第6話 護衛任務と忍び寄る影

 銀貨5枚という破格の報酬に釣られ、俺は「少し訳アリ」の荷物運び依頼を引き受けることにした。依頼主はポルトの街で名の知れた商人、ゴードンという人物らしい。まずは彼に会って、詳しい話を聞く必要がある。


 指定されたのは、ポルトの商業地区にある立派な屋敷だった。アルク村の家々とは比べ物にならない豪華さだ。少し気後れしながら門を叩くと、すぐに使用人らしき男性が現れ、俺を応接室へと通してくれた。


 応接室で待っていると、恰幅の良い、人の良さそうな笑みを浮かべた初老の男性が現れた。彼が依頼主のゴードン氏だろう。


「やあ、君がカイト君かね? わしがゴードンじゃ。今回は依頼を受けてくれて感謝するよ」

「カイトです。よろしくお願いします。それで、依頼内容について詳しくお聞きしたいのですが……。『少し訳アリ』というのは?」


 俺が尋ねると、ゴードン氏は少し表情を曇らせた。


「うむ……。実はな、運んでもらいたいのは、隣町のセリアに住む貴族の方へ届ける、年代物の陶器なんじゃ」

「陶器、ですか?」

「そうじゃ。非常に繊細で、壊れやすい。普通の運送業者に任せるのは不安でな。そこで、腕利きの冒険者に、護衛兼、運搬の補助を頼みたいと思ったんじゃよ」


 なるほど。壊れ物を運ぶから「訳アリ」ということか。それなら、《重力操作》が役に立つかもしれない。荷馬車の揺れに合わせて、陶器にかかる衝撃を重力操作で打ち消したり、軽減したりできる可能性がある。


「それで、なぜ俺に?」

「ふぉっふぉっふぉ。実はな、君が先日、チンピラどもを鮮やかにあしらったという噂を聞いてな。ただの力自慢ではなく、機転が利き、慎重に行動できる冒険者を探しておったんじゃよ。君なら、この繊細な荷物を無事に届けてくれると信じておる」


 どうやら、あの路地裏での一件が、思わぬ形で俺の評判(?)を上げていたらしい。スキルを使ったことはバレていないようだし、好都合ではある。


「分かりました。その依頼、お引き受けします」

「おお、本当かね! 助かるよ! 報酬は銀貨5枚。前金で1枚、無事に届けられたら残りの4枚を支払おう」


 ゴードン氏は上機嫌で、すぐに前金の銀貨1枚を渡してくれた。銀貨を手にするのは初めてだ。ずっしりとした重みがある。これで当面の生活は安泰だ。


「出発は明日の早朝。わしの店の荷馬車に同乗してもらう。護衛として、わしのところの若い衆も一人つけるが、主に頼りにしているのは君なんじゃからな。頼んだぞ、カイト君」

「はい、お任せください」


 こうして、俺は高額依頼を受けることになった。翌朝、指定されたゴードン氏の店の前へ行くと、すでに荷物の積み込みが終わった幌付きの荷馬車と、若い御者、そして護衛役だという体格の良い若者が待っていた。


「俺はトム。御者を務める。よろしくな、カイトさん」

「ダリルだ。護衛役だが、まあ、あんたがいれば俺の出番はねえだろうな」


 トムは気さくな青年だったが、ダリルの方は少しぶっきらぼうな感じだった。俺がFランクの新米だと知って、少し侮っているのかもしれない。


 荷台には、厳重に緩衝材で包まれた木箱が一つ、慎重に置かれていた。これが例の陶器だろう。見た目はそれほど大きくないが、細心の注意が必要なのは間違いない。俺は荷台に乗り込み、木箱の隣に座った。


「よし、出発だ。はっ!」


 トムの掛け声と共に、荷馬車がゆっくりと動き出した。目指すは隣町のセリア。ポルトからは、馬車で一日半ほどの距離らしい。道中は野営することになるだろう。


 石畳の街を出ると、道はすぐに未舗装の街道になった。ガタガタと馬車が揺れるたびに、荷台の木箱も振動する。これでは、いくら緩衝材で包んでいても、中の陶器が無事かどうか不安になる。


(よし、やるか)


 俺は木箱にそっと手を触れ、意識を集中する。《重力操作》Lv.2を発動。MPを継続的に消費し(1分あたりMP1程度)、木箱にかかる重力と、馬車の揺れによる慣性を相殺するように、繊細なコントロールを試みる。目標は、木箱が常に宙に浮いているかのように、外部からの振動を完全にシャットアウトすること。


 これは思った以上に集中力とMPを要する作業だった。しかし、レベル2になったおかげで、MP効率は改善されている。休憩を挟みながらなら、セリアまで持続させることは可能だろう。

 俺が黙々とスキルを使っている間、御者台のトムとダリルは世間話に興じている。俺が荷台で何をしているかには、気づいていないようだ。地味な作業だが、これが今回の俺の主な仕事だ。銀貨5枚のため、そして依頼主の信頼に応えるためにも、気を抜くわけにはいかない。


 順調に街道を進み、昼過ぎになった頃。街道脇の森が深くなり、少し薄暗くなってきたあたりで、俺はふと奇妙な気配を感じた。誰かに見られているような……? ポルトに来る途中で盗賊に襲われた時の感覚と似ているが、もっと隠密で、執拗な感じがする。


(気のせいか……? いや……)


 俺は《重力操作》を木箱にかけ続けながらも、意識の半分を周囲の警戒に割いた。街道の両脇の森に、注意深く視線を走らせる。特に怪しい動きは見られない。だが、見られているという感覚は消えなかった。


「……どうした、カイトさん? 顔色が悪いぜ」


 休憩のために馬車を止めた際、ダリルが怪訝な顔で尋ねてきた。


「いや、なんでもない。少し考え事をしていただけだ」


 下手に騒ぎ立てて、トムやダリルを不安にさせるわけにはいかない。俺は平静を装った。しかし、警戒心は解かなかった。


 その日の夕方、日が傾き始めた頃、俺たちは街道から少し外れた開けた場所で野営の準備を始めた。トムが馬の世話をし、ダリルが焚き火の準備をする。俺は引き続き木箱の監視……という名目で、周囲の警戒を怠らなかった。


 やはり、おかしい。昼間感じた視線が、明らかにこちらに近づいてきている。それも、複数。茂みの奥に、時折、人影のようなものが動くのが見える。


「トムさん、ダリルさん」


 俺は声を潜めて二人に呼びかけた。


「どうやら、俺たちは尾行されているようです。それも、おそらくプロの集団に」

「な、なんだって!?」


 トムが顔色を変える。ダリルも、驚きと緊張の入り混じった表情で周囲を見回した。


「プロ……? 盗賊か? だが、こんな街道筋で、わざわざ尾行なんぞ……」

「分かりません。しかし、油断は禁物です。今夜、襲撃があるかもしれません」


 俺の言葉に、場の空気が一気に張り詰めた。トムは不安げに震え始め、ダリルは剣の柄を強く握りしめている。


「ど、どうすりゃいいんだ……」

「落ち着いてください。まずは、油断しているふりをして、相手の出方を待ちましょう。俺が警戒していますから、二人はできるだけ普段通りに」


 俺は二人を落ち着かせ、焚き火の明かりが届かない、少し離れた木の陰に身を潜めた。《重力操作》による木箱の保護は一時中断し、MPを温存する。幸い、日中の消費は抑えられていたので、MPはまだ50近く残っている。


 夜が更け、森は静寂に包まれた。焚き火の炎だけが、パチパチと音を立てて揺れている。トムとダリルは、俺の指示通り、交代で仮眠を取りながらも、内心は気が気でない様子だった。

 俺は闇に目を凝らし、神経を研ぎ澄ませる。

 そして、月が中天に差し掛かった頃――。


 カサッ……。


 わずかな物音。茂みが揺れ、黒い影が数体、音もなく忍び寄ってくるのが見えた。その動きは、昼間の盗賊やチンピラとは明らかに違う。訓練された、プロの動きだ。人数は、確認できるだけで五人。


(来たか……!)


 俺は息を殺し、合図を送るために拾っておいた小石を握りしめた。相手が十分に近づき、油断した瞬間を狙う。

 黒装束の集団は、一直線に荷馬車に向かっている。やはり、狙いはあの陶器か? それとも……。

 リーダー格らしき男が、荷台に手をかけようとした、その瞬間!


「今だ!」


 俺は叫びながら、小石に《重力操作》を発動し、近くの木の幹にぶつけて鋭い音を立てた。同時に、トムとダリルが飛び起きる!


「なっ! 気づかれたか!」


 黒装束たちが一瞬怯む。その隙に、ダリルが剣を抜き放ち、一番近くにいた一人に斬りかかった!


「うおおおっ!」


 ダリルは俺を侮っていたが、やる時はやる男らしい。鋭い剣閃が黒装束を襲う。

 トムは馬を守るように立ち、震えながらも護身用のナイフを構えている。


 戦闘が始まった! 俺は木の陰から飛び出し、敵の側面を突く!

 狙うは、敵の武器と足元。《重力操作》で、剣を重くして動きを鈍らせ、足元の地面を軽く沈ませて体勢を崩させる!


「くっ、なんだこの力は!?」

「こいつ、妙な術を使うぞ!」


 敵は俺の予期せぬ妨害に混乱している。MP消費は激しいが、効果はてきめんだ。MPがみるみる減っていく。残りMP30……20……。


「させるか!」


 敵の一人が、俺に向かって短剣を投擲してきた! 速い! 回避は間に合わない!

 俺は咄嗟に、自分自身に【身体強化(軽)】を発動! MP5消費。体が軽くなり、ギリギリで短剣を避けることができた。


 その間にも、ダリルが奮戦し、敵の一人を切り伏せていた。トムも短剣で敵を牽制している。

 形勢はこちらに有利かと思われた、その時。


「ちぃっ、手間取らせやがって……!」


 リーダー格らしき男が、忌々しげに呟くと、懐から何かを取り出した。それは、小さな黒い蛇の紋章が刻まれた金属片だった。以前、バルガスがゴブリンから見つけた紋章と酷似している!


「撤退だ! 目的の品は手に入らなかったが、異能持ちの情報は得られた!」


 男がそう叫ぶと、黒装束たちは一斉に森の中へと後退し始めた。その撤退は見事なもので、あっという間に闇の中へと姿を消してしまった。


「……行った、のか?」


 ダリルが荒い息をつきながら呟く。トムは腰が抜けたように座り込んでいた。

 俺は、リーダー格の男が最後に言った言葉が、妙に耳に残っていた。


 異能持ち……? それは、俺のことか? 俺の《重力操作》のことを指しているのか?

 そして、あの黒い蛇の紋章……。一体、何者なんだ、あいつらは?


 謎の襲撃者の言葉と、不気味な黒蛇の紋章。荷物運びの依頼は、思わぬ形でカイトを危険な陰謀へと引きずり込もうとしていた。襲撃者の真の目的は何なのか?

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