第1.6話 どうして…………? 2

 痛い。


 右の脇腹を見てみる。白かった無地の服に赤い染みができいる。

 小さい針で貫かれたような痛みは、やがて熱を帯びたように熱くなっていった。


「あやちゃん! はやく! 動いて!」


 楓ちゃんが私のことを急かす。


 動く? どこに? どうやって?

 次々と言葉が浮かぶ頭の中は、真っ白だった。


 今がどんな状況で、何をしたらいいのか。

 何も、何もわからからない。


「意外だな。最強のヒーローにあれだけの特訓を受けていながら、状況把握すらまともにできないとは。さてはお前、柔軟性がないタイプだな?」

「あやちゃん! 聞かなくていいからね!」

「それに比べて、うるさいちびっ子の方は賢いし柔軟性がある。お前らいいコンビだな。俺も役割が違かったら、そういうのもやってみたかったよ」


 男がとりとめもなくしゃべり続ける。

 その間も、私は状況の整理すらできていない。ただ、相手の言葉はわかる。私は今、ちゃんと馬鹿にされている。あまりに真っ白な頭では悔しいとすら思えないことを知った。


「……しゃべり過ぎじゃない?」


 なんとか言葉を絞り出す。ただ、絞り出す言の葉を間違えてしまったかもしれない。私が落ち着くまで、相手にはしゃべり続けてほしい。なのに、しゃべり続けていることを指摘してしまった。


「そうだな、助言ありがとう。だけど、この方が君にとって都合がいいと思うぞ」

「おっしゃる通りです……」


 相手の言うとおりだ。このままの方がいい。

 ぐうの音も出なかった。


 とりあえず、やっと状況を掴めてきた。


 私はたぶん、生かされている。どういう成り行きかはわからない。しかし、相手が殺すつもりならば、もうとっくにかえでちゃんも一緒に殺されているはずだ。それなら、なぜさっき撃たれたのか? おそらく、こちらの力量を試したのだと思う。まあ、相手のお眼鏡には叶わなかったみたいだが。


「ったく……本当に運が悪い。なんで俺がへなちょこ相手に稽古を付けなきゃならんのか……まあ、恩師からの頼みなら断れないし……それに、俺はここで死ぬしな……本当にくだらない人生だったなぁ」


 何を言っているのか、よくわからない。


 独り言であることはよくわかる。しかし、断片的な情報が多くてどのような意味を持った言葉たちなのか、全くわからない。


「おい、ちびっ子」

「ちびっ子じゃない、かえで」

「どっちでもいいわ、そんなもん」


 心底怠そうな態度でかえでちゃんと会話を始めた男は、軽くため息をついた。

 殺気は感じない。これから、楓ちゃんに何を言うつもりなのだろうか?


「今すぐにこの公園を離れろ。そうした方が、期限が延びるぞ」

「きげん?」

「お前らが楽しく一緒に生きる時間のことだよ」


 私たちが幸せでいられる期間が延びるということ?

 二人で今日みたいに楽しく過ごせる期間が延びるということ?



 なぜ、かえでちゃんが逃げる選択肢を取るだけで、その期限が延びる?



「そこの女、お前、考え過ぎて動けないタイプだろ」

「え?」

「わかった。動けるように答えを出してやるよ」


 少し時間をおいてから、男は言葉を発した。

 おそらく、ちゃんと聞いてもらうために間を置いたのだと思う。


「俺たちの行動は、因果で決まっている」

「いん、が?」

「こうなるって、運命として決まっているってことだよ。他の言い方をするなら、シナリオ通りに事が進むって感じだな」



 私たちの行動がシナリオ通り?



 言葉の意味はわかっても、理解ができなかった。

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