第6話 ターザンとハニワ?

 僕は普通の恋がしたかった。


 胸がときめくような恋。


 相手のことを想うだけで胸がはちきれそうになる恋。


 吐き気がするような恋じゃないんだ!


 その当時、ある女のコが僕を気に入っていたようだった。


 顔がとてもダダ星人に似ていた。


 残念ながら僕はこれっぽっちの好意も持ち合わせていなかったのだが、そのコは「恋愛は格闘技」であることを知っていたかのようだった。


 圧倒的なパワーで有無を言わさずに攻撃を繰り返すそのスタイルは、今から思うに、ボブ・サップに近かった。


 ガードがあろうとなかろうとそれは問題ではないのだ。


 勝てば官軍なのである。


 僕はその猛攻を防ぐのに精一杯だった。


 *****


 梅雨の始まったその年の6月のとある日。


 その日は僕の誕生日だった。


 ダダ星人がちょっと高価なプレゼント攻撃を仕掛けてくる可能性が少しばかりあった。


 それならそれで、「こんな高いの受け取れないよ。気持ちだけもらっておくね」と断れる。


 しかし、その時僕はとても困惑していた。


 ポストに何かが入っていると思ったら、ダダ星人から僕宛ての手紙だった。


 開けてみるとバースデーカードだった。


 しかしそれだけではなかったのだ。


 5枚の厚紙も一緒に入っていた。


 それらは、カラーペンで女のコらしく装飾されていた。


『肩たたき券・いつもご苦労様♪』


『お食事券・また作ってあげるネ』


『一緒に映画に行ける券・ホラー以外で!』


『一緒にディズニーランドに行ける券・あ、泊まり?キャ!』


『ひみつ券・♡』


 いったいどうしろというのか


 えーと。


 いろんな意味で間違ってるよ!と取り合えずツッコんでおこう。


 ひみつ♡って何だよ!とか細かいツッコミ所はあるのだが、ありすぎるので省略する。


 ただ一つ言えるのは、


 全然お得じゃないんだけど。という点だ。


 とにかく、これに対してどうリアクションを取ればいいのかがわからなかったのだ。


 ダダ星人はたまに人智を超えた行動をとる。


 僕は小学校低学年の頃はよくケンカをした。


 クラスでも悪ガキだったのだ。


 そしてその度に当時のクラス担任だった先生にこんなふうに叱られたものだった。


 先生: 「いいか、ケンカするのは悪いことじゃない。でもな、相手の言い分を100%理解したか?その上でケンカするならいい。けど、相手の言い分をわかろうともしないでケンカなんかしちゃダメだ」


 先生、本当にわからないこともあるんです!


 通常、プレゼントをもらったときのお礼の仕方は、金額に換算すればある程度推測できる。


 数百円のお菓子なら、次に会ったときにでもついでの「さんきゅ」で済むが、数万円の時計とかだった場合には相応の対応が必要だ。すぐに電話するとか。


 この5枚の券の価値はいくらだ?


 それがわからなかったのだ。


 ・・・。


 数日後。


 電話があった。


 ダダからだった。


 ダダ: 「手紙届いた?」


 僕: 「・・・。ああ。カードね。ありがと」


 ダダ: 「その日のうちに返事とかくれなきゃヤダ~。」


 僕: 「・・・。すまん」


 ダダ: 「すっごく価値あるんだからね!」


 そうなの?


 ダダ: 「ねえ、ひみつ券の中身何か知りたくない?」


 いや、別に。本当に、別に。


 僕: 「う~ん・・・まあ、教えてくれるなら・・・」


 ダダ: 「残念でしたー。あれは他の4枚のカードを使い切ったあとじゃないと教えてあげないんです~(笑)」


 なんだろう、この、「聞くだけ損した」的な気分は。


 つまり肩たたきとか食事とか映画とか泊まりでディズニーランドとかをつきあえ、と?


 ゴルゴ13が実在したらきっとこの瞬間に雇っていたと思う。


 僕: 「そうなんだ。へー。」


 ダダ: 「もうちょっと感動してよー。感謝とかしてほしいなあ」


 なんか、どうでもいいや。


 僕: 「ハイハイ。感謝してます感謝してます」


 ダダ: 「じゃあダーリンとハニーになってもいい?」


 人間の耳とは不思議なものだ。


 どんなに騒がしい場所でも、小声で会話することができるのは、意図的に雑音をシャットアウトする機能が備わっているからである。


 ターザンとハニワ?


 僕には本当にそう聞こえたのだ。だから、


 僕: 「何それ?」


 ダダ: 「何でもない、もういい」


 きっと僕は相当に冷たい男だと思われただろう。


 気付いていなかったからこその、そっけない返事だった。


 その時に気付いていたら、失神していたに違いない。


 ダダ: 「それじゃあ、一枚目の券、いつ使う?明日とか?」


 使う予定はずっとない。


 ところで、人間には「心」というものがある。


 おそらく、宇宙にある未知のあらゆる生命体の中でもここまで高度に精神を育んだ生物はないのではないだろうか。


 その高度な精神メカニズムには、高度であるがゆえに必要となった防衛機能がある。


 それの一つが「忘れる」というものだ。


 人が突然に悲しい、あるいはツライ出来事に直面したとき、失神という形で心を防衛することがある。


(失神できなかった場合は精神が崩壊することもありうる。)


 心の防衛機能はその瞬間だけにとどまらない。


 その出来事のあと、時間とともに記憶を薄れさせることで悲しみやつらさを緩和することができるのだ。


 そう、時がすべてを忘れさせてくれるハズ・・・。


 後日、僕はスターバックスにいた。


 目の前にはダダ星人がいる。


 普段口を閉じているときは、顔の大きさ、クチビルの大きさが印象的だ。


 だが、しゃべったり、何か食べるときには違った部分でインパクトを与える。


 歯グキが出ている。


 上の歯グキが常に空気にさらされていると言ってもいい。


 たまに前歯が乾いてしまって、上唇がはりついていることもある。


 そういうとき口を閉じようとすると、たまに上唇が巻物状態になる。


 その度に舌なめずりをして、前歯を潤すのだ。


 不思議な人だ・・・。


 ダダ星人から誕生日のカードをもらってから数日後に電話があった。


 僕は早々に切り上げて受話器を置きたかったのだが、どうやらこの時は並々ならぬ決意を持っていたと思われる。


 かつてのように5分おきの伝言で留守電が一杯になるのは避けたい。


 そして、その日僕はスターバックスへ赴いたのだった。


 ダダ: 「あのね、ひみつ券の中身何か知りたくない?」


 以前の電話でも聞いた話だ。


 僕: 「う~ん、・・・まあ、教えてくれるなら。でも教えてくれないんだろ?」


 ダダ: 「他の4枚のカードを使わないと教えてあげない~(笑)」


 僕: 「・・・。」


 ダダ: 「ひみつ券の中身何か知りたい?」


 僕: 「だからさ、教えてくれないんだろ?」


 ダダ: 「他の4枚使わないと教えない~♪」


 オマエ一体何が言いたいんだ?


 恋愛に関して一つ重要な要素をあげるとすれば、それは優しさとか資産とか見た目とかそういうことではない。


 相手のメンタルな部分に対する興味や好奇心だ。


 裏表のない実直な人がモテるかといえばそうではない。


 多少ミステリアスな部分がある人のほうがモテるケースは多々ある。


 だとすれば、この場合ダダ星人が「ひみつ券」の中身に対して興味を持たせようとしていることは理に適っているといえよう。


 確かに僕は彼女に興味や好奇心はあったが、それはあくまで生物学かつ生態学的な面に関してであって、残念ながら決してメンタルな部分に関してではなかった。


 そして何より、知っちゃいけない、と本能が警鐘を鳴らしていた。


 後戻りできない道に足を踏み入れるほどの冒険心は持っていなかった。


 僕: 「・・・。そのうち、でいいよ」


 ダダ: 「いいな~●くん。こんなイイプレゼントもらって。あたしも誕生日にバラとかもらいたいなあ。年齢の数とか」


 僕: 「豚のバラ肉?年齢と同じグラム数?安上がりでいいね、ソレ」


 ダダ: 「肉じゃなくてお花!」


 僕: 「そのうちイイ彼氏見つかって、贈ってもらえるよ」


 この時、言葉の駆け引きが始まっていたことに気付くべきだった。


 そして相手ペースの会話に引き込まれる前に話題転換をすべきだった。


 ダダは、ニヤ、と笑ったようだった。


 しまった!


 瞬間的に僕は自分のうかつさを呪った。


 相手の戦術は二段構えになっていたのだ。


 一つめは贈るという行為。


 二つめは欲しがるという行為。


 ダダ星人は、このチャンスを待っていたに違いない。


 そして、一言一句予想通りのセリフがそこにはあった。


 ダダ: 「じゃあ、もし彼氏できなかったら●くんが贈ってくれるよね?」


 僕: 「あ、いや・・・。それとこれとは関係のない話で・・・。」


 平成 3年11月11日、身長170センチ体重100キロの舞の海は、身長204センチ体重233キロの曙と対戦した。


 曙はそのパワーと体格にものを言わせ、圧倒的な強さで押し倒そうとしたが、技のデパートとも言われる舞の海はその攻撃をしのぎきって、曙に土をつけたのだった。


 あきらめるな、おれ。


 目指せ恋愛の魔術師。


 ダダ: 「●くん。私にバラの花束くれる?」


 僕: 「誕生日にバラの花束ってカッコイイよね。わかるよソレ。そう、そうなんだよ。誕生日にバラの花を贈るっていうのは彼氏の義務であると同時に権利でもあるんだ」


 僕はひとつ息をついて言葉を発した。


 ダダはきょとんとしている。


 僕: 「いいよな、彼女の誕生日に花束ってさ。だから僕もほんとに好きになった彼女にしかバラの花束は贈らないって決めてるんだ。もし万が一、仮に、おれとキミが付き合うようになったら贈るよ。初めての誕生日花束は、ちゃんとした彼女に、って決めてるんだ」


 矛盾は、していない。


 僕: 「ちゃんとした彼氏じゃない人から花束なんて、それはもらうほうだけじゃなくてあげるほうにとってもイイコトじゃないから」


 ダダ星人を見ると、困惑した表情で固まっていた。


 きっと意味がつかめなかったのかもしれない。


 僕自身も後半部分は何言ってるんだかよくわかっていなかった。


 ひとつ、確実だったのは、その時やはりダダ星人の上唇が乾いた前歯にはりついていたことだった。


 父さん、世の中が広いって本当なんだね。

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