4: 星の銀貨
「……調子悪いわ、くそう。一旦乾いたからかしらね……」
縦横無尽にうねり狂う黒い髪、それを摘まんでは引っ張りを繰り返しつつ戻ってきたケイは、口をぽかんと開けたままその場に立ち尽くした。
異常な状況ではあったが、ロボットがハジメに危害を加えようという意思が全くないことは明白だった。とはいえシャワールームから戻ってきた今、そのふたりがなんだか楽しそうにおしゃべりをしているのだから、当然あっけにとられた。ストーブの橙色を前に、ふたり顔面を照らされながら。
半径一メートル以内に近づくなという警告もどこへやら、もうその距離は五十センチもない。スタンガンもなぜか自分のデスクの上に勝手に返却されている。
「……いい気なもんねえ」
二人の井戸端談義が終わるのを待っているわけにもいかず、ケイはワークチェアに腰掛けつつ水を差した。
「あ。ケイさん、お疲れ様です」
「お疲れさま。随分と楽しそうね」
「そういえば、ほら、ロボットさん、生き返りましたよ」
「いや、わかってるわよ。さっき私が駆けつけてきてあげたの、忘れた?」
まるで無邪気な少年のごとく、紛うことなく上機嫌な様子のハジメである。しかし一方のロボットはその横で、何か気まずそうにケイから目をそらす。
「ほう? 目をそらすということは、何か
ケイはロボットの様子に目聡くつっこむ。
「冷静に考えたら分かったわ。あんた、旧ロボットの中でも、相当古い部類ね? 古すぎて、ログビューア自体に互換性がなかったのよ。レガシーなバージョンでも試せばよかったわ」
「…………」
「死んだふりして、最初から起きてたんでしょ?」
「最初から?」
ぽつりと言い返したロボットのその言葉の意図が、ハジメもケイも同時にわかった。最初というのがどの時点を指して言っているのかわからなかったから、である。
どうやらケイにも明確な意味があったわけではなさそうで、「さ、最初は最初よ」と付け加えて受け流す。
「あんなに苦労して損したわ……そもそもあんた、所有者はいるの? それとも野良?」
「…………」
「どっから来たの? 独立国? ロボット居留区で行き倒れてたみたいだけど。住んでたわけじゃないんでしょ?」
デスクに置いてあるメモ紙を拾い上げ、一瞥しながら言う。
「……名前は?」
「…………」
「……あのね、黙秘してても誰も来ないわよ? ここは陸の孤島なんだから。自慢じゃないけど、特殊な病院ってのは人里離れた場所に作るものでね」
「…………」
矢継ぎ早の質問に対し、ロボットは何も答えない。ケイは諦めた様子で小さく嘆息すると、先程までの蘇生作業で判明した状況を説明する。
「まあいい、あんたの今の状況を説明するわ。……ログも見られないんじゃさすがに断定できないけど、多分、熱暴走よ」
聞いたことのある単語のようで、ハジメが反応した。
「熱暴走? パソコンとかのですか?」
「まあ、そう」
「彼女、暴走状態なんですか?」
静かに床にぺたんと座る女性型ロボットの横で、ハジメは素朴な疑問を投げた。手足がある分ややこしいな――と思いつつケイは解説する。
「ロボットの熱暴走ていうのは……サーモ関係が制御できなくなって冷却できなくなる〝故障〟ね」
ケイはあえて〝病気〟という言葉を使わずに表現した。一般人はともかく、ロボット技術者であっても〝病気〟という言葉を使いたがる現状にケイはあまりいい気はしていない。
一般人に対してわかりやすさ重視で言うならいい。しかし自分たちの間でも言っているのを見ると、そういう『人間との同一視』が悲劇を生む元になるのよ、などと思ってしまう。
「……私はソフトウェア専門だから、ハードウェアをいじるのは無理だけど……ソフトウェアレベルでよければできる範囲で応急処置したげる。だから、終わるまではここでおとなしくしとくこと。いいわね」
選択の余地は与えない、そんな強さを伴わせて言う。親身な女医というより、慣れた女医の雰囲気だ。――服装はシャワー後だというのにさっきの体操服のままなので、どうにも不釣り合いだが。
「あ、お金は要らないわ。どうせ持ってないだろうし」
さらにケイはそう付け加えた。ボランティアでやるつもりらしい。
相当に親切なオファーのはずであり、ハジメはいい人だなあ、と単純な感想を抱いたが、一方でロボットは仏頂面と言っていいぐらいに無表情を貫いている。
「…………」
「ねえ、聞こえてる?」
ケイの問いかけを払うように、ロボットは唐突にハジメのほうを向いた。
「…………」
「……え? 何です?」
突然そうするので、なぜかどきっとしたハジメである。乱れた髪の毛が相変わらず視線を隠したままで、ただでさえ表出しにくい感情は少しも伺い知れない。しかしその唇が唐突に、静かに、しかしはっきりと宣言した。
「私はこの
「はあ?」
「えっ?」
ケイはもとより、ハジメからも驚きの声が出た。
ついていく――今、彼女は、そう言った。
どっちについて行くと、どっちに対して言ったのか――意味を取りかねたハジメだったが、彼女がケイにきっ、と向き直り、一呼吸おいて繰り出し始めた言葉で、それを暗黙に理解した。
「あなたたちのような技術者は、私たちを研究対象としか見ていない」
――突然、そう言い放った。
「お?」
いきなり技術者全体に対し糾弾を始めるロボットに、技術者のひとりであろうケイは黙る。
「カスタマイズのテストをやるだけやって、気が狂ったところでスクラップして、証拠隠滅を図る。そういうことをするのが、あなたたち、技術者」
「あ、いや、ちょっと、さすがにそれは……」
無償で病気を治してくれる、そんな有利なオファーをせっかく出してもらえたのに、ここで機嫌を損ねるのは何より彼女にとって得策でない。慌てるハジメだが、しかしケイはむしろにやりと笑い、
「ふむ、的外れともいえないところが、なかなか」
と、それはそれでおかしなことを言う。
「それはね、やるかやらないかの違いだけよ。やるヤツはやるかもしれないわね。でもやらないヤツは絶対にやらないのよ。…………あと、これは本当に真面目に忠告しておくけど、私よりもっとちゃんとした技術者にそんなこと言ったら、あんたは本当に危険なロボットだと思われて、何の反論も許されずにスクラップされるわよ。それこそ壊れる前提の被験体として、さんざん活用された後にね……」
ケイの目は笑っていない。決して作り話ではなく、そういう実話も聞く、といったところだろう。
「だからさ、悪いことは言わないから、そういう真面目な技術者に捕まる前に、ここでちゃんと身体を直していきな? ね? ……今からあんたが滞在するためのコテージを準備するから。海が見える方にしたげるわ。変化があると気が晴れるわよ」
有無を言わさず話を進めようとするケイである。しかしロボットもまたその話に乗ることなく、続けて訴える。
「私はあなたにどんなことをされても必ず脱走する。あなたを殺すことも辞さない。あなたに手を下される前に、私はあなたを殺す」
ロボットの目も笑っていない。ロボットが目で笑えるかどうかはハジメは知らない。しかしそれは芝居がかってもいなければ、高等な暗喩をしているようでもない、本当に殺すビジョンが見えている、そういう語調である。
「……ふむ……」
ケイは殺すとまで言われて、さすがに何かを考え込むようにして黙る。
沈黙が流れ、それに耐えかねてハジメが口を挟む。
「あの、すみません」
「ん?」
「あの……こういう過激な言動も、多分その、やっぱり熱暴走だから……」
「そんなわけないでしょ。そういう性格だからよ」
病気のせいに決まっている、だから大目に見てあげて――そういう意図で尋ねたハジメだったが、かえって悪い答えを引き出してしまって縮こまってしまう。
「……性格というのは違うか。撤回するわ。まあ、過去に何があったか、何を見てしまったのか、それくらいは察してあげるけども。こっちも人間とロボットとの間に何があったか、知らないじゃあないし。本当、技術者にもいろいろいるからね……」
やかんからしゅんしゅんと吐き出される水蒸気の音を聞きつつ、その『いろいろ』の具体例でも思い浮かべているのか、ケイは少し虚ろな目をする。
しかしその『いろいろ』を脳内で順繰りに思い出しているうちに特徴的な何かに行き当たったのか、なぜか小さく思い出し笑いをした。
しかしそういう場合ではないと真顔に戻ると、ハジメに向き直る。
「にしてもさ、冷静に考えてみ? 助けたロボットに殺害予告されるなんて、私がかわいそうすぎるでしょ……」
「……ま、まあ、それはそうですね……」
どっちの敵だとも思われたくないハジメはやたら曖昧な返答をした。ケイはどうやら何も察してくれなかったらしい、ときっぱり具体的に言及する。
「……そんなわけだから、引き取り、お願いね」
「えっ? ……あ、あぁ……やっぱりそういうこと、ですかね?」
「だって、それしか選択肢がないのよ。私を殺すっていうロボットを、私のとこに置けると思う? さすがに無理よ。シンプルに、怖いわ」
「うーん……それは……そう……」
それは、そうである。ケイにお世話になるのは、もはや無理筋としかいえない。
ケイがだめなら、もう自分しかいない。
――しかし、ハジメはシンプルに戸惑う。
「スカウトの話は、もちろん本気なんですけどね? ……でも、一緒に暮らすというのは、さすがに考えてなかったので……そこまではちょっと……お金が大丈夫かどうか……うーん……」
ケイは内心で失笑した。彼にとっては一人暮らしでも厳しい、だからバイトをやろうと考えてここに来たつもりなのに、そしたら同居人を一人連れて帰ることになったわけだ。不憫としか言いようがない。
しかしそれよりも――彼の口からさっき急に出てきた〝スカウト〟という言葉に、ケイは『ん?』を眉を寄せた。
「ねえ、今、スカウトって言った?」
「え? はい。まあ、そうですね」
「何の?」
「何の、って……もちろん、バンドの、です。バンドにスカウトしたんですよ」
「いや、無理無理無理! 絶対無理よそんなの」
ケイはかなり激しく首を横に振った。黒くうねる髪がふわふわと揺れる。
「へっ?」
「何考えてるの! だって、この子は熱暴走で倒れてたのよ? 舞台の上で演奏とか、どう考えたって無理よ! 一曲目が終わった時点でぶっ倒れるわよ!」
そんな風に言われてしまったので、ご挨拶代わりの一曲目、その終了と同時にロボットがぶっ倒れる――そんな姿を想像して、ハジメは不謹慎にも笑ってしまった。
どうやら勘違いしているらしいケイに、ハジメは補足する。
「いえ、舞台に上がってもらおうとは思っていなくて」
「は? じゃあ何の目的でスカウトしたのよ?」
何を言ってるのかわからない、という様子のケイに、ハジメはロボットと自分の前に置いてあるノートをぺらぺらと開き、それを手渡した。
「……これです」
なぜか得意げに手渡されたそれをケイは見る。
ノートのページには五線が引かれている。音楽用のノートらしい。
そしてその見開きの左側のページには、楽譜が書かれている。
「……何これ?」
「曲です」
「私のこと未就学児だと思ってる? そうじゃない。この曲がどうかしたの?」
「彼女が作曲したんですよ」
「はぁ?」
ケイはノートに書かれた記号類の羅列をまじまじと見て、怪訝な顔をする。
書いた当の本人であるロボットは俯いたままで、何もコメントを出さない。とりあえずハジメが補足する。
「さっき、自分がバンドをやっているという話をしまして……そしたら、彼女、作曲ができるっていう話になって。それで、書いてもらったんです」
「書いてもらった、って……楽器も何もなしに?」
「ええ。まあ、頭の中でピアノを鳴らして作曲できる人もいるとは思うので、そうなんでしょうね……。いい曲ですよ、これ」
「ふーん……そうなの」
ケイは楽譜を改めて覗き込む。印刷の楽譜を踏襲したような書き方ではなく、言うなればアルファベットをブロック体でなく筆記体で書くような、そんなやたら手慣れた書き方である。
「ド、レ、ミ、ファ……えーっと、ドはどこだ? 忘れたわ」
「Cですか?」
ドって言ってるでしょうが、というような顔をしてハジメを見たケイだが、おそらく自分の方に音楽的教養が欠落しているのだろうと理解して、早々にノートをパタンと閉じた。
「じゃあ……ロボットさん、こういうのはどうですか?」
今やすっかり冷静さを取り戻すことのできたハジメは、現実的な案を提示した。
「一か月間ぐらいは、私のところにいても大丈夫です。でも、さすがにずっと、というのは無理なので……それまでの間に、なんとか方法を探しましょう?」
「方法?」
「ええ。例えば……バンドメンバーみんなのところを一か月ごとに回るとか、メンバーの友達とか、他に居候させてもらえる場所を探してみるとか……」
なんだったら住むのは自分の家で、充電代のカンパを募ったっていいわけだ。負荷は分散すればいい。
しかしロボットは頑なな雰囲気を崩さず、
「私はあなたを信頼したから、ついていくと言っているのです。お金の心配はいりません。あなたたちは私の曲ですぐに売れるようになります」
と主張する。そんな楽観的な、と同時に思った人間二人だが、ロボットが
「他の場所に行けというなら、私は潔く覚悟を決めます」
とまで言うので、顔を見合わせてしまう。
「あの……覚悟を決めるって、どういうことですか?」
「…………」
しかしロボットは口を引き結び、もはやそれ以上は何も言わなかった。
(……なんだか、普通は逆だけどなあ、こういうの)
ケイは時代錯誤なことを思った。普通は、向こう見ずで無茶をする男子、堅実で現実的な女子、という構図がお決まりだが――こういうのも時代と共に変わっていく、ということか。
(……でもまあ、なんとかなりはするんでしょうね)
ロボットと同じように床にぺたんと座るボーカリストを俯角三十度で眺めつつ、そう思い直す。
「……まあ、出たとこ勝負、えいやで頑張る、それでもいいわ。でもさ、仮にこの子の曲で売れる自信があっても、すぐにお金が入ってくるわけでもないでしょ。その間はどうするつもりなの?」
ハジメはすこし渋い顔をしてしばし考え込み、そして重々しく口を開いた。
「わかりませんけど、とりあえず、当分は一食に減らします」
根性論だろうなと思ったら、随分と具体的なことを言い出したので、ケイは思わず吹き出した。そしてこれも結局根性論ど真ん中であることには変わりない。しかも一食減らすではなく、一食に減らすと言い切った。
「量も少し減らせば……えっと……」
「あのね、死ぬわよ。あんた、RPGみたいに体力が1さえ残ってれば全力で戦えるって思ってない?」
ハジメのあまりぴんときていなさそうな顔に、完全に味方であるはずのロボットがどことなく不安げな顔をした――ようにケイには見えた。栄養失調で部屋の中でぶっ倒れて、このロボットに無愛想に看病されている風景をなんとなく想像する。
「……まあ、わかったわ。さっきの案を採用しましょ。ただ、そうなると当分の間、あなたは〝事実上の管理者〟相当であると見なされるのよ。その立場としての自覚を持ってね。この子に何かあった時に責任を負うのは、この子でも、私でもなく、あなたよ?」
「ええ、わかりました」
やたらあっさりと承諾の意を示したハジメに対し、ケイは念を押すように言う。
「……わかってる? あなたが全ての責任を負う、この先何があってもよ」
「はい」
「…………」
ケイはロボットのほうに向き直る。
「あと、あんた。週一回ここに来ること。もちろん彼と同伴でいいから」
「は?」
ケイとハジメのやりとりをしばらく大人しく聞いていたロボットだが、突如そう言われ眉間に少しだけ皺を寄せる。
「は、って何よ……。だから、熱暴走だって言ってるでしょ。それの改善のためと、あと定期検診。これは絶対よ。診療代とかはいらない。彼の熱意に免じて、ね」
「…………」
ロボットは、その
過去に何かがあってのことなのだろうが、とはいえ極端だ。一体何のトラウマがあるというんだろう――そう思いつつ、ハジメは命の恩人に対し少しも殺意を隠さない彼女をなだめる。
「あの……まあ、実際、身体は治してもらわないと苦しいだけだと思いますし……」
「苦しくないことはないですが、大丈夫です」
「ほら、やっぱり苦しいの我慢してたんじゃないですか。……ただで健康状態を見てくれるっていうんですから、悪くない話ですよ」
「こういうのは、あとで高額の請求が来ます」
「いいかげん腹立つな。だから無料だって言ってるでしょうが」
ケイはいよいよいらつきながらも、あのね、と皮肉たっぷりに言う。
「別に変なことはしないわよ。何だったら診療中、彼氏に手でも握っておいてもらっても構いやしないけど?」
*
「おお、晴れてる」
蘇生棟の扉を開けて、ケイは真っ先にそう言った。
そう言われて、ハジメは今日の日中、空を見上げていなかったことに気付いた。曇っていたのかもしれない。
「なんだかどんより曇るならずっと曇ってくれてればいいのにさ、雪が降ったと思ったら今度は雲一つないとか、ころころ変わっていやねえ」
天には小さい星が浮かんでいて、月も出ている。
その中でも特によく輝いているひとつの星を見つけて、ハジメはそれをじっと眺めた。その周囲には、少し光の控えめな星がいくつもある。そうやって星を渡るように見ていくと、宇宙にはその果てまで相当な数の星が浮かんでいるんだろうな――などと、何か遙かなる気分になってくる。
「これらの星が五百円玉になって降ってきたら、いくらぐらいになるのかしらね」
そんな気分になっているのに、ケイは一切情緒のないことを口にする。星の降る夜、という言葉はそんなに現実的な話だっただろうか――しかしそれはそうと、見えている分すらいくつなのかわからないのだから、もし全天の星ともなれば、それこそ天文学的な額になるのかも――。
そう考えていると、ケイが妙なことを口走る。
「星の銀貨か……」
「えっ? なんです?」
「知らない? 童話で、星の銀貨っていうの」
ハジメは特に聞いたことがなかった。確かに童話にありそうなタイトルではあるが、記憶にない。
ケイはその物語のあらすじをハジメに言って聞かせる。
――心優しい少女がいた。道行く貧しい者たちに持っていた食べ物を与え、とうとう着る物のない者に自分の服すら与え、少女はとうとう素っ裸になってしまった。心正しい哀れな少女を見た神は、空に散る星々を銀貨に変えて少女の周りに降らせた。少女はそれを夢中でかき集め、あっという間に億万長者になりましたとさ――。
「…………」
ハジメはその情景を想像して、これはメルヘンなんだから現実的にとらえてはいけない、と自分を制した。とはいえ、最終的にお金の話になる童話ってあるんだ、という小さな驚きを隠しきれない。
「なんだか……やたら現実的というか、前衛的なラストですね、それ。絵で見たらまた受ける感じが違うんですかね?」
「童話って言うか、寓話? まあどっちでもいいけど。彼女にちょうどぴったりのお話だと思わない?」
「ぴったり? ……ああ、運び込まれた時の姿が、ってことですか?」
ケイはそれに対しては何も答えず、ハジメの隣に立ち尽くすロボットに対して呼びかける。
「ね、あんたがここまでの道すがらで、誰に何を与えてきて、どうして素っ裸でぶっ倒れてたかは知らないけれど」
「…………」
ロボットは俯き加減のまま、ケイの方を向かない。ただその話を聞いている。
「ま、新しい持ち主のもとで億万長者にでもなれればいいわね、っていうことよ」
持ち主、という言い方にハジメはすこしもやっとしたが、顔には出さない。しかしロボットがなぜか、妙にはっきりと
「……お金には興味ありません。生きるのに必要なのは承知していますが」
と言い出したので、まぶしいなあ、なんて思ってしまい、ハジメは十秒間ほど、真顔を通すのに若干の表情筋の硬直を要した。
「でしょうね。金で釣られるようならあんな酷い状態にはならないわ」
ケイはこの世の中の仕組みを知っているかのような言い方をした。自分より年下の彼女だが、もしかしたら自分よりもこの世の中のことをよく知っているのかもしれない――ハジメはそんなことを思って白衣の彼女を見る。
「あと、ロボットが放つ『生きる』って言葉、深いわね」
「生きてますので」
「そう」
ハジメはへえ、と思った。当たり前と言えば当たり前かもしれないが、ロボットが自身のことを生きている、と認識しているらしい。
ということは、生きるって何だろう? 体内に血が流れていることでも、電気が流れていることでもなさそうだ。
人間とロボット、共通しているのは――〝今がある〟っていうことだろうか。
ハジメはそんなことを思いつつ、ケイがロボットに歩み寄り、彼女に面と向かってこう言っているのを聞いた。
「どうしても名乗りたくないロボットさん、あんたに名前をあげるわよ」
「名前?」
「ええ。ありがたく受け取りなさい――」
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