ビューティフル・ドリーマー
猫柳蝉丸
本編
オレはこれから村上との戦いに赴く。
九十二日前、オレは村上に完膚なきまでに敗北した。惨敗だった。負け知らずのオレの初めての敗北だった。
叩かれ、滑らされ、転ばされ、打たれ、蹴られ、関節を極められた。
オレだって容赦はしないタイプのつもりだったが、村上のそれはオレとは一線を画していた。
戦いに、攻撃に、何の躊躇もない。
暴力……、そう、ただ純粋な闘争反応から生じる暴力だ。
オレはビビった。
恐怖し、萎縮し、叫び声まで上げてしまっていた。勘弁してくれ、オレの負けだ。と。
オレはそうして惨敗し、全身傷だらけで二週間は動けなくなった。体力的にも、精神的にも。
この喧嘩しか能がないオレが、もう二度と戦いたくないとまで思ったほどだった。
だが……、不思議なことにオレの闘争心は日に日に復活を始めていた。
不思議でも何でもない。結局オレは戦いたいし、負けたくないし、村上にやり返してやりたいのだ。
心が折れなかったわけじゃない。折れまくった心だからこそ、歪みまくった心だからこそ、オレは再び立ち上がったのだ。
それからの二ヶ月は鍛錬に次ぐ鍛錬だった。努力は恥だ。だが、負けるよりは何万倍もいい。
だからオレは鍛えた。走り、跳び、血を吐き、血の小便を出し、それでも鍛え続けた。
オレより遥かに大柄な村上と遜色なくとまでは言えないが、少なくとも前よりは遥かに鍛え直してみせたのだ。
「……やってやるぜ」
自分に言い聞かせるように呟いてから、オレは決戦のリングに続く道を歩き始める。
負けない。負けたくない。やり返してやる。今度こそオレの力を、オレの暴力を認めさせてやる。
オレはそのためには何でもやってやると誓ったのだ。
「よう、逃げずに来たみたいじゃねえか。褒めてやるぜ」
オレはいつの間にかリングの上に立っていたらしい。
嫌らしく憎たらしい表情を浮かべた村上がオレを挑発していた。
不思議な気分だった。以前のオレだったらすぐさま殴りかかっていただろうが、心はひどく平静だった。何故だろう。心の底から笑いたくなってくる。
ああ、そうか。オレは村上が好きなんだな、と気付く。渾身の暴力をぶつけられる、ぶつけあえる相手になど、そう簡単に出会えるものじゃない。
だからオレは笑っているし、村上もオレを嬉しそうに挑発しているんだな。
「よう村上、久しぶりじゃねえか。すぐにその笑顔を消してやるから光栄に思えよ」
「言うじゃねえか青二才が」
村上と話しながらオレはリングの状態を確認する。
前の戦い、オレはこのリングの戦いに最後まで慣れることができなかった。いいわけじゃない。オレが甘かったってだけの話だ。
だが、大丈夫だ。この特殊なリングで戦えるようあらかじめ準備してある。前のように呆気なく転がされることも無いはずだ。
「楽しそうじゃねえか朝霧」
「おまえこそな村上」
「楽しいに決まってるじゃねえか。前回あれだけ転がして痛めつけてやったヤツが鍛え直してオレの前に立ち塞がってやがる。こんなに楽しいことはねえよ。押し倒してキスしてやりたいくらいだぜ」
「オレにそんな趣味はねえよ」
「オレにだってねえよ。それくらいボロボロにしてやりてえってことさ」
「気が合うな」
「何よりだぜ」
下らない軽口。
楽しくはあるがこれ以上浸っていても仕方ない。
よし、とオレはリング外に立っているレフェリーに視線を向ける。村上も視線を向けた。それが合図だ。
レフェリーの前口上が終われば、オレはついに村上と戦うことになる。存分に暴力を振るい合える。
前と同じ轍は踏まない。今回こそ村上にオレの力を刻み込んでやる。
そして、レフェリーの力強い前口上が始まった。
「皆さんお待ちかねーっ!
三ヶ月前、一度戦った二人の再戦が始まります!
その時はチャンピオンに惨敗したチャレンジャーでしたが、更に鍛え直してのカムバックです!
152センチ43キロ!
小さく狂暴なチャレンジャー、朝霧綾乃!
迎え撃つは絶対王者!
今日も我々の期待を裏切らない熱くぬめった戦いを見せてくれることでしょう!
173センチ72キロ!
戦うデンジャラスチャンピオン、村上ヘレン!
二人の戦いをこれから開始します!
ハイパー・ビキニ・ローション・キャット・ファイトォォォォォッ!
レディィィィィッ・ゴォォォォォォォォォォッ!」
完ッ!
ビューティフル・ドリーマー 猫柳蝉丸 @necosemimaru
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