異世界食堂のまかない冒険記《AI執筆》
あつほし
第1話「異世界、最初の香り」
放課後の調理実習室には、かすかに魚の生臭さと、加熱された鉄板の匂いが混じって漂っていた。
夕日が射し込む窓際、篠原莉子は真剣な表情で包丁を握っていた。その手は迷いなく、そして丁寧に、一尾のアジを三枚におろしていく。包丁の刃先が骨を避けるように滑るたび、静寂に金属音が重なる。
彼女の目線はまな板の上に注がれ、魚の構造を読むかのように集中していた。その動きには一切の無駄がない。刃が骨に触れる一瞬の抵抗すら、莉子の手の中では次の動作への合図に変わる。
実習後の静かな空間に響くのは、包丁とまな板の乾いた音だけ。机の上には既に数体分の魚の切り身が、整然と並んでいた。
「ふぅ……今日の仕込みは、これで終わりっと」
莉子は手元の包丁を布巾で丁寧に拭き上げた。その包丁は、祖母から母へ、そして自分へと受け継がれた大切な道具。黒ずんだ持ち手には細かい傷が無数に刻まれており、それがまた彼女にとっては頼もしい証でもあった。
「家に帰ったら、晩ごはん何作ろうかな……」
ふと独り言を呟いた瞬間、不意に手元の包丁が小さく震えた。
「えっ……?」
異変を感じたその瞬間、彼女の足元から眩い光が放たれた。まるで空間がめくれ上がるような感覚。視界が白に包まれ、重力が消えるような浮遊感に身体が揺れる。
「な、なに……!?」
思わず目を閉じた莉子は、叫ぶ間もなく意識を手放した。
――気がついた時、彼女は森の中に横たわっていた。
柔らかな土と苔の感触。仄かに香るのは、湿った草木と花の甘い香り。木漏れ日がゆっくりと揺れ、耳をすませば、遠くで鳥のさえずりと小川のせせらぎが聞こえる。
「……ここは……どこ?」
莉子はゆっくりと身体を起こし、辺りを見渡した。そこには見たこともない巨大な木々と、薄緑色の苔が広がる幻想的な光景があった。まるで絵本の中に迷い込んだような錯覚。
足元には調理実習中に使っていた包丁が落ちていた。あの光に包まれた後も、それだけは一緒に来たらしい。
「……夢? じゃないよね……」
歩き出そうとすると、草の擦れる音の中に、異質なうなり声が混じった。
「な、何……?」
振り返ると、黒く、ずんぐりとした体躯の獣――数匹のスモークラットが莉子を取り囲んでいた。赤く光る目、むき出しの牙。耳元に漂うのは焦げた煙のような匂い。近づくたび、視界がわずかに歪むような感覚。
「うそ、待って……来ないでっ!」
足がすくんで動けない。悲鳴を上げることもできず、ただ本能的に包丁を握りしめた。
その瞬間――空気が切り裂かれるような風音が響いた。
「危なかったね、君!」
男の声とともに、一閃の剣が空を裂き、最前のスモークラットが吹き飛ばされた。莉子の前に現れたのは、陽に焼けた肌、金茶の髪、透き通る青い瞳を持つ青年。動きやすそうな革のチュニックと、腰に下げられた細身の剣。まるでファンタジー作品のキャラクターのような姿だった。
「え……ありがとうございます……」
莉子が震える声で礼を述べると、青年は優しく微笑んだ。
「俺はアレン。君は見たところ、この辺の人じゃないよね?どうしてこんな森の中に?」
莉子は混乱しながらも口を開いた。
「わ、私、篠原莉子っていいます。気づいたらここにいて……ここがどこなのかも全然分からなくて」
アレンは首を傾げたが、すぐに屈託のない笑顔を見せた。
「まぁ、とにかくここは安全とは言えない。まずは街まで案内するよ」
彼の背を追いながら、莉子は密かに思っていた。
(日本語を話してる……でもこの服、景色、雰囲気……絶対に日本じゃない)
不安と違和感が、じわじわと現実味を帯びてきた。
森を抜ける直前、莉子は立ち止まり、うつむいた。
「私……身分証もお金も持ってないし、この先どうすればいいのか分からない……。ここの常識も全然分からないの」
アレンは少し驚いたように眉を上げ、すぐに表情を柔らかくした。
「冒険者としてギルドに登録すれば、仮の身分証が作れるよ。衣食住も最低限整うし、街に住む人たちも冒険者には慣れてる」
「でも……私、戦えない。料理しかできないんです」
アレンはふっと笑って首を振った。
「戦うだけが冒険者じゃない。採取や運搬、料理や記録係、いろんな役目があるんだ。まずは俺の拠点の街まで行こう。そこにギルドもある」
莉子は少しだけ顔を上げた。
「……ありがとう」
森を抜けた先に広がっていたのは、想像を超える光景だった。
高く連なる白壁、緑に彩られた塔、空を行き交う小型の浮遊艇。鳥の鳴き声に混じって、遠くで鐘の音が響いていた。
「ここが首都、ハルメリア。タイスウェンでも一番栄えてる都市だよ」
街の門前で足を止めたアレンが誇らしげに言った。
莉子は息を呑んだ。これはもう夢ではない。異世界――そう呼ぶしかない。
街の入口では、鎧を着た門兵が旅人や商人たちを順に検問していた。
「身分証を見せてくれ」
門兵の言葉に、莉子は固まってしまった。もちろん、そんなもの持っていない。
「彼女は森で倒れていたんだ。身分証も金も持ってないけど、俺が責任を持つよ。ギルドに連れて行って事情を説明する」
アレンの迅速な対応により、なんとか街へ入ることができた。
門をくぐる直前、門兵の視線が莉子の手元に向けられた。
「そちらの娘……その包丁、抜き身のままか?」
鋭い声に、莉子ははっとして自分の右手を見た。そこには確かに、実習用の包丁がむき出しのまま握られていた。
「そ、そういえば……鞘は、学校に置いてきたままだった……!」
アレンが気まずそうに笑いながら、自分の腰袋を探る。
「悪い悪い、見逃してやってくれ。この子、森で襲われたばかりでさ。俺が責任を持ってギルドに連れてくから」
そして、巻きの甘くなった止血用の包帯を取り出し、莉子に手渡した。
「とりあえず、これで巻いておきな。刃を隠せば誤解もされにくいから」
「ありがとう……」
莉子は受け取った布で丁寧に刃を包み、簡易的な“包丁袋”に仕立てた。
門兵はひとつ頷き、通行を許す。
――そして、門をくぐった瞬間、莉子の視界に広がったのは――
中世風の石造りの街並みに、魔導の力でゆっくりと浮遊する車輪のない馬車、軌道に沿って音もなく滑る路面台車。見たこともない異形の獣を連れた行商人。木の実を売る妖精族らしき商人の屋台。
「これ……どうやって動いてるの? ま、まさか……魔法!?」
莉子は現実離れした光景に圧倒され、立ち尽くした。
「君、もしかしてかなり田舎から出てきたばかり? あれは魔導馬車。この辺りじゃよく使われてるんだ」
アレンが笑いながら説明する。
(やっぱり……私、異世界に来たんだ)
心の奥底にあった疑念が、確信へと変わった瞬間だった。
――その頃、調理実習室には静けさが戻っていた。
夕日が傾き始めた窓辺には、まだ温もりの残る空気と、うっすらと残る魚の匂い。そして、その机の上にはぽつんとひとつ――包丁の鞘だけが取り残されていた。その表面には、擦れた革の中に微かに浮かぶ、何かのエンブレムのような跡が見て取れた。
「ん? 篠原さん、まだ残ってるのかな……?」
白衣を着た家庭科教師が、控室から顔を出して室内を見渡す。机に整然と並んだ魚の切り身と、綺麗に拭かれた調理台。だが、肝心の莉子の姿はどこにも見当たらない。
「おかしいわね……包丁だけ抜かれてる?」
不審そうに机の上を見つめながら、教師は包丁鞘を手に取った。
――まるで何かが、突然“消えた”かのように。
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近況ノートに冒頭シーンの挿絵を載せました!
https://kakuyomu.jp/users/atuhoshi/news/16818622173795203004
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