第1.3話 この世界のルール
竹刀を左手に持つ。
礼。
お互いに、三歩前へと足を運ぶ。
三歩目は右足が前になるよう、調整する。
鞘から抜くように、左手から右手で引き抜く。
引き抜くと同時にその場にしゃがむ。
左手が下、右手が持ち手の上。
右手は添えるだけ。
立ち上がる。
構える。
「じゃ、始めよっか」
合図と同時に、師匠の脳天を狙う。
当然のように竹刀で軌道を逸らされてしまった。
私は諦めないし、焦らない。
ここで焦ったら、師匠にそこを突かれる。
だから、平常心を保つ。
呼吸で心臓を制御する。
このままの体勢から師匠の横っ腹を狙うことができる。
でも、これは師匠が用意した罠。
狙ったら、脳天やられて即終了。
ということで、師匠にそのまま突進。
鍔迫り合いに持っていく。
しかし、一瞬で後ろに飛び退る。
それと同時に竹刀を振り上げて、また脳天を狙う。
動きを予測していた師匠は、竹刀を少し斜め上に上げる。
私の竹刀が、師匠の竹刀をなぞる。
私が動きを止めたと同時に、勝負は決まった。
頭の上に竹刀をちょこんと乗せる師匠。
そのまま、すりすりーと左右に動かす師匠。
「……あの」
「は! ごめん! なんか撫でたくなって!」
「だったらせめて、手にしてもらえませんかね? 竹刀にささくれあったらどうすんですか。ていうか、髪は女の命ですよ、師匠。気安く触らないでください」
師匠は怒られた子犬みたいな表情を浮かべて、竹刀を私から離す。
「ごめん……」
「いいです、よ!」
姑息な感じだけど、師匠の頭を狙う。
それを体を逸らすだけで避ける師匠。
「……」
「……」
舞い降りる沈黙。
でも、私は謝らない。
「なんか、ごめん」
「いや、師匠が謝るとこあります?」
「怒りの一撃を避けてしまったので」
「そう言われると、なんか悔しいですね」
廃工場のど真ん中に、そこら辺に置きっぱなしのテーブルと椅子を並べる。そして、保温できるタイプの水筒に入れていたお茶を、師匠が紙コップに注いでくれる。
一口飲んで、二人でほっと息を漏らしちゃったりする。
「師匠の淹れるお茶っておいしいんですよね」
「お、あやちゃんが僕を褒めてくれた。嬉しいなぁ」
「事実を述べただけです」
そう言って、私はお茶をもう一口。
師匠のお茶は、優しい味がする。
苦くない。なんなら、なんか甘さを感じる。
どこにでも売っている安いお茶のやつだよーと言っていたけど、すごくおいしい。同じのを使っているうちのお茶と比べると、淹れ方でこんなにも変わるんだなぁと実感する。
「それじゃあ、今日も座学をやっていきますか!」
「座学と言っても、機密情報を私に漏らすだけですよね?」
「まあ、その通りだね。とりあえず、今回はおさらいだけにしようか」
私は別に知りたくなかった情報だ。
というか、知ってはいけない国家機密なんだけども。
「あやちゃん、ヒールについて説明して」
支障はいたって真面目な顔で、ヒールの説明を求めてくる。
あ、ちなみにこの場合のヒールは履物ではない。
悪役や悪者という意味を持ったヒールのことだ。
「ヒールとは、秘密裏に世界で用意されている役割です」
だから、ここで説明するのもよろしくないんですけども。
「この世界の一般常識として、強力な能力者はヒーローになるか、処刑されるかのどちらかです。しかし、世界に存在するヒーロー機関は、ヒールという役割も用意しています」
まあつまり、強力な能力者には第三の選択肢としてヒールが存在する。
「ヒールはヒーローになった者から無差別に選別されます」
目の前にいる師匠は対象にならない。
強力な能力……そもそも能力を持っていないからだ。
「ヒールになった者は強制的に記憶を奪われます。そして、人工的に作られた悪者としての記憶を埋め込まれます」
あまりに惨いと思う。
生きたいからヒーローになったのに、無差別にヒールにされて、強制的に今までの記憶をすり替えられる。こんなに腹の立つルールがあってたまるか。
「どうして、ヒールがあるんだい?」
「世界人口と能力者人口を大幅に減らすためです」
世界人口は、増え続けている。
もはや止めることはできない。
人がいる限り、人口は増え続ける。
人口が増えれば、能力者も増える。
強力な能力者だって増える。
この世界は、常に怯えている。
人間の住む場所がなくなるのではないか。
強力な能力で災害レベルの事故や事件が起こるのではないか。
自分の子供が強力な能力を手に入れてしまうのではないか。
私たち人間はいつだって、「こうなりたくない」という後ろ向きな考えが強い動機となってしまう。
「ヒールは決められた期日であれば、主にヒーローを無差別に殺害することが可能です。ヒーローは成人に満たない子供がほとんどで、戦闘経験もない。しかし、ヒールは特殊な戦闘訓練を受けてから、ヒーローと戦闘します。だから、簡単に強力な能力者を殺すことができる。もし生き残ったとしても、そのヒーローがヒールをやっつけてくれる。これにより、世界人口と能力者人口はバランスを保っています」
師匠は黙って私の話を聴いていた。
おそらく、私の怒りや憎しみを聴いてくれた。
私の眼球から、意味を持たない液体が流れ出てくる。
とめどなく、流れ続ける。
師匠はやっぱり、静かに見守ってくれるだけだった。
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