ep.8 屋敷での生活Ⅲ (2)
彼女の部屋のものよりも大きな寝台で、ユーフォリアはアルベルトの首元に額を擦り付ける。月に二回、魔力供給の時だけは、そのまま彼の部屋で眠っていくことが許された。
自室に少しずつ増えていく彼の私物と共に眠ることも気に入っていたが、それよりもアルベルト本人がいる方がずっと良いとユーフォリアは思った。
「……ユーフォリア、先の騎士の件についてだが」
不意に頭上から降ってきた言葉に、ユーフォリアは首元から顔を上げて、じっと彼の顔を見る。
この角度だと見にくい、と少し身を捩って、彼と真っ直ぐに目を合わせられる位置までずり上がった。
「手を回すの、終わった? 私、騎士団になれる?」
「あと二、三日もすれば処理が終わる。早ければ、次に私が登城する時には共に城門を潜ることができるが、どうする」
「うん、一緒に行く」
即決して頷いたユーフォリアに、承知した、とアルベルトが答える。
「お前の素性は、私の遠縁ということにしてある。情報が操作しやすく、後に婚姻関係を結んだとして不自然さが少ない」
「うん、分かった。えっと……承知致しました、騎士団長閣下」
少し考えた後で、ユーフォリアは不意に真面目な表情になったかと思うと、先程までよりずっと低い声でそう告げた。
微かに目を見開くアルベルトに、ユーフォリアは真剣な顔をすぐに崩して、自慢げに笑った。
「勉強して、シキたちと練習した。私、ちゃんと騎士やるよ。失敗したらアルベルトが困るんでしょ?」
そう小さく首を傾げるユーフォリアに、アルベルトはほんの一瞬だけ表情を歪め、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
ぽん、と彼女の頭に手を置いて、艶やかな髪を撫でてから、その手を頬へと滑らせた。
「ああ、私の立場を案じてくれたことに、礼を言う。それであれば、恐らく大きな問題も起こらないだろう」
「アルベルト、どこか痛い? 魔力、あげ過ぎた?」
すぐに彼の不自然に気がつき、ユーフォリアが訝しげにそう尋ねる。
アルベルトは数秒黙ってから、観念したように苦笑した。
「痛みは無い。ただ、お前が傷付くであろうことが、心苦しいまでだ」
「?」
ユーフォリアが不思議そうな顔で首を傾げる。
彼女に添えたままの手に、少しだけ力を込めて、アルベルトはその懸念を告げた。
「剣の道を目指し、騎士を志す以上は、決して怪我の類とは無縁ではいられない。時に剣先がお前の肌を裂き、時に賊の凶刃がお前の骨を砕くやもしれぬ」
先程までよりも少し低い声で告げられた内容よりも、ユーフォリアにはアルベルトの浮かべている表情の方が気になった。
「アルベルト、どうしてアルベルトは、私のことを話す時に、たまに困った顔をする?」
その問いに、彼はほんの少しだけ目を細めて、頬に触れる手の指先で彼女の目尻の辺りをそっと撫でた。
「お前を、愛しているからだ。その美しい肌に、これ以上、傷の一つすら与えたくはない。我欲だとは理解しているが、それでも私は、お前の安寧を望んでいる。騎士になるというお前の決断を、止める気はない。だが、可能であれば、出来るだけ怪我をするな」
困ったような痛みを堪えたような表情で笑うアルベルトに、ユーフォリアは頷いてから、先日読んだばかりの伽話を思い出す。
『愛している』とアルベルトは時たまそのようなことを言ったが、その意味を理解するには至らず、勉強の仕方を悩んでいたところ、グレアの提案でまずは古い物語を読むことにした。
美しい姫と城の王子が出てくる話も、不遇な女を詩人が救う話も、種族を超えて婚姻を結ぶ話でさえも、そこには常に愛という表記が登場する。
ぼんやりとした輪郭すら未だ遠く、はっきりと理解するには恐らくはまだ勉強が必要なのだろうと、そう結論付けて、ユーフォリアは寝台の中で身を捩った。
彼の頬へと手を添え返して、顔を近付け、唇同士を重ね合わせる。
数秒経ってからそれを離し、ユーフォリアは首を傾げた。
「アルベルト、これで嬉しい?」
魔力供給を伴わないこの行為が、どうやら愛を示すものなのだと、そう学習した結果の行動だったが、アルベルトはふっと柔らかく笑った。
「ああ、幸福だ。愛している、ユーフォリア」
回答に満足したユーフォリアは、頷いて、また寝台の少し下の方へと潜り込み、彼の首元に顔を埋める。
愛が何かは分からないが、アルベルトが嬉しいのであればそれはきっと良いことなのだろうと、そんなことを考えながら瞼を下ろした。
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