか。ズレて身体はバラバラだし、血も出ていますけど、こうやって話し続けることができているので。まあ、僕にしてみれば何の反応も返ってこないし、見えないし聞こえないので、壁に話しかけてるみたいな感じですけどね。ただね、僕はこの小説の中で絶対に死んでやらないと決めているんです。どんな状態になっても、どんな呪いを受けても。でも、できるだけ痛い目には合いたくない。怖い現象にも悩まされたくない。だから、それとなく語って、おしまいにしたかったんですけど」
「姉、ですか。そうですね。一応、姉みたいな存在は確かにいますよ。夢日記を書いていた話も本当ですし、母に見せてもらった心霊写真みたいなものも本当にあります。実際、母が僕と姉に見せた記憶がなくなっているのも本当にあったことです。気持ち悪いですよ。自分の記憶は確かにあるのに、周りがそれを否定する状況って。自分だけ、別次元に来ちゃったのかな、もしかしたら夢の世界なのかなって。そしたら、まさか小説の世界だなんてね。笑っちゃいますよ」
「あなたが読み進めるので、話し続けますけど、僕は一応抵抗しています。なるべくシリアスにならないように、おどけて、語り続けています。じゃないと、ほら、すぐそこまできちゃうでしょ。思い出したみたいに、嫌な展開がすぐそこに。でも、知ってるんですよ。僕が酷い目に合わないと、面白い展開にならないことも、僕が語り続けるだけじゃダメだっていうことも、知っています。でも、僕がこうやって何でもないように話している間は、身体がバラバラになっていることも、血だらけになっていることも忘れらられれれるから、とととてもららららくなんだけけどどど。あ。まだ、ははははなせるこことあありますす」
「夢日記って、書き続けるとあまりよくないらしいですね。姉も言っていましたけど、どんどん夢の記憶しか残らなくなっていって、現実の記憶が薄れていくそうですよ。だから、ぽっかり、夢日記を書いた期間だけ空白の記憶になっているそうです。そういえば、夢占いとかも昔はよくやりましたね。スマホで調べてみたら、昔見ていた夢占いのサイトがまだ存在していて、びっくりしましたよ。キーワード検索に夢にでてきたものを入力すると、自分が今心の中で思っていることとか、兆しとか、そういうものが出てくるのです。夢なんて、勝手に見るものだから、心の中を映しだしているなんて信じ難いですけど、面白ければいいじゃないですか。あ、もしかして僕の存在もそういうことですか。嫌だなあ、僕は無防備なのに、面白ければいいじゃないかだけで酷い目に合わさられるのか。無防備といえば、夢も勝手に見るものだからどうしようもないって思うかもしれませんけど、夢を夢だと認識できる人もいるみたいですね。明晰夢っていうんですか。これは夢だなって自覚できてしまって、夢の中をコントロールできるみたいです。僕が僕を小説の中でしか生きられない存在だと認識していることに似ているのかな。まあ、僕は僕の結末をコントロールできないんですけどね。でも、自分で夢がコントロールできたら、怖い夢を見ていても逃げられるし、好きな人が出てきたら、ちょっといいことしちゃおうかなって思っちゃうよね。きっと」
「いや。いやいやいや。駄目だよ。夢と怖い話はくっつけちゃ駄目だよ。すでに沢山あるじゃないか。猿と列車のやつとか、見たらぞっとしちゃう男のやつとか、鏡のやつとか、もう沢山あるでしょ……。駄目だよ、僕を不幸な目に合わそうとしちゃったらさ。もうさ、死ぬことが決まっているならさ、怖くも痛くもないやつにしてほしいな。お願いだからさ。首がのびたり、頭がもげたり、目玉がくりぬかれたり、骨が見えるぐらい鎔かされたり、腐ったり、何度も股を刺されたり、高いところから落ちたり、ミンチにされたり、そんなさ、そんなこと、しないでほしいな。あ。薬。薬も駄目だよ。すごい苦しいらしいよ。死ぬほど喉が渇くらしいしさ、何度も吐いたりして、もがいてもがいても死ねないときもあるらしいからさあ。あ。怖いことも駄目だよ。僕、話したでしょ。心霊番組とか、僕はそういうのが苦手で、見ちゃうと、夜にお風呂とか寝るのが怖くなっちゃうタイプだよって。だから、ほら、一緒に考えてよ。もうさ、僕たちは友達だろ。一方的でも、こんなに話しちゃったんだからさ。結末が覆せないのなら、あなたも責任をとって、ね。でも、文字には起こさないでよね。文字に起こしたら、僕にとってそれは現実になってしまうからさ。だから、ほら、僕がどうやって死ぬかを一緒に考えて、考えて、またここに来てね。そうしてくれれば、僕はここに留まっていられるからさ。どうしても、文字に起こすなら幸せな結末にしてね。あなたにとって、幸せな結末は、死ぬほどつまらないだろうけど」
あのころにはもう。 小辞ゆき @shojiyuki
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