第7話 やっていいことと悪いことがある
古都・平安京では貞観11年(869)に疫病が流行し、死人が多数出た。
これは、牛頭(ごず)天王のたたりだといわれ、そこで牛頭天王をまつり、疫病退散を祈願して矛(鉾)をたて、祇園の社に祈願したのが祇園祭のはじまりとされている。
今から考えれば衛生環境の未発達な土地に人口が集中すれば感染病が爆発的に拡まるのは当然のことなのだが、当時災難危難を忌みごととして処理するのは仕方のないことだったのかもしれない。
京都の本格的な夏は、ちんとんしゃんの祇園ばやしとともに始まる。
7月半ばの宵山では地方からの観光客も含め、数千人の人出によって最大のクライマックスを迎える。
そして京都四条界隈は浴衣で3割増のカワイサを得た女のコであふれることになる。
その年、僕は胸がときめくような出会いを求めて友人らと祇園祭に出掛けたのだった。
京都の夏は暑い。
盆地のために日が落ちて夕暮れを過ぎてもじめっとした空気が澱んでいる。
友人らと木屋町を歩きながらバーにでも入ろうかと話をしていたときのことだった。
「よッ!」
背後から忍び寄ってきたのは、紛れもないダダ星人だった。
20年間動きつづけた心臓が止まりかけた。
その年、裾丈を短くしたミニスカ風の浴衣が登場していた。
彼女が着ていたのもソレだった。
生足丸出しの西川のりお師匠を想像してほしい。
僕がまだ小学生の頃。
ヤンチャだった僕はよくふざけてモノを壊した。
その度に父にこう言って叱られたものだった。
やっていいことと悪いことがある。と。
彼女も友人らと祇園祭の宵山に遊びに来ていたらしかった。
確かに京都に住んでいる以上、祇園祭の宵山に来るのはある意味当然だ。
しかしその祭りの範囲は四方数ブロックにも渡るもので、まして数千人の人ごみの中から知人を探すのは容易なことではない。
嗅覚が犬並みなのかもしれない。
僕: 「あ、キミも来てたんだ、そっか、是非楽しんでくれよ、それじゃ」
そう言って足早にその場を立ち去ろうとしたのだが、
ダダ: 「それじゃ、またね」
と、一緒に来ていた友人に挨拶をしたのだった。
常識ある人の展開は、こうはならない。普通、一緒にいた友達を優先するだろ。
人として間違った行為であろうことは明白だった。
そして、女のコ付きで運命の出会いはできるはずもない。
また後で連絡するから、と言って僕の友人も消えた。
僕: 「・・・。」
天罰、という言葉がある。
悪事を働いた者には、まわりまわって神さまの仕組んだ罰があたる、というものだ。
確かに悪が栄えた試しはなく、おそらく罪には相応の罰が下されるのが普通だ。
でもまだ僕は何も悪いことしてません!
隣でダダ星人が微笑んでいた。
ダダ: 「ねえ、先週の七夕の日、何をお願いした?」
僕: 「そういえばそういうのもあったっけ」
ダダ: 「ねえねえ、アタシの願いごとの内容、知りたい?」
いや、別に。本当に、別に。
僕: 「・・・。」
ダダ: 「ねえねえ、短冊の中身知りたくない?」
僕: 「いや、別に・・・」
ダダ: 「教えてあげな~い♪」
オマエ、何が言いたいんだ?
僕は中学高校の時は陸上部だった。
木屋町通りは芋を洗うような混雑だ。
アクシデントを装ってはぐれることができるか・・・?
人ごみをかき分けるのはそう得意ではないが、まあ、バスケみたいなものか。
フットワークの軽さが勝負だ・・・。
僕: 「あ、向こうに友達がいる!」
架空の友人の存在を口にして、僕は走った!
人ごみをかき分けてぶつからないように、走った!
シューズをきしませながら、走った!
一息ついて振り向くと、ピタリ50センチの距離にヤツがいた!
僕は霊の存在は信じないほうだが、憑依霊がどんな様子で捕りつくのかは想像することができた。
なぜついてこれるのだろう・・・。
いや、なぜついてくるのだろう・・・。
ダダ星人は軽く息を弾ませながら僕のシャツをつかんで、
ダダ: 「いきなり走っちゃダメだよ・・・」
僕: 「あ、人違いだったみたいだな・・・」
ふしゅぅぅぅ、ふしゅぅぅぅ、ふしゅぅぅぅ
至近距離で奇妙な音が聞こえた。
ふしゅぅぅぅ、ふしゅぅぅぅ、ふしゅぅぅぅ
ダダ星人の鼻の奥で鼻クソが引っかかっていたのかもしれないが、もはやそれはどうでもよいことであった。
偶然を装って、ダダ星人は僕の左腕に、腕をからませていたのだ。
え?なんで?
なんでなの?
どういう流れで?
人間はパニック状態になると理性的な思考ができなくなるというが、それは本当だろう。
一つだけ確かだったのは、アクシデントを装って逃げ出そうとしたことが墓穴を掘ったに等しい行為だということだ。
祇園祭はたたりを防ぐねらいがあるという。
たたりを防ぐ・・・。
僕がたたられていた
ショーウィンドウに姿が映る。
裾丈の短い浴衣を着ているのは少し西川のりおに似た顔の大きい人で、捕獲されているのはとても切ない表情をした僕だった。
姿が少しゆがんで見えた。
母さん、涙で前が見えないよ・・・。
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