第15話 証拠1
智子と女子大生が打たれたS(スピード、覚醒剤)の主要成分はメタンフェタミンである。お菓子のグミや栄養剤として与えず、注射器を使って首筋に打たれた。なぜ針の跡が残る注射器を使ったのか、動機は不明だ。既に紗栄子から通報をされたと思って、殺害を念頭にてっとり早く殺そうと考えたのかもしれない。康夫の証言によると四本打ったらしい。
四本打たれたので、智子と女子大生は覚醒剤急性中毒となった。病院のICUで、体内で中毒を引き起こしている覚醒剤の成分を体外に排出させるために、胃洗浄をまず行った。下剤、利尿剤も併用する。強制的にその成分の排出を促そうとした。また、時間が経っている。康夫たちに打たれてから、病院に搬送されるまで一時間。覚醒剤の成分が患者の血液中に吸収されてしまっている。それで、血液浄化装置を利用した。
覚醒剤の致死量は0.5グラムから1g程度。智子が常用していた栄養剤二十本分に当たる。康夫たちは注射器一本を栄養剤四本に仕込んだので、ほぼ智子と女子大生は致死量近くを打たれたようだ。智子と女子大生が楓たちに発見され、救急隊員が到着したときには、彼女らの瞳孔は開きっぱなしになっており、失禁してよだれを垂れ流していた。既に、中枢神経、循環器系に影響がでていた。
しかし、比較的発見が早かったこと、血液浄化装置を利用したこと、タケシたちの献血もあって、血液を交換したことなどで、どうにか一命をとりとめた。
紗栄子の場合は、三人組による暴行での内臓破裂だった。腹部、両足と左膝部に擦過傷。一時バイタルサインが安定していた。意識もあった。しかし、医師はWBC(白血球)の異常高値から組織挫滅の可能性、GOT、GPT、LDHの異常から肝損傷、筋挫滅を疑った。医師は緊急開腹手術を決断。なんとか、手術は成功した。
タケシたちは病院のICUから分銅屋に戻ってきた。タケシと美久、楓、節子と佳子。自衛隊組。分銅屋の女将さん。
「なんとか助かったが、まだ余談を許さないし、康夫たちと順子の証言もあるものなあ」とタケシはポツリと言った。美久が「これから、どうなっちゃうの」と言う。
羽生二佐が「う~ん、やつらは20才未満だが、これはたぶん殺人未遂と扱われる。殺人にもいろいろあるんだ。故意というのは『犯罪を行う意思を持ってした』殺人、確定的殺意というのは『殺そうと思って、殺した』という殺人、未必の殺意とは『必ず殺してやろうと思ったわけではないが、死んでしまうならそれも仕方がないと思って、殺した』という殺人、認識ある過失とは『死んでもかまわないと思ったわけではないけれども、危険を知りながら殺した』という殺人。検事がどう判断するか、だな。ヤツラの弁護士は『認識ある過失』を主張するだろうけどな」と言う。
楓が「羽生さん、よくご存知ですね」と言うと、南禅が「羽生は一時期自衛隊の法務官の補佐をしていたことがあるのよ。法務を掌る自衛官。法曹資格はないんだけど、自衛官の犯罪などで担当していたから知っているのよ。自衛官の採用年齢の下限は18才以上だから、ときたまこういうケースと似たケースが発生するの」と言った。
羽生が続けて「今回は成人と同じく逮捕されたね。それで、逮捕から48時間以内に警察官から取り調べを受け、検察庁へ送致される。その後24時間以内に検察官から取り調べを受ける。今、この段階だな」
羽生の說明では、検察官は引き続き少年の身柄を拘束して捜査する必要があると判断すると、裁判官へ勾留を請求する。裁判官が勾留を認めると、原則10日間、身柄を拘束される。未成年は勾留に代わる観護措置がとられる場合がありる。ただ、状況が状況だから、観護措置はとられないだろうと。
もしも、殺人未遂事件で観護措置が決定した場合、少年鑑別所に送致されるケースが多い。検察官は少年をどのような処分にするべきかの意見書をつけて、事件を家庭裁判所へ送致、家庭裁判所は審判を開始するかどうかを判断する。
家庭裁判所が刑事処分にするべきと判断した場合は、検察庁へ送り返される。これを送致の逆の『逆送』という。殺人事件を起こした未成年は逆送される可能性が高いんだ。
故意に被害者を殺人未遂させたと判断された16歳以上の未成年は、原則として逆送されることが法律で定められている。検察庁に逆送された未成年は、原則として起訴される。起訴されると、未成年も成人と同じ公開の法廷で刑事裁判を受ける。
裁判で有罪が確定して実刑となった場合、16歳以上の者は少年刑務所へ、16歳未満の者は16歳になるまで少年院で刑の執行を受ける。その後、仮釈放となれば保護観察所で社会復帰のための指導・支援がおこなわれる。
美久が心配そうに「羽生さん、後藤順子はどうなってしまうのですか?」と羽生に訊く。
「実際、手を下しちゃいないし、本人は刑事に康夫たちを止めようとしたと言っているんだろう?紗栄子は意識不明で証言できないけど、紗栄子の動画に残っていた紗栄子との会話証拠もある」
「でも、康夫たちは、順子が囃し立てて覚醒剤を打たして暴行を促した、と証言している。いい加減なヤツラだ。肝心の紗栄子の意識は戻っていないし。康夫の証言が認められれば、順子は殺人未遂の幇助に当たる。これは幇助犯と呼ばれるが、幇助の意思と因果関係が重要なんだな。順子の主張が認められず、康夫たちの主張が認められた場合、順子は量刑の多寡にもよるけど、最初は少年鑑別所に送致されて、少年院送りになるか、運が悪けりゃ、少年刑務所送りだな。康夫たちは、少年刑務所送りだろう。順子は、少年院送りで済めばめっけもんだよ」
美久が必死で言う。「羽生さん、順子はそんな悪い子じゃない。康夫たちがウソを言っているに決まってます。順子は康夫たちを止めようとしたに決まってます。私は順子をよく知ってるんです。根はいい子なんです」と言う。
羽生は「それが刑事を納得させて、検察に回った時どうなるか?状況証拠と証言だけで、あの事務所の中で起こった映像や音声証拠があるわけでもないからなあ。両者の証言のどちらかが採用されるかだよ。それに順子は、売春斡旋、薬物所持なんかがあるからなあ」と言う。
美久はしょんぼりとうなだれた。節子が「ネエさん、こっちは紗栄子と智子を殺されかけたんですぜ!元はと言えば順子が起こしたことなんだ」と言う。佳子もうんうんうなずく。
しかし、美久は「わかってるよ。だけど、節子だって、佳子だって、順子が殺しの行為をほっとくほど悪い子じゃないのは知っているだろう?私は順子を信じたい!」と言った。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※高校生の飲酒喫煙シーンが書かれてあります。
※性描写を含みます。
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