海の自殺中継

雛形 絢尊

第1話


「それでですね、この場所で実際にそれが起きたってことは」

城島昭は目撃者である今野という男性に問いかけた。

「概ね事実です」

概ねという単語に疑問を抱いたため、再び聞き返す。

「いや、そうなんですけど。確かに見たっちゃ見たんです。それは間違えありません。

でもこう皆さんがいうように、一切見つからないじゃないですか証拠が。

だから疑われても頷くことしかできんのです」

彼は事実を述べている。その焦りを収縮した目を見ればわかる。

「そうですか」と単調に返事を返すと、「すいません、お力になれなくて」と頭を下げた。

これでまた仕切り直しか、と駐車場にか足を進めようとすると、今野がこんなことを言った。

「名前だけはわかります。潔子、潔子という名前です」



私は思わず立ち止まり、彼の目を見た。すると途端に彼がまたこんなことを告げる。

「出てくるんです、たびたび夢の中で。髪が長くて白い服を着た女。

揺れながらこっちに寄ってくるんです。すた、すたと。気持ちが悪いのでもうすいません言っちゃいます。私が見た崖に飛び込んだ女とそっくりなんです。容姿も声も」

私はある単語に焦点を当てた。「声?」

「はい、声なんです。警察の調べには応じなかったんですけど、彼女がそこ、そこで飛び込む直前に、なんていうですか気を取り乱すような声をあげていて、俗にいう発狂?発狂している声なんですよ。それを聞きました」

「取り乱した時とそっくりということですか」

彼はうんうんと頷きながらこう言った。

「そう、そうです。なかなか聞かないじゃないですか。女の人の発狂する声ですよ」

「確かに」

「そうなんですよ、なので完全に一致したような、確証という確証ではないですけどね」

私は彼女の飛び込んだ崖を眺めた。午後の日差しが差し、多少の緑が茂る。

その柵は両方向から安全のために覆ってあるが、その柵をも超えて彼女は飛び込んだ。

大の大人でも柵を越えるのが一苦労である。

私は気になったことを彼に問うた。

「今野さんが訪れた時間、警察でも何でもないんですけど伺っていいですか。19時半って、割と変な時間じゃないですか」

顔を少しあげ、彼はこう言った。

「あーあー、犬の散歩ですよ。そりゃ疑われますよね。実家がこの辺りで、シバ犬を飼っているんです」

別に何も不審な点ではない、彼は接点という接点があるわけがない。

そこである声が聞こえた。中年男性の声がする。

彼は自転車でパトロールをしているのか、その服装を見ればすぐに警察官だとわかる。

はい、と私が応じると、「ここで長い時間何を」と訊かれた。私は面倒なことになる前に、正直にこう答えた。「雑誌の取材で昨日から訪れたんです。迷惑でなければ少しあることを聞いていいですか?」意外にもええ、と返事をくれた。

「ありがとうございます、この崖で起きたことについてです」

空返事をする警察官に違和感を抱いた。その目線が彼の方に向けられていないことに。

私は先ほどまで話をしていた今野という彼の方に目を向ける。

「どうかされましたか?」警察官の一言を聞く前に彼が存在していない、ということに気がつく。

「ここにいた若い男性は」警察官は驚いていう。「え、いませんよ」

私はあまりの驚きに思考を停止した。

「だって、ほら。さっきまで」

「いないですって」頑なにそう答える警察官に頷かざるを得なかった。

あ、と警察官は声を上げる。私は隙を埋めるようにこう聞いた。

「どうかしたんですか」お茶を濁そうとする彼に、もう一度追求する。

「絶対内緒ですよ、あまり知れ渡ってはいけないことなんですけど。体験されたなら、私も気持ち悪いので言います。あなたが体験したようなことが、たびたび起こるんですよ」

私は確かにそれを聞いた。

「確か、潔子という女性」

私は驚く声も出ず、ただ空虚に空を見る。

「異性とのトラブルらしいですよ、それでドボンって」

私は思わずそれを聞いた。

「すいません、ちなみに男性の名前は」

「今野、だったっけな」

合致したその事実に戸惑いを覚える。それを超えて吐き気を催した。

「でもな、その事件。53年前の事件だ」

それを聞いて私はすぐに東京に戻ると決めた。

しかしながら民宿を手配していたため、それも持ち越しになってしまった。

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