第12話 勇気に乾杯!

生物の「進化」は何によってもたらされるのか。


その答えの一つには、突然変異論がある。


また別の答えには、自然淘汰という考え方もある。


しかし個人的には、「生物進化が未完成ゆえの可能性」という点に注目したい。


もしこの世の中に、性質が均一な人間のみが生存していたとしよう。


その場合、世代を追うごとに性質の劣化あるいは進化は起こらないだろう。


デジタルのコピーを繰り返すのに等しいからだ。


しかし現実は性質が千差万別である男女によって次世代が構築され、世代間には相当な差異が存在してしまう。


中には性質の劣化を伴うものもあるに違いない、その一方で性質のバージョンアップを伴うものも存在するのだ。


これが進化の源であると思われる。


男女のマッチングの過程では「恋愛」というフィルターが存在するが、しかしそのフィルターも完全ではない。


むしろ、ミスマッチの中にこそ突然変異的な進化があるのではないか、と神さまは考えたのかもしれない。


まったく余計なことを考えるものだ。


その日、僕はダダ星人に呼び出されていた。


*****


文化祭も過ぎてしばらくした冬の日の夕刻。


閑散としている喫茶店の中。


隅のテーブルには数人の姿が僕を待っていた。


怪獣墓場ですか?ここは?!


ダダ星人、アジャコング、左とん平に加えて、牛がいた。


牛・・・?


自分でも自分の直感を疑った。


しかしその容貌、体型、なによりオーラが「牛」以外の何物でもなかった。


違う進化の道を辿った生物を発見!!


目を合わせたら、喰われる・・・

(普通の牛は草食だけど、コレは違う・・・)


僕: 「久しぶり・・・」


ダダ: 「・・・。」


ここの重力は、通常の5倍は重かった。そういう空気だったのだ。


アジャコングその他は黙ったままである。きっと立会人気取りなのだろう。


ダダ: 「なあ、単刀直入に聞くけど・・・、浮気してるやろ」


浮気とは。辞書には下記のように定義されている。

気まぐれに異性から異性へと心を移すこと。あるいは妻や夫、特定の異性を関係者として認めながら、他の異性と情を通じること。本気の反対。


ねえ、どこに本気があるの?


いつから僕とキミは付き合ってたの?


ていうか、誇大妄想も甚だしい。


僕: 「浮気・・・?」


ダダ: 「最近、ぜんぜん相手してくれへんやん」


ずっとしてません。


もともと、これっぽっちもしてません。


僕: 「いや、だって、もともと・・・」


イタイ!


テーブルの下で、誰かが僕のスネを蹴っていた。


牛か?!


見ると、「ごちゃごちゃ言ってないで素直に謝れ!」と表情が語っていた。


きっと僕は彼女たちのあいだで、ココロをもてあそぶ最低の男として定着しているに違いない。


アジャ: 「ちょっと聞いてんの?」


左とん平: 「いったいどう責任取るつもりなん?!」


責任・・・?


ダダ星人を見ると、目が泳いでいる。僕と目をあわさない。


既成事実のねつ造か!!


ここにいる3人の中では、ココロだけでなくカラダももてあそぶ最低の男になっているに違いない。


いろんな意味でそんな勇気はないんだ。


ところで、ウソも100回つきとおせば事実になるという。


かつて、ナチス・ドイツの宣伝大臣であったヨーゼフ・ゲッベルスの有名なセリフで、例え嘘であっても繰り返し言い続ける事により、誰もが真実と感じるようになるという意味。


嘘の内容の規模が大きければ大きい程効果があるとされ、プロパガンダの天才と称されたゲッベルスの大衆操作の手段として有効に使われた手段だ。


ダダ星人の狙っている策略は明らかだった。


ここで、責任を取らせるという圧力をもって、「付き合う」という言質をとり、「付き合っている」というウソを事実にしてしまうことだ。


萬田銀次郎もちょっとたじろぐレベルだ。


そのタチの悪さに立腹するとともに、自分よりも上の策略家がいることに驚愕もしていた。


僕: 「いいかい。よく聞いてほしい」


僕は努めて冷静に、そして真摯に口を開いた。


ここで必要なのは、ガマンだ。


僕: 「そう、僕はキミが好きだった。そして口では言わなかったかもしれないけど、付き合ってたのかもしれない。でも、最近気が付いたんだ。きっと僕とキミは、価値観が違うんじゃないかな・・・」


価値観の違い。


なんかよくわからないけど、強いパワーを持つ別離の言葉。


そこにいる4人の視線をしっかりと受け止めながら、僕はダダ星人を見つめて言った。


僕: 「キミのことは、好きだけど、いや、好きだからこそ、友達に戻ろうと思う」


もう吐きそうだよ、父さん。いや、ほんとに。


・・・。


僕は自分のコーヒー代を置いて、先に喫茶店を出た。


新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むと、吐き気はなんとなく消えた。


あの3人(頭?匹?)にはの誤解が残っているのかもしれないが、もうどうでもいいや。


*****


その晩、電話があった。


ダダ星人からだった。


ダダ: 「今度の日曜日、映画行きたいな」


僕: 「・・・。さっき喫茶店で、目を開けながら寝てたの?」


ダダ: 「ううん、友達に戻ろうっていう話でしょ?だから友達として誘ってるの♪」


僕: 「・・・。ふーん」


父さん、今日はね、いつも言えなかったことを言えた日だったんだ。


自分の勇気に乾杯!の一日だったよ。


でもね、意味がなかったんだ。全然へこたれてないんだよ。


怖い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る