冷えこんだ朝
平中なごん
冷えこんだ朝(※一話完結)
寒い……。
その日、目を醒ました私がまず初めに抱いた感情は、まさにその一言だった。
今朝はいつになく異様に寒い。しん…と静まり返った部屋の中の空気も、動きがまるでないために凍てついてしまったかのような錯覚を覚える。
温かな布団から出る気にはならず、今日はこのまま寝ていたい欲に誘惑されつつも、そうもいかないのでもそもそとベッドからなんとか這い出す。
「寒っ…」
布団のコーティングを剥がれると、さらに強い冷気を感じて思わず声を漏らしてしまう。
こんなに家の中が冷え込むのは本当に久々だ。もう何年ぶりのことだろうか……。
私はとにかく寒いのが苦手だ。なので、家にも魔改造を施し、真冬でもまったく寒くないような仕様となっている。
壁には何重にも断熱材を挟み、もちろんガラス窓も三重構造。さらにオンドルのような床暖に加え、セントラルヒィーティングで家全体を常時暖かくしているのである。
ゆえにこうして寒さを感じるのはたいへんに珍しく、その原因に少なからず疑問を抱いたりもする。
まさかとセントラルヒィーティングの放熱器を触ってみたが、いつも通り熱を帯びていたし、どうやら壊れているわけでもなさそうだ。
そういえば、昨日の深夜から今日の未明にかけて、観測史上類を見ない最強の寒波が襲ってくるようなことを言っていた……もしかしてそのせいか?
ここまで冷え込むということは、雪でも降ったのだろうか?
私は窓辺に近づくと、外の様子を確かめるべく、分厚いカーテンを左右に開いてみる……。
「……!」
すると、眩い朝の光とともに視界へ飛び込んできたその光景を前にして、大きく目を見開いた私は愕然と驚きを顕にする。
そこには、白銀に輝く一面の雪景色が広がっていた……と言いたいところだが、それは雪景色ではない。
雪ではなく氷だ。見渡す景色のそのすべてが文字通り凍りついているのである!
向こう三軒も、その後のマンションも、さらに奥に見える高層ビルや赤い電波塔も、すべてが半透明の白色になって凍りついている……ブリザードというやつだろうか? 猛吹雪の横殴りの雪に晒され、そのまま凍結してしまったというような感じだ。
これが最強寒波の影響なのか? いったい世の中では何が起こっている……。
私はリビングへ向かうと急いでテレビを点けてみる。
わずかな待ち時間の後、画面に映し出されたのはやはり完全に凍りついた市街地の様子だ。
「──臨時ニュースを申し上げます。大寒波の影響により、国内全土がほぼすべて凍りつき、現在、都市機能は完全にストップしています。凍死者も甚大な数が出ている模様です。復旧のめどはまったく立っておりません。放送をご覧の皆さんは可能な限り身体を暖かくして、不要不急の外出は控えてください」
高所に設置された固定カメラによると思しき〝凍った街〟の映像を背景に、そんな男性アナウンサーの声が流れている。
朝のニュースや情報番組をやっている時間帯だが、その緊迫した雰囲気からは番組内容を変更して放送していることが容易に推測される。
「この寒波の影響は日本国内にとどまらず、全地球規模で被害が出ていることが予想されます。もう一度、繰り返します。大寒波の影響により、国内全土がほぼすべて凍りつき、現在、都市機能は完全にストップしています…」
男性アナウンサーは穏やかながらも緊張感を孕んだ声で、そんな信じ難き大惨事の事実を淡々と伝え続けている。
チァンネルを回してみたが他の局も似たか寄ったかの状況であり、中にはカラーバーが出ていて、最早、放送すらできていないようなところもある……ほんとにあらゆる都市機能が麻痺してしまっているみたいだ。
「観測史上類を見ない最強の寒波…」とは言っていたが、まさかここまでのものとは……先程、実際に窓からもこの目で確かめているのであるが、あまりのことに現実味がなく、まるで悪い夢でも見ているかのような感覚だ。
だが、このあり得ない規模の大災害が起きていること知ると、驚くよりもむしろ逆に納得してまうところもある……なるほど。だから鉄壁の防寒対策を誇る我が家の中でもこんなに冷えていたわけだ。
世界が凍りつくほどの寒波ならば、そりゃあ多少は寒さも感じるというものだろう。
「……ま、二度寝するか」
都市機能が麻痺しているならば、当然、会社も休みに違いない……というか、このまま再開せずに自然消滅する可能性の方がむしろ高い。
世界規模の大自然災害に対して、一介の小市民にできることなんてまず何もない。慌てるだけ無駄というものである。
報道でも「暖かくしていろ…」と言っているし、私はベッドに再び戻るともうしばらく寝ていることにした。
(冷えこんだ朝 了)
冷えこんだ朝 平中なごん @HiranakaNagon
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