スキル【たたかう】

maimai_jp

ごく普通の前衛スキル

第1話 【たたかう】

『スキルを獲得しました』


『チュートリアルステージに遷移します』


──頭の中に、声なのか文字なのか、あるいは物語に出てきた『テレパシー』ってやつなのか、とりあえず意味のある何か・・が届けられた直後、僕の視界は白く染まっていた。


そして……気がついた時には、周りの景色が変わっていた。


白かった視界から視力を取り戻しつつある中、周囲を見回してみると、洞窟のように見える半球状にくり抜かれた一室にいるようだった。


それまでは、真っ暗でピンポイントの明かりが灯されているだけの、トンネル状になった通路にいたはずなんだけど。


また、いつの間にか服装は革鎧っぽいものを装備していて、腰には『メイス』と呼ばれる片手棍が下げられている。


そして、前方へと視界を向けると、犬ぐらいの大きさはある、太ったネズミらしき生物。


「あれは……」


そう……たしか、ダンジョンの講習会の中で、出現するモンスターの例としてイラスト付きで挙げられていた、『ファットラット』だろう。


ファットラットは、身構えた時の足音にでも気付いたのか、こちらへと顔を向けると、甲高い鳴き声で威嚇いかくしながら、見た目通りの緩慢さはありつつも迫力のある走りで、すぐさま飛びかかってきた。


あ、やられる。


生まれてからこの方、猪だとか熊だとかの害とも縁遠かったどころか、緑がある場所といえば大きめの公園ぐらいという有様で、野犬すらろくに見たことが無かった。


そんな僕へとモンスターが向けてきた鋭い敵意に、何かの対処をしろと言われても無理というものだろう。


ちょうど、手なのか膝なのか、その辺りを狙った感じで跳躍してきたファットラットの姿を、スローになった視界の中でただ見ているしかできずにいた。


──しかしその時、不思議なことが起こった。


「……なんだ、これ」


いつまで経っても衝撃が来ない……どころか、ちょうど手の届かないぐらいの距離の位置で、ファットラットが宙に浮いたまま静止したのだ。


……間近で見ると、絶妙に可愛くないな、こいつ。


あまりに現実離れした状況に、僕はどこか他人事のような感じで観察してしまっていた。


そこに再び、あのテレパシーのような何かが頭に届けられた。


『【たたかう】からコマンドを選択してください』


たたかう? コマンド?


そう思って周りを見回してみると……


『たたかう』


……あった。


ファットラットに向けていた視線を下の方に向けたところ、半透明のプレート状のものが浮かんでいて、白地に黒く縁取られた文字で、『たたかう』と表示されている。


それはちょうど、以前に見た動画配信者のレトロゲームプレイ回で見た、RPGロールプレイングゲームのそれと酷似していた。


『チュートリアル』か……なるほど、ダンジョン探索というものは、こう・・いう・・もの・・なのか。


──これが大きな勘違いであることを知るのは、僕が冒険者としてダンジョン探索を始めて、しばらく後になってからのことだった。


◇◆◇


『ゲートの方に案内します! こちらへついてきてください!』


──近所にある元・高校だった敷地内に出来たという、藤箕ふじみダンジョン。


校舎だった建物を流用して作られた『冒険者ギルド』で、1時間ほどの講習会を受け終わって、受講生である僕らは早速ながら『ゲート』といわれるダンジョンの境界へと向かっていた。


10月の平日、昼下がり。それでも参加者は10人ほどいる。


年齢としては、大学生っぽい人が半数ほど、あとは妙に鍛えられたおネエ様や、小柄ながら武道経験を思わせるような妙に雰囲気のある老人、それに付き添う奥様っぽい上品そうなお婆様……といった面子。


どうやらこの中で最年少は、16歳である僕のようだ。


ぞろぞろと並んで歩いていく、元・高校の廊下。


職員室という懐かしい文字列の前を通り過ぎ、渡り廊下の先にある室内運動場に到着したところで、皆が足を止めた。


「それじゃ番号を呼ばれた方は、『ゲート』の中に入ってください!」


冒険者ギルドの職員と思われる腕っぷしの強そうな男性が、ちょうど駅の出入口のそれを思わせる、ダンジョン内と外とを仕切る金属の柵の向こう側へと移動したところで、さしずめ改札とも言うべき『ゲート』へと順番に案内し始めた。


『ゲート』と呼ばれるトンネル状のそれは、人がギリギリすれ違えるかどうかぐらいの狭い通路となっており、初回用はプライ・・・バシー・・・ということで入口に暗幕・・が張られて、中が見えなくなっていた。


……講習会で解説があったけど、ダンジョンにはその領域に入ると同時に『初期スキル』を得られる仕組みがあるんだそうな。


ただし、全員が全員覚えられるわけではなく、その『初期スキル』を得られるのはおよそ申請者の半数ほど、らしい。


そのため、この暗幕は『初期スキル』を得られなかったことを知られないためとか、得られた人を見て嫉妬したり癇癪かんしゃくを起こされたりしないための配慮、なんだとか。


ちなみに、ギルド証を取得済の冒険者用には、壁を挟んだ右側にずらりと入口が用意されていて、そちらは公共交通機関と同様にカードなどをタッチして通過できる、自動改札機が並んだものとなっている。


『ゲート』を1人が入っていき、しばらくして柵の向こう側へと姿を現すと、男性職員により次の番号が呼ばれ、通過してまた次へ……といった感じで、1人ずつ案内を受けては1〜2分ほどで柵で仕切られた向こう側への移動が繰り返されていった。


そして15分ほど過ぎる頃には、『ゲート』の手前側には僕だけが残された。


「では次! 510番、中へお進み下さい!」


……このギルドの男性職員、ものっ凄く声がデカい。ガタイだけじゃなくて、喉まで筋肉で出来ているんだろうか。


もうちょっとボリューム絞ってもらっていいと思う。


さて聞こえた通り、直前に入っていったおネエ様がトンネルを抜けたところで、どうやら最後である僕の順番が回ってきたようだ。


暗幕をくぐると、暗い通路の途中でスポットライトのように、上から足元へとぼんやりとした明かりが差した場所が見えた。


これは講習会でもあらかじめ説明されていた。どうやら、この場所がダンジョンの『境界』になっている、らしい。


この明かりの下に立って15秒ほど経過しても何もなければ、スキルは発現しなかったものとして先に進むように言われていた。


スキルが発現した場合は何かしらの通知があるものの、発現しなかった場合には通知が出ない仕様なんだとか。


バイトの面接や就職でも、お祈りメールぐらいは送られてくるらしいのに、ちょっと不親切ではないだろうか。


ただ、ごくたまに『近隣でダンジョンが発生して領域内に入っており既にスキルが発現していたものの、その発生時に偶々意識を失っていた等の理由で認識していなかった』──というケースもあるそうで、15秒待機して何もなければ後で相談するよう指示があった。


また、半数が得られるという初期スキルだけど、しばらく入っていることで覚えたり、探索中に出てくるスクロールと呼ばれるアイテムで覚えたりすることもあるらしいので、そんなに気にしない方がいい、とも講習会で説明を受けている。


しかし、スタートダッシュが決められるかどうか、まして『ぼっちソロ』をこじらせてる僕がパーティを組まずにやっていけるかどうかは、この瞬間に決まるかもしれないとあっては、期待せずにはいられない。


制限時間は15秒か……。


チラリと見たスマホの時計は、14時18分をちょうど回ったところだった。


さあ、先に行った人たちを待たせても悪いし、行ってみようか。


……でも本当、凄いスキルを得られたらどうしようか。


【剣聖】や【賢者】なんてSSR級のスキルが出たら、文字通り無双できそうだけど、【空間収納ストレージ】とか【地図マッピング】とかで色々工夫していくのも楽しいだろうなぁ。


まあ、【草むしり検定・5級】みたいな、一見してハズレスキルなものから使い道を探すのも、それはそれで楽しそうだけど。


──そんな期待に胸を膨らませて、一歩足を踏み入れた瞬間、頭の中へと届いた文字列と共に視界はホワイトアウトし、そして見知らぬ場所にいたわけだ。


◇◆◇


『【たたかう】からコマンドを選択してください』


ぼーっとしていたら、催促のように再度あのテレパシーが届けられた。


あまり催促されるのは好きじゃない。理屈抜きでやらされている感が出てしまうので、やる気が失せてしまうのだ。


スマホゲームは、必ず最初に挿入される、押しつけがましいチュートリアルのせいで、やめてしまうことが多い。


まあ、これは現実でありアンインストールもできないため、従うしかないんだけど。


はいはい、やればいいんでしょ、やれば……あ、『たたかう』を見つめてたら、右に『こうげき』って出てきたな。これがコマンド選択ってことでいいのかな。


でも『こうげき』って、なんかこう……雑だな。


『なぐる』とか『ける』とか具体的な行動じゃないんだ。


なんとなく頭の中で『こうげき』を選択した気持ちになったら、文字の周りが塗りつぶされて、下の『たたかう』の枠より上の部分に『1:こうげき』という表記が出た。


それと同時に、右下のあたりに『かんりょう』という表示の周りにある枠が、BPM140を刻む感じでリズミカルに明滅しはじめる。


どうやら催促しているっぽい感じなので、頭の中で『かんりょう』を選択した気持ちになると、再びテレパシーが届いた。


『選択が完了すると、行動が開始されます』


その途端、静止していたファットラットが動き出す──のと同時に、僕の手には先ほど腰に下げられていた『メイス』がいつの間にか握られていた。


そして、身体は自分の意思とは関係なくメイスを振り上げ、ちょうど踏み込んだ先でいい感じの距離になったファットラットの胴体へと振り下ろしていた。


布団を叩いたような感触が手に伝わり、ファットラットはギャンと高い声を上げて飛び跳ねていく。


しかし、流石はモンスターというものなのか、すぐに立ち上がってこちらへ走り寄ってきた。


『防御行動は自動で行われます』


えっ? と差し込まれたテレパシーへと反応する間に、再び僕の意思を離れた身体が、既に横へと飛び退いていた。


どうやら、足へと噛みつこうとファットラットが迫っていたのを、勝手に避けてくれたらしい。


へー、ダンジョンでの戦闘って、こうやって自動でやってくれるのか。随分と親切で便利なものなんだな。

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