第10話 神宮司大門という男
どこか、重たい空気が流れる。
私たちは布団を敷いて、黙って寝転がっていた。
お互いに、寝れないのだ。
限りなく小さい破片が、水の中で沈殿していく様。
一つ一つは小さい破片なのかもしれない。もしくは、水に入る前に削りきった残りかすなのかもしれない。でも、間違いなく集積されていくその破片は、やがて器の許容量を超えてしまう。まず最初に零れ落ちるのは、液体だ。
透明な液体であることを私たちは望む。でも、それは最初だけ。
どんなに透明に見える液体でも、どこかは汚れている。
透明であればあるほど、汚れは目立つ。
もしも、色がついてしまったとき……透明にできるだろうか?
「あや、起きてるだろ」
「うん」
大ちゃんは重たい空気に耐えながら、己のために口を開く。
「何もできなかったんだ、俺」
そんなことはないよ、なんて無責任なことは言えなかった。
「いっつもそうだ。いつも……大切な人が、目の前で涙を流す」
今にも融けてしまいそうな声。
私は、その声を守れない。
もう、今すぐに融けてもおかしくない。
「その涙を止めてあげたらいいのか、そのままにしてあげたらいいのか、判断がつかないんだよ」
いや、もう融けているのかもしれない。
「五歳で能力を手に入れた。俺は、俺が持っている能力が大好きだったんだ」
とめどなく流れ続ける言葉は形を変えていく。
今度は、私が受け止められる形に代わっていく。
「普通は十歳から十五歳で発現するのに、五歳はすごいね」
「だろ? 世界初の能力者と同い年だ」
「どんな、能力なの?」
今なら、大ちゃんの言葉で聞くことができる気がした。
「”サッカーボールを具現化する”」
どこか誇らしげに、言の葉を紡いでいく。
「発現してからは、ずっと能力と遊んでた。友達なんだよ、たぶん」
能力を友達だと話す彼は、楽しそうだった。
「そしたらさ、どんなサッカーボールでも具現化できるようになった。嬉しかったよ。友達のことを理解できた、みたいな感じ」
本当に嬉しかったことが伝わる。
その蕾はもっと咲き誇るべきものだったと思う。
でも、咲けるとは限らないのだ。
「十歳のとき、ヒーローにされた。強力な能力なんだってさ。ただ、サッカーボールを具現化するだけなのにな」
彼の声が、濁っていく。
まるで透明な水に、絵の具が零れてしまったかのよう。
「人を殺さないんじゃない。俺は、人を殺せないんだ」
傍目に見れば、ものすごく綺麗だ。
だけど、見られているものは、そう思っていないのかもしれない。
「そのまま、中学三年生になっちまった」
「……そっか」
「純恋が事故に遭ったのは、中学二年の夏休み。能力発現と同時に悪人を倒したから、あいつは毎年一人、悪人を倒さなきゃいけなくなった」
「…………」
「ヒーロー会議に参加すると思わなかった。でも、今にして思えば参加して当然だったんだよな。毎年、人を殺さなきゃいけなくなったんだから」
私は、本当に……。
「…………」
「ごめん、しゃべりすぎた」
ここで紡いであげたいのに、私は……。
「明日、集合場所に行くよ。俺も、人を殺さなきゃいけないから」
私は……。
「おやすみ」
限りなく透明に近い蒼は、もう……器からポロポロ零れ落ちていた。
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