第2話 幸運の女神


 初めてのファーストクラス。理事長の好意だが、自分が成し遂げたことを噛み締める。


「お飲み物お持ちしましょうか?」


「いや、結構です」 


 さすがファーストクラス。客室乗務員もゴージャスだ。


 13年前は希望よりも不安を抱えたままエコノミー席に座っていた。緊張で全く眠れなかった。


 ゆったりとしたシートを少し傾けながら思う。


 真っ当な努力は必ず報われる。


 俺はそれを証明した。


 学校から送られた資料を読む。




「岡山関備高等学校野球部の歴史。私立だが開校は岡山県で二番目と古く、文武両道を掲げた名門男子校。甲子園には戦前から出場している。戦後一時的に低迷するが60年代から再び強化され、80年代から90年代後半にかけて全盛期を迎える。2012年を最後に甲子園から遠ざかっているが、夏15回、春は23回の出場を誇る。最高成績は夏の甲子園ベスト4、選抜準優勝。

 

 高校野球オールドファンなら、圧倒的に60年の関備だろう。投手陣はエース西岳と2年の紀門。捕手の南川、浅沼と町の二遊間、三塁手は後のホームラン王の江波、外野の金丸、御山、善田の三羽烏など後にプロでも活躍する奇跡のようなレギュラー陣が集結する。

 

 しかし、運悪く生きる伝説プロ500勝投手「番野千吉」と戦後初の三冠王「門真博」バッテリー率いる「玉野商工」にことごとく甲子園を阻まれる。あの番野に、関備以外は遊びとまで言わしめた実力は相当なものだった。

 

 悔やまれるのは最後の対決となる60年選手権予選東中国大会決勝。1−2xで敗戦したが、玉野相手にこの結果は驚異的である。因みに、高校3年間で番野の取られた唯一の失点である。この試合で最も活躍したのは控え投手の」




「お待たせしました」


 目の前にグラスが置かれた。先ほどのゴージャスがにっこり微笑んでいる。


「あの・・・頼んでないですよ」


 笑みを絶やさずグラスにワインを注いだ。


「ごゆっくりどうぞ」


 グラスの下のコースターに電話番号がある。

 

 彼女と目があう。少し微笑んで、軽く首を横に傾ける。


「未来の名将に私からのささやかな気持ちです」


「え?どうして私のことを。お知り合いに野球関係者でも?」


「名将と言われても、否定されませんのね」


「そんなつもりじゃ・・・まいったな」


「ごゆっくりどうぞ、監督」


 初めて監督と呼んでくれた人が、まさかこんな美女とは。


 ひょっとすると彼女は野球の神様が僕に使わせた幸福の女神なのかもしれない。


 監督人生の第一歩から幸先がいい。これからも、きっと上手くいく。


 ワインを一口飲む。


 

 俺の指導プランは決まっている。


 甲子園は目指さない。あくまでも二次的な目標であって、将来の野球人生を棒に振ってまで立つような場所ではない。

 

 無意味なシゴキ、無意味な上下関係、無意味な自己犠牲は必要ない。

 

 野球に打ち込める環境と完全な実力主義。そして、それを支える科学的アプローチ。

 

 成長期の未成熟な少年たちを、指導者のエゴで壊さず、優れた選手として成長させる。


 今の高校野球界で、それができるのは俺だけだ。


 結果で証明してみせる。



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