三国志聖剣(Three Kingdoms)スリーキングダムス
戸塚義方
第一章 孫堅の巻
第1話 孫堅のいる時代へタイムリップ
令和七年、春。
東京都にある電気医科歯科大学のキャンパスでは、桜の花が静かに舞い落ちていた。毎年恒例のオープンキャンパスのこの日、学生と来訪者が行き交うキャンパスの中で、ひときわ目立つ五人の姿があった。
剣道部主将・高木剣人。二十歳、二年生。均整のとれた身体、落ち着いたまなざし、鍛えられた剣の技を備えた現代の武士である。剣人は、今日行われる模範試合に向け、気を引き締めていた。
その隣には、長身で凛とした美貌を持つ大塚京子。剣道部のマネージャーであり、弓道部に所属する剣人のガールフレンドだ。彼女は理工学部に所属し、次世代通信技術の開発をリードしていた。特に彼女が自ら開発した「Xwatch」は、小型チップ内蔵のデバイス間通信連携が可能な機器であり、通話機能、撮影機能、デバイス間無線通信機能、体調モニタリング機能、GPSをすべて搭載した画期的なデバイスだった。趣味は、料理と弓道であり、自身弓道部の主将も務めている。
その京子と対照的に小柄な姿で目を引くのが、真田小窓である。彼女は大学の先端ロボティクス学部に所属し、チェーンヘッド、レザーヘッドなどの防具開発プロジェクトに携わっていた。透き通った肌の美人顔、白く明るい印象のいっけんおっとりした空気感の女の子だが、愛らしい笑顔の裏に、研究者としての情熱と技術力が光るバリバリの理系女子だ。彼女が開発したクッション性の高い特殊防具は、相手の攻撃エネルギーを吸収する素材で構成されており、剣道の練習用にも採用され始めていた。小窓も弓道部に所属しており、京子の1年下と後輩でありながら、2024年度 インカレで3位入賞の腕前だ。
さらに二人の姿もそこにあった。一人は、剣道部の副主将・菅野有道。情報数理工学部の学生であり、電気医科歯科大学の技術系サークル「ベンチャー工房」に所属する天才エンジニアであり、技術と武の二刀流を地で行く男だ。彼の頭には、スカウター機能を備えたヘッドマウントディスプレイが装着されている。これは、敵の動きや身体状態をリアルタイムで解析するもので、菅野自身が開発し、実装しているのだ。
そして、そのスカウターの開発を共に進めてきたのが、生体信号研究の第一人者――山中幸美教授である。東京大学を卒業後、東京大学大学院で博士号を取得した才媛であり、若くして研究界の第一線に立つ存在である。彼女は冷静かつ的確な判断力で学生たちを導き、特に菅野の才能を見出して共に研究を行っていた。
「剣人くん、心拍の変動が安定してきたわ。試合は集中できる状態よ」
試合前、山中教授がデータを確認しながら告げた。Xwatchとスカウターを通じて、生体データはすでに彼女の手元に集まっている。
「ありがとうございます、山中教授。今日も勝ってみせます」
剣人が深く礼をすると、京子と小窓もそれぞれ頷いた。
その日行われた模範試合で、剣人は見事な一本を決め、観衆の拍手を浴びた。空気を斬るような鋭い動きと無駄のない所作は、観戦していた来訪者たちを魅了した。
試合が終わると、五人はキャンパスの一角にある大学記念ミュージアムへと足を運んだ。
「今日は特別展示があるんだって。三国志関連の展示品が特に注目されてるらしいわ」
京子がそう言って微笑むと、剣人は興味深そうに記念館ミュージアムの奥へと進んでいく。
電気医科歯科大学は、創設107年目の情報通信系の大学であり、剣道部のある体育館から離れたその奥に、記念館ミュージアムは位置していた。もともと無線講習所がルーツの大学だけあって、記念ミュージアムの建物の入り口前には、海事衛星通信用アンテナやパラボラアンテナなど、さまざまな大型の古いアンテナが、ここが記念ミュージアムと言わんばかりに、キャンパスからの導線となるように、学内の通りに面して、大きなアンテナが外に展示されている。
「剣人、きょうはさすがの一本だったな、スカウターでみたお前の武力は87だったぜ!」、有道が褒めると、小窓も、「私の特殊防具、軽くて動きやすいでしょ!レザーヘッド防具もいま改良しているからね。私って、戦国時代に生まれていたら、超~重宝されてると思うのよね~!」と満面な様子で、ぺちゃくちゃ、おしゃべりし出した。
後ろから山中教授と京子も、Xwatchの映像表示の遅延が0.01秒に迄短縮したと、こちらも頭の中は、話題はそれかいな、と言わんばかりの、デバイス開発や動画遅延処理開発の、「理系オタク女子」トークさく裂での、記念ミュージアムまでの道のりであった。
「さあ、着いたわ」、「三国志本展は、「リアル三国志」を合言葉に、後漢から三国時代、そしてその後の晋国の成立、呉の最後までに使われたとされる聖剣、防具を展示しており...」長っ、京子が言った。
5人で中を入ると、少し薄暗く、中は、管理人も誰もいなかった。
「静かね。休館日だったりして」小窓が言った。「じゃ、空いてねーだろ。あほめ...」と剣人。
入り口には、孫皓(そんこう)呉の国最後の皇帝であり、三国時代の終焉と、あった。
242年~283年、孫権の第三子・孫和(そんわ)の長男。つまり孫権の孫。生母は何姫(かひめ)。字は元宗(げんそう)。幼名は彭祖(ほうそ)。呉の最後の皇帝で末帝とも言われる。
「剣人、なんか歴史の勉強になるな~、」有道は嬉しそうに話した。
記念館ミュージアムの中心に据えられたショーケースには、一振りの剣が収められていた。煌めく刃、繊細な細工の施された柄。その剣こそ、孫家の南斗聖剣と呼ばれる伝説の剣であった。
「これが……三国時代、呉の孫家に伝わる剣か」
剣人が小さくつぶやいた。傍らの解説板には、こう記されていた。
“南斗聖剣:三国時代の英雄・孫策(そんさく)が佩いたとされる剣。最後は、呉の皇帝である孫皓(そんこう)が伝承するも、晋国に敗れ、長らく不明となっていた。皇帝の孫皓(そんこう)は、先祖に詫び、生まれ変わりし時、必ずやいつの日か在、この汚名晴らすべし念、聖剣に誓、、辞世の句、悪の手から国を守り、世界平和・中国を越え、争いの無い、統一を成す、未来、この剣に触れた者、相応しきもの、現れたる時、異なる時代に導かれることあらば、我が怨念叶えたし、聖剣、伝。高木教授による寄贈。”
「異なる時代に……?」
小窓が首をかしげ、有道がスカウターで剣をスキャンしようとする。しかし、何の反応も返ってこない。
「……何一つ読み取れない。まるで……まー古いもんね。時代が違うし、ま、ただの剣だし、反応しようないよね」
「剣人、有道、この剣、ただの展示品じゃないわ。何かを秘めてる..そんな気がするの...」
幸美教授が低く呟いた。その瞬間――剣人の指が、ショーケースの隙間から伸び、剣に触れてしまったのである。
その時、かすかな、光が、誰にも気づかれず、走ったのである。
5人は気付かず、話をつづけていた。
「孫皓(そんこう)は、三国時代の呉の第4代皇帝。祖父は初代皇帝孫権。父は孫権の第3子で皇太子に立てられていたが廃された南陽王孫和。『三国志』呉書 三嗣主伝に伝がある。 死の間際、南斗聖剣を手にした」
なるほど、京子が言った。
「人物が、運命の人物で有れば、異なる時代に…」「ふーん」小窓がつぶやく。
外は急に雨が降り出し、雨は大降りになった。
雷が鳴りだした。
薄暗い、異様な雰囲気である。
そのとき
博物館の入り口前にある、海事衛星通信用アンテナとパラボラアンテナが相互に磁気のような光を「ビリビリッ、ビリビリッ、..」と小さく発しだしたのであった。
そして、記念ミュージアムの館内が停電し、真っ暗になったその時だった。
「ゴロゴロ」「バリバリッ」「バーン!」
剣人が思わず、ショーケースの剣を、握り切ってしまったその時だった。
耳をつんざく音とともに、身体が激しく浮き上がった。剣人の右腕のXwatchが緊急信号を発し、ペアの京子のXwatch、小窓のYwatch、幸美教授のZwatch、有道のYwatchが電磁波で結ばれ、異常な周波数を感知し、5人が波動で結ばれた。そのときだった「
「これは……時空振動波……え。えーーー!」
まぶしいまでの光が、剣と剣人を照らしつつ、5人の元に、七色の虹の光、雷の閃光がいなないだ。
「ヒューン、」「バリッ」「バーン!」「タイムスリップ……っ!?」
「みんな!伏せて、うわー5人でふっとびそうだ~~うわぁ~~!」
剣人の叫びに応じ、五人は瞬間的に互いに電磁波ので結ばれ、そして次の瞬間、五人の姿は、記念ミュージアムから光の渦の中へと消え去った――。
……静けさの中に、熱気があった。
高木剣人が目を覚ました時、見知らぬ空がそこにあった。
「ここは……どこだ?」
土の匂い、強い日差し、乾いた風。剣人が起き上がると、周囲には、京子、小窓、山中教授、そして菅野の姿があった。
「全員、無事……か?」
京子のXwatchが点滅し、現在位置を探ろうとするが、表示されたのは“通信圏外”。代わりに、衛星軌道データから奇跡的に拾われた歴史的座標が表示された。
西暦189年 中国・長沙付近
「な……189年!?」
「これ……本当に、三国時代じゃない……?」
「南斗聖剣……!」
小窓の指差す先に、剣人が気づいた。彼の手には、なぜか孫家の南斗聖剣が握られていたのだ。
展示ケースにあった剣が、そのまま自分の手にある――それが、夢でも幻でもないと直感した剣人は、剣を構えた瞬間、遠くから怒号が聞こえてきた。
「誰だ!あの者たちは!」
砂埃を巻き上げて現れたのは、一団の兵士たち。その中に、堂々たる体格と鋭い眼光を持つ青年と、その弟と思われる知的な雰囲気の若者がいた。
「貴様ら、何者だ!」
「俺の名は、孫策。そしてこちらは弟の孫権。この地で怪しき者を見かければ、ただではおかぬ!」
歴史の中でしか知らない名が、目の前で語られる。
剣人は、剣を腰に収め、静かに名乗った。
「……俺は、高木剣人。令和の日本から来た!」
未来から来た五人の知識と技術。
そして、今、歴史の流れを変える刃が――鞘から抜かれようとしていた。
。
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