ep.14 騎士団の役割 (3)

 報告のあった地区へと二人が辿り着いた時には、既に辺りは夕暮れに包まれ始めていた。


 レオネルの指示で、ユーフォリアは彼と共に周囲の情報収集にあたる。騎士団へと上がってきた報告は、犯罪やその犯人を確証づけるようなものではなく、下調べと裏取りがこの日の目的だった。


「お話しを聞かせて頂き、ありがとうございました、店主殿」


 また一つ情報を仕入れて、ユーフォリアが露店の商人に頭を下げる。白髪混じりの壮年の男はひらひらと少し居心地悪そうに手を振った。


「どうせ暇してたんだ、構わねぇよ。それにしたって、王国騎士団様には女の隊士も出てきたんだな。俺もこの辺りに店出して長いが、嬢ちゃんみてぇのは初めてだ。くれぐれも綺麗な顔につまんねぇ傷作るんじゃねぇぞ。ああ、そういや一昨日仕入れた香薬が、あんたみてぇな若い女にぴったりで――」


「すまない、店主殿。仕事の途中なもので、買い物はまた後日に」


 商人の長話を察したレオネルが、そう遮るように返答し、ユーフォリアの腕を掴んでその場を歩き去る。


 商い口や世間話にまで律儀に乗っていては、明日になっても聞き取りが終わらない、とそう軽く叱責を受け、ユーフォリアは短く謝罪を返した。


 数軒目の露店を後にして、ひとまず入手した情報を整理するために人混みを避けて移動したところで、ふと服の裾を軽く引かれたように感じ、ユーフォリアは視線を落とす。


 隊服を掴んでいるのは、十にも満たないであろう少女だった。


「どうしましたか?」


 その場にしゃがみ、そう問うユーフォリアの眼前に、ずいと一輪の花が突き出される。鼻先をくすぐる花弁の感触と、少し甘いような香りに、ユーフォリアはくしゃみを堪えて少し身を引き、首を傾げた。


「お花、買ってくれない?」


 その問いに、ユーフォリアはようやく少女が花売りであり、自分に商売をしに来たのだと気がつく。


 仕事中だと断ろうとして、ふと屋敷にはこのようなものがよく飾ってあったなと思い出した。ちら、と頭上のレオネルの表情を伺うと、彼の視線は、好きにしろ、と言っているように感じられる。


 値段を聞くと、この国の最小単位の通貨一枚だった。


「じゃあ、一つ」


「ありがとう! あのね、大事な人にあげてね!」


「……人にあげたら、喜ぶもの、ですか?」


 ユーフォリアがそう聞くと、少女は大きく頷いた。


 そういえば、以前に勉強のために読んだ伽噺では、贈り物として度々花が登場していたように思う。そういうものか、とユーフォリアは頷き、屋敷にいる人間の数を頭の中で数えて、さらに何本かの花を注文すると、少女は一層嬉しそうに笑った。


「いっぱい買ってくれてありがとう、お姉ちゃん!」


 そう言って駆けていく少女を見送り、ユーフォリアは花を手にして振り返る。レオネルがすっかり呆れた表情でこちらを見ていた。


「で、それだけ花抱えて、仕事はどうするつもりだよ」


「えっと……柄のところに上手くしまっておく」


 ごそごそと柄を縛る紐の間に花を括り付けながら、ユーフォリアは何気ない調子で質問する。


「レオネルは、誰かのこと、愛している?」


「……今度は一体何を聞き出そうとしてるんだよ。もしかしてそれも、か?」


 うん、と頷き、手を離しても花束が落ちなさそうなことを確認してから、ユーフォリアが少し困ったように眉根を下げた。


「最近、騎士団のことばっかりで忘れかけてたけど、私、それもちゃんと理解しないといけないんだった」


「なんでまた?」


「皆がそう言って、私のこと守ろうとするから。シキも、それから――アルベルトも」


 周囲に他の人間がいないことを確認してから、一層小声で加えられた名前に、レオネルは思わず数度目を瞬かせてから深いため息を吐く。


「分かった、だいたい状況は理解したが、お前間違ってもそれを、他の誰かが聞いてるところで話すんじゃないぞ。言っただろ、閣下は常に敵の多いお方だ。だからこそ屋敷にも最小限の使用人だけ置いて、奥方も取られていない。分かるな、弱みを作らないためだ」


「やっぱり、愛している人間がいると、弱くなる?」


「……少なくとも、俺ならそこから攻める」


 少し冷たい声で返された返答に、ユーフォリアは頷く。


 彼女自身、これまで様々なことを学ぶ中で、どうやら愛情とは執着の一つのようなものであり、時として弱点になり得るということを理解していた。


「正直この件については、あまり余計な口を出したくない。閣下のご意向についても、お前の対応についても、部外者が口を出すべきことじゃないと思っている。だが、無粋を承知で一つだけ言っておく。お前がもしその道を歩きたいって言うなら、死んでも外部に弱点を見せるな。付け込まれて、お前も閣下も危機に陥ることになるぞ。……頼むから、上司と部下の葬式に同時に出るような真似は、させないでくれよ」


 いつになく真剣な表情でそう言ったレオネルに、ユーフォリアも真面目な顔で頷いた。


「分かった、ありがとうレオネル。私も、レオネルの死体を見るのは、少し嫌だ」


「嘘でも、絶対に嫌だ、ぐらい言っておけよお前は」


 相変わらず虚弁の一つも使えない部下に、レオネルは薄い苦笑いを浮かべた。


 日はすっかり沈み、辺りを街灯の鈍い光が照らす。


 所々が切れているためか、薄暗い物陰も多く、今日のところは引き上げる、とレオネルが城への道を進み始めた。

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