第14.5話 守る、絶対

「はい、じゃあ能力の時間なので、能力を自由に使っていきましょう」


 周りのみんなは大はしゃぎしている。

 一週間に一回の能力の時間割、小学生だけの特別な授業。


「みんなー、校庭をめいっぱい使っていいからねー! 強い能力の人は、この学校にはいないと思うけどー、ちゃんと離れてねー!」


 みんなが走っていく。

 広い校庭を使って、能力を開放したい。

 その衝動に身を任せて動く、小学六年生。


 中学に入ったら、一ヶ月に一回のペースでしか能力を使えなくなる。だから、この時間をすごく大事にしたいんだと思う。能力を持っていなくても、筋力トレーニングをしていたり、走っていたりする子が多い。どんな能力に目覚めるかわからないから、今のうちにできることはやっておきたいのだろう。



 でも、私には……なにをやっても意味はない。









「この子は、先天性の無能力者ですね」





 私が生まれたとき、お母さんとお父さんは、医者からこの言葉を告げられた。



 右頬のちょうど真ん中、ここにほくろがある人は能力を持てないらしい。

 無能力者はミリ単位で同じ場所にほくろができる、らしい。









 よく、いじめを受けている。


 下駄箱を開けて、靴を入れる。

 上履きは、ない。


 どこかで、クスクスと笑う声が聞こえる。


 上履きがないのは当たり前だ。

 もう買ってもらうのも申し訳なくて、今日からは履かないことを決めていた。









 帰り、靴がなくなっていた。

 やっぱりどこかで笑う声。


 仕方なく、靴下のままで歩くことにした。










 川沿いの土手を歩く。

 土に転がる石が、足に刺さる。


 血が出る。でも、気にしない。

 さっきから、足にけがをしてばかりだ。


 靴下だって穴だらけ、明日からは裸足かな。











「彩夏ちゃん?」


 下を向いて歩いていたら、誰かにぶつかった。

 避けて、また歩く。


「え? ちょ、ちょっと待って!」


 誰かに肩を掴まれる。

 少し強い力で止められる。


「いやあ! ご、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 とにかく謝らないと、またどこかの誰かにいじめられる。

 いや、謝ってもいじめられる。


 でも、謝るのをやめられない。

 なんだか、悲しくなってきた。


 謝っても意味ないのに、どうして謝っているんだろう?


 私は、誰に謝っているんだろう……。








「待って! ご、ごめん! もう大丈夫! 大丈夫だから!」


 全身に、誰かの体温を感じる。

 抱きしめてもらったのは、いつぶりだろうか。


 そのぬくもりは、あまりに温かい。


「大丈夫、大丈夫だから……」


 私の顔は、ぐちゃぐちゃの雑巾みたいに汚くなっていたと思う。

 鼻水とか、涙とか、よだれとか……止まらなかった。







「ぼく、野々宮秀介。覚えてない? よく、シューちゃんって呼んでもらってた」


 上半身を裸にした男の子が話しかけてくれる。


 自分の服をハサミでチョキチョキして、包帯を作ってくれたのだ。

 その包帯を私の両足に巻き付けてくれた。


「しゅう、ちゃん……シューちゃん!?」


 思い出した。

 幼稚園でいじめっ子からかばってくれたシューちゃんだ。


 幼稚園ではすごく仲良くしてもらった。

 あの時は、すごく楽しかったなぁ。


 小学校は別々になってしまった。

 もう会えないと思っていた。


「ど、どうしてここに!?」


 シューちゃんの家はもっと遠くにあったはずだ。

 小学生になる頃に引っ越したから、もうここには住んでいない。


「いや、ちょっと嫌なことがあって……なんとなくここを歩いてた」

「え? でも、どうやってここまで?」

「電車を使った」

「す、すごい」

「うん」


 小学生で、一人で電車に乗るなんて、私ならできない……すごい……。


「嫌なこと……何があったか聞いてもいい?」

「うーん……能力が発現した」

「え!? やったじゃん!」


 思わず、喜んでしまった。

 シューちゃんにとっては、嫌なことの原因なのに


 困ったような笑顔を浮かべるシューちゃん。

 本当に失礼なことをしてしまった。


「ごめんなさい……」

「いや、いいんだ。彩夏にとっては、嬉しいことのはずだから」


 シューちゃんは優しい。

 いつも相手の心に寄り添ってくれる。


「それで……何が嫌なの?」

「ぼく、人の色が見えるようになった」

「人の……色?」

「彩夏はとても、くらーい色をしてる」

「え、そうなの?」

「うん、でも、すごくきれいな色だよ」


 きれいな、色……なんだかうれしい。


「まだ、それぐらいしか見えないけど、そんな感じの能力が発現したみたい。本当は今日、医者に診てもらうはずだったんだけど、なんか嫌になって飛び出してきた」

「どうして、嫌になったの?」

「母さんとか父さんの色が気持ち悪くて、嫌になったんだと思う」

「そっか」

「家を飛び出して、電車乗って、ここを歩いてた。そしたら、足を血だらけにしている彩夏にぶつかった」

「ごめん……」

「もう大丈夫だよ。それより、そっちも何かあったの? 聞いてもいい?」







 今までのこと、今日あったことをを全部……全部を話した。

 私は情けなくって、ずっと下を向いて話していた。

 その間、シューちゃんは静かだった。







「ごめんね、こんな話聞かせて。あの、気にしなくて……いい……」


 話し終えて、シューちゃんの方を向く。

 横顔にきらきら星、夕焼けに照らされて、すごくきれいだった。







「シューちゃん? どうしたの?」


 だまって、星をきらきらさせる。

 その横顔はくしゃくしゃになっていた。


「ぼくが……守るから……絶対に」







 決意を固めた表情を私に向ける。


「おれが! 彩夏を守る!」




 よくわからなかったけど、とても……うれしかった。

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