第5話 清美と 5

 部室は寒かった。先週からの続きで、ぼくはまた石膏デッサンでマルスを書いていた。どうにもまとまらない。手もかじかんでいるが、夏よりも冬のほうがデッサンはやりやすい。


 午後になって、昼飯でも食べようかな、と思っていたら、化学科の真理子が部室に入ってきた。


「あ!いたいた!見つけたぞ!明彦!」と真理子が言う。

「朝からここにいたよ」

「誰かいないかな、って思ってたのよ。昼ごはんを一人で食べるの寂しいじゃない。それとも、食べちゃった?」

「いや、これから食べようと思っていたところだよ」

「よし、付き合い給え。あ、そうそう・・・」とズボンのポケットに彼女が手を突っ込んだ。「これ、預かったんだ。鈴木清美ちゃんから。さっき外で会ってさ、『ちょうどよかった。真理子先輩、宮部先輩に今度会ったらお渡ししてくださいませんか』って言われて」と手紙を差し出された。


「手紙?」薄い封書だった。表には『宮部明彦様』と書いてある。ひっくり返すと『19XX年2月27日(月)、鈴木清美』とあった。


「なんなの?ラブレター?あ!あんた、清美ちゃんに手を出したの?雅子先輩が京都に帰っちゃったからって、私には近寄らないくせに、新入生に手を付けたんでしょ?この野郎!」

「違うよ、真理子」


 ぼくは手紙の封を剥がした。便箋が一枚入っていた。


 可愛い字で書かれた文章。


「明彦様、

 先週は楽しかったです。東京での最後の思い出になりました。

 実は、私、大学を受け直して、四月から仙台の大学に再入学することになっていました。

 お話しできなくてごめんなさい。

 この大学に入学以来、ずっと明彦のこと、好きでした。

 だけど、私、好きなんて言えない女の子だものね。

 だから、先週はうれしかった。

 今日、これから仙台に電車で帰ります。

 今日大学で会えればいいんだけど、会えないことを考えて手紙を書きました。

 私が東京に来たら連絡します。

 遊んでくださいね。

 清美」


「ねえ、なになに?ラブレター」と真理子が聞く。

「違うよ。彼女、仙台の大学を受験し直したんだそうだ。それで、今日の電車で仙台に帰ってしまう、とこういう話だよ」

「あらあら、明彦ってば、知り合いの女の子はみんな故郷に帰っちゃう運命なのね」

「そういう運命は勘弁してほしいな」

「私は東京生まれの東京育ちでどこにも帰らないんだけどね。惜しいことしたね。もう私、三浦と付き合ってるんだから」

「まあ、しばらく女の子とは付き合わないことにするよ」

「やっぱり!雅子さんと付き合ってたわね?」

「ハイハイ、付き合っていました」

「どう?三浦と別れてあげるから、私と付き合わない?」

「おいおい、三浦が可哀想だろ?」

「じゃあさ、三浦に内緒で付き合ってあげる。この真理子の体、明彦、自由にしていいわよ!」

「お前なあ、そういう体の付き合いってしない主義なんだよ。友達のままでいようよ」

「つれないやつね!まあ、いいわ。ご飯に行きましょ」


 清美からの連絡はなかった。

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