モノクロデイズ
石動なつめ
第1話
どこまでも続く青空の下に白亜の都が広がっている。
白の古都クレスメント。この世界で一番古い時代から存在する、古くて大きいという以外に取り立てて何の特徴もない街だ。
その町の、丘のようにゆるい斜面が続く街の最も高い場所に石造りの古城がある。
かつては王の居城だったそこは今、役所となっている。
見てくれだけは立派だが、フタを開けてみればただ古いだけの建造物だ。ずいぶん長い間放置されていたせいで、あちこちガタが来ている。
かつての城主の血筋もすでに途絶えており、取り壊しの案も出ていたが――それでも何だか勿体ないと考えた国の上層部が、ここを役人達の仕事場としてリフォームしたのは二十五年ほど前の事。
キロクはその城で役人として働いていた。
歳は二十代半ば。品良く切りそろえられた短い黒髪に、灰色の目をした長身痩躯の男だ。
身に纏っているのは白色のシャツに黒色の上着、同色のズボン。どれもシワひとつなくびしっとアイロンがかけられている。襟首には太陽を模した金色のバッジが輝いていた。
キロクがここに派遣されたのは一年前。
十八歳で役人として採用され、その優秀さを見込まれてあちこちを異動して七年。ちょうど中堅ぐらいになった頃、クレスメントへやって来たのである。
「やあやあ、新人君。元気かね?」
キロクが古城の中をファイルを抱えて歩いていると、芝居がかった口調で声をかけられた。
振り返るとそこには、灰色のロングヘアに、猫のような金色の目をした女性が立っていた。
彼女の名前はメモリ。この古城の管理者でキロクの上司だ。歳は三十代前半らしい。同僚が「お前のところの上司、美人でいいよな~」と言っていたので、恐らくそういう女性なのだとキロクは思っている。
「特に問題はありません、メモリ」
キロクは淡々とそう返す。名前に敬称をつけないのは、メモリが嫌がったからだ。
しかし、当の本人はキロクの事を名前ではなく、ずっと『新人君』呼びだ。
確かにクレスメントの職場では、キロクは一番の新人だ。しかしここへ来てすでに一年は経っているし、それなりの年月を役人として働いている。
だからいつまでも新人君と呼ばれるのは、感情の起伏が薄いキロクでも、若干複雑な気持ちになる。
「それよりもいい加減、新人君と呼ぶのはやめていただけませんか」
小さく息を吐いて上司にそう訴える。しかしメモリはカラカラと笑うだけだ。
「新人君は新人君さ。ま、そうだね、うーん。君が三十路を過ぎるか、退職したら一考しよう」
「退職するつもりはありませんし、まだ五年もあるのですが……」
「細かい事は気にしなーい」
「気にします。メモリは気にしなさすぎです」
この様子だと、当分は名前で呼ばれる事がなさそうだ。キロクは再びため息を吐いた。
「ま、それより新人君、そろそろ新しい子が到着する時間だ。悪いが、門まで迎えに行ってくれるかい」
すると、メモリはそう言って古城の北の方角に指を差す。
そこにはあるのは白い石材で出来た門――名称を『誠意の門』と言う。
大通りに通じる門とは反対側にある、普段あまり人が通らない門である。
――否、近付きたがらない、と言う方が正しいかもしれない。
「分かりました。では、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。ああ、それと、分かっているだろうが……」
「ええ。
「それは何よりだ。では、頼んだよ。到着したら私の部屋まで案内してくれたまえ」
「承知しました」
キロクが頭を下げると、メモリは手をひらひらと降って、どこかへ向かって歩いて行った。
(……相変わらず良く分からない人だ)
その後ろ姿を見ながらキロクは心の中でそう呟く。メモリの部下になって一年経つが、何を考えているかまったく掴めない。
もしかしたら「新人君」と呼ばれなくなっても、そうなんじゃないだろうか。
そんな事を思いながらキロクは誠意の門へと向かった。
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