第2話 チュートリアルを終えて

「ふう……合計3回か」


──その後、再び『たたかう』の表示が出て、2回ほどの『こうげき』を経て、無事にファットラットの討伐に成功した。


足への噛みつきを避けると、背を向けたまま隙だらけになっていたので、あれならリアルでも一撃ぐらいは入れられたかもしれない。


もっとも、リアルであんな風に犬ぐらいの動物の突進を軽々と避けられたかは、また別の話だ。


倒されたファットラットの身体は、先ほど受けていた講習会での説明通り、自動的に空気へ溶けるように消えていった。


そして、消えると同時に空中へと飛び出したのは、ビー玉ぐらいの『魔石』だ。


この『魔石』が、冒険者にとってのメインの収入源になるもので、冒険者ギルドを通して国が買い取っている『エネルギー資源』だ。


『以上でチュートリアルは終了になります、元のステージに戻ります』


ちょうど床に転がった『魔石』を拾ったのと同時ぐらいだろうか、テレパシーによって『チュートリアル』の終了を告げられた。


……でも、元のステージに戻るって?


と思っているうち、再び身体が発光し始めて視界は白に包まれていき──


◇◆◇


「……よかった、戻れた」


──そして、うっすらと戻ってきた視界には、あのチュートリアルに行く前の、上からぼんやりと明かりが差すだけの、暗いゲートの中が映し出された。


当然のことながら、先ほどまで着ていた革鎧のような服装も、右手に持っていたメイスも消えて、元の服装へと戻っている。


「ふう…………あっ、そうだった」


深く息をついて安堵したところで思い出したのは、講習会を一緒に受けた皆を待たせていることだった。


別にストップウォッチで計ったわけではないけれど、さっきのチュートリアルは3回も攻撃を行き来していたのもあって、5分ぐらいは経ってしまっていただろう。


……と、思ったのだけど。


『14時19分』


右手でポケットから取り出したスマホに表示された時計には、そう表示されていた。


あれ…………?


そんなはずは、ないんだけど。


たしか、『チュートリアル』前の表示は『14時18分』だったはずなのに、たった1分しか過ぎていない。


いや、いやいや、ファットラットの攻撃タイミングを待ったりとか、3回も攻撃を繰り返したのとか、最後に転がっていく球状の魔石を拾いに行ったのとか、あれが1分ってことはないだろう?


まさか、あれは夢だった?


「夢……じゃなさそうなんだけど」


仮に夢だったとするなら、この左手に握ったままの、ビー玉サイズの魔石に説明がつかないだろう。


…………でもまあ、とりあえず『ゲート』から出ようか。


あんまり待たせなかったのなら、それはそれで良しとして。


僕はスマホとビー玉をポケットへとそれぞれ突っ込むと、下の隙間からわずかに光の漏れる、出口の暗幕へと向かった。


◇◆◇


「よし、それじゃ全員戻られたようですので、こちらから出てください!」


特に『遅かったですね』と言われることもなく、声のデカいギルドの人の案内で、再び僕らは教室へと戻ることになった。


……もしかして、ああいった現象も普通のことなのかもしれないな、ダンジョンにおいては。


既に『チュートリアル』でも、『魔物が空中で静止する』だなんて、一見して不思議な出来事が起こっていたのだから、驚くほどのものではないのかもしれない。


講習会で聞いた話によると、8層以降で出現する可能性のあるという『ゴブリンメイジ』は、ダンジョン発生以前における常識を超越する『魔法』を使うらしいし、一部のスキルを取得した場合は、僕らも【水魔法】や【風魔法】といった『魔法』が使えるようになるらしい。


そう考えると、ダンジョン発生以降で既に過去となった『常識』は、早いうちに捨てておく必要があるのだろう。


さてこの後、再び教室に戻ったところでギルド証が配られる予定になっていて、その後はマイナンバーカードやスマホアプリとの紐付けについて説明があるとのこと。


ダンジョンへの入場方法は、自動改札機にギルド証やマイナンバーカードをかざすやり方の他、スマホアプリで表示したQRコードでも認証が可能とのこと。


まあ、この辺りはいつも通りというか、保険証とかもスマホアプリ+顔認証で済ませてるし、今回もスマホアプリへの紐付けでいいかなと思っている。


ちなみに、探索中にスマホをポケットへ入れたままだと、敵からの攻撃や転倒で画面がバッキバキになりかねないので、入場後に預けられるロッカールームが施設内に用意されている。


そちらは、外で持ち歩いていたら銃刀法にひっかかりそうな刀剣類も預けることが可能とのことなので、恐らく僕もお世話になることだろう。毎回家まで装備を持ち帰るのも大変だろうし。


そういえば、講習会の中で説明があったけど、基本的な武器は冒険者ギルドでも貸し出しているらしい。


まあ、チュートリアルで使うことになったメイスも使い勝手はよさそうと思いつつ、他にも剣とか槍とかがあるからね。


もし自前のものを購入するなら、ひと通り武器種を試してみてからの方がいいかもしれない。


……そういえば、あのチュートリアルって、みんな同じ感じだったんだろうか?


僕の場合は『こうげき』だったけど、スキルがある人はもしかして、剣術系なら『スラッシュ』とか、火魔法なら『ファイアバレット』とかだったりするんだろうか。


でも、『スキルを獲得しました』とは言っていた気がするから、『こうげき』だって立派なスキルなのだろう。


だって、本来なら『体育:2』の僕が、あんなにスムーズな身体の動きでメイスを振り回せるとは思えないし、まして動きが遅いファットラットとはいえ、あんなに上手く当てるのは無理がある。


それこそ、頭上にかかげたところで握力が限界になり、手から滑って先端にあるトゲから頭に落として、タンカで運ばれていくようか絵しか思い浮かばない。


……もっとも、どこかの陽キャのように気軽に横の人に『スキルどうだった?』とか、『チュートリアルは上手くいった?』なんて聞くことは、僕のようなコミュ症を煮詰めて煮凝(にこご)りにしたような人間には、無理も無理無理ってものだ。


何せ、あまりにコミュ症を極めすぎた結果、『亡くなった両親の遺産で一生暮らせるから高校進学も会社勤めもやめよう』なんて選択肢を選ぶぐらいだもの。


まあ、その選択は今でも間違っていないとは思っているけど。


あのチュートリアルで出てきた、『こうげき』の戦闘補助機能って、『かいわ』とかでトークスキルを補助するやつとかも出てきたりしないかな……ねえ、ダンジョンの神様。


「……で、どうだったんだよアキラ、スキルは出たんだろ? 『ゲート』出た時になんかニヤついてたもんなお前」


……と、そんな下らない神頼みをしてしまうような、THE・隠キャが出来ることといえば、耳をそばだてて大学生たちの会話から様子を窺(うかが)うことぐらいだろう。


「……あんまり言うなって。わざわざ暗幕張られてた意味無いだろ。そういうお前はどうなんだ、シン」


「ヘッヘッヘ、まあダンジョン入ってから楽しみにしてなって」


「アンタら、もうちょっと静かにできないの?」


「なんだよノゾミ、スキル出なかったからって八つ当たりするなよ」


「……私だって、すぐアンタらより良いスキルが生えるからいいの」


うーん、下の名前で呼び合う感じ、距離感じるわー。


これを出会って数秒で自己紹介を交えながらやるわけでしょ?


至近距離でどれだけギリギリで刃物を避け合うかを交互にやる、度胸試しみたいだもの。


想像するだけでこっちは血まみれだよ。


それにしても、どうやら大学生6人の中でも、3人は明らかにスキルを得られたようで、残り3人は出なかったっぽいように見える。


5割だという統計は、そこまで外れていないみたいだ。


恐らくスキルが無い場合、動きに補正が効かなくて、当たりにくかったりするんじゃないだろうか。


『体育:2』が補正もなくソロでダンジョン……というルートだった可能性を考えると、ゾッとしなくもない。


せっかく近所にあるからということで、趣味で始めようと思っていたこの『冒険者』活動が、初手で頓挫(とんざ)してしまうところだった。


でも、陽キャ軍団はどうせ、フットサルとかアウトドアキャンプとかが趣味で、基礎体力ある『体育:5』のヤツらばかりだから、それでも普通にこなせてしまうんだろう。


「それでは、皆さん教室に入ってもらって、引き続きギルド証の説明がありますので! では後はお願いします!」


声がデカいギルド職員の人は、中でギルド証を用意していた女性の担当者へと引き継いで、教室を去っていった。


……後に、この声がデカい男性の名前が甘井(あまい)さんといって、ギルド関係者の中では比較的よく会話する人になるというのは、また別の話。

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