海の自殺中継
雛形 絢尊
第1話
「それでですね、この場所で実際にそれが起きたってことは」
城島昭は目撃者である今野という男性に問いかけた。
「概ね事実です」
概ねという単語に疑問を抱いたため、再び聞き返す。
「いや、そうなんですけど。確かに見たっちゃ見たんです。それは間違えありません。
でもこう皆さんがいうように、一切見つからないじゃないですか証拠が。
だから疑われても頷くことしかできんのです」
彼は事実を述べている。その焦りを収縮した目を見ればわかる。
「そうですか」と単調に返事を返すと、「すいません、お力になれなくて」と頭を下げた。
これでまた仕切り直しか、と駐車場にか足を進めようとすると、今野がこんなことを言った。
「名前だけはわかります。潔子、潔子という名前です」
*
私は思わず立ち止まり、彼の目を見た。すると途端に彼がまたこんなことを告げる。
「出てくるんです、たびたび夢の中で。髪が長くて白い服を着た女。
揺れながらこっちに寄ってくるんです。すた、すたと。気持ちが悪いのでもうすいません言っちゃいます。私が見た崖に飛び込んだ女とそっくりなんです。容姿も声も」
私はある単語に焦点を当てた。「声?」
「はい、声なんです。警察の調べには応じなかったんですけど、彼女がそこ、そこで飛び込む直前に、なんていうですか気を取り乱すような声をあげていて、俗にいう発狂?発狂している声なんですよ。それを聞きました」
「取り乱した時とそっくりということですか」
彼はうんうんと頷きながらこう言った。
「そう、そうです。なかなか聞かないじゃないですか。女の人の発狂する声ですよ」
「確かに」
「そうなんですよ、なので完全に一致したような、確証という確証ではないですけどね」
私は彼女の飛び込んだ崖を眺めた。午後の日差しが差し、多少の緑が茂る。
その柵は両方向から安全のために覆ってあるが、その柵をも超えて彼女は飛び込んだ。
大の大人でも柵を越えるのが一苦労である。
私は気になったことを彼に問うた。
「今野さんが訪れた時間、警察でも何でもないんですけど伺っていいですか。19時半って、割と変な時間じゃないですか」
顔を少しあげ、彼はこう言った。
「あーあー、犬の散歩ですよ。そりゃ疑われますよね。実家がこの辺りで、シバ犬を飼っているんです」
別に何も不審な点ではない、彼は接点という接点があるわけがない。
そこである声が聞こえた。中年男性の声がする。
彼は自転車でパトロールをしているのか、その服装を見ればすぐに警察官だとわかる。
はい、と私が応じると、「ここで長い時間何を」と訊かれた。私は面倒なことになる前に、正直にこう答えた。「雑誌の取材で昨日から訪れたんです。迷惑でなければ少しあることを聞いていいですか?」意外にもええ、と返事をくれた。
「ありがとうございます、この崖で起きたことについてです」
空返事をする警察官に違和感を抱いた。その目線が彼の方に向けられていないことに。
私は先ほどまで話をしていた今野という彼の方に目を向ける。
「どうかされましたか?」警察官の一言を聞く前に彼が存在していない、ということに気がつく。
「ここにいた若い男性は」警察官は驚いていう。「え、いませんよ」
私はあまりの驚きに思考を停止した。
「だって、ほら。さっきまで」
「いないですって」頑なにそう答える警察官に頷かざるを得なかった。
あ、と警察官は声を上げる。私は隙を埋めるようにこう聞いた。
「どうかしたんですか」お茶を濁そうとする彼に、もう一度追求する。
「絶対内緒ですよ、あまり知れ渡ってはいけないことなんですけど。体験されたなら、私も気持ち悪いので言います。あなたが体験したようなことが、たびたび起こるんですよ」
私は確かにそれを聞いた。
「確か、潔子という女性」
私は驚く声も出ず、ただ空虚に空を見る。
「異性とのトラブルらしいですよ、それでドボンって」
私は思わずそれを聞いた。
「すいません、ちなみに男性の名前は」
「今野、だったっけな」
合致したその事実に戸惑いを覚える。それを超えて吐き気を催した。
「でもな、その事件。53年前の事件だ」
それを聞いて私はすぐに東京に戻ると決めた。
しかしながら民宿を手配していたため、それも持ち越しになってしまった。
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