第13話 京都に戻ってこい

明彦が大学二年、小森雅子が大学三年、仲里美姫が浪人生の頃。台湾マフィアとの抗争も終わり、一段落した秋の話。


🔴よこはま物語 Ⅱ、ヒメたちのエピソード

 ヒメと明彦4、芳芳・良子編以降を参照。



 先週の月曜から、パパが京都から出張で東京に出てきてた。パパ、出張する時は事前に連絡くれるさかい、明彦にもミキちゃんにも知らせられたし、明彦とミキちゃんと一緒に部屋でした痕跡は綺麗に掃除して気ぃつかれることないようにしてた。三人で、夜から朝までセックスしてると、部屋が獣臭うなる。


 ベッドのマットレス干したり、使ったタオルも二度洗いした。三人の体液こぼれた床掃除とか、部屋に消臭剤まくとかした。セックスって、体液交換やし、三人ともフェロモン出しまくりやさかいしゃあない。明彦の着替えの衣類とかもうちの部屋のクローゼットの奥深くしまって、彼の気配消した。ママやったら気ぃつくかもしれへんことでも、男のパパは気ぃつかへん。そういうとこは男は鈍いんや。


 それで、日曜、昨日、あれ?一昨日かな?京都に帰る寸前のことや。もう部屋出るいう玄関口で靴も履いてしまって、見送りに出たうちに立ち話で、


「雅子、折り入って話がある」

「何?どしたん?」

「お前、家の遠縁の斎藤酒造って知ってるよなぁ?」

「ああ、斎藤さん?伯父様の?」

「そうそう、お前もあそこのタケルくんとは幼馴染やろ?」

「タケルなぁ、うん、幼馴染どころか、デートしたこともあるで。それ以上の関係やないけど」

「あそこの女将さんが末期ガンで余命あんまりないんや」

「え~、伯母様が?」


「そうなんや。それでなぁ、斎藤酒造とは関係ない話なんやが、家の和紙問屋も不景気で経営思わしくないんや」

「困ったなぁ。うちはどうしたらええん?パパ?」

「それでなぁ、酒蔵の女将さんいうんは、大変な仕事で、杜氏の手配、お世話から、材料の仕入先、納入先との付き合い、手配、いろんな酒蔵の亭主を助けなあかん、なくてはならん立場の人間なんや」

「じゃあ、伯母様亡くなったら大変やん?」


「そうなんや。それで、昔々、伯父貴と話してたんやが、タケルくんに雅子もらってもらおう、斎藤家に嫁がせよ、いう話あってなぁ。随分前で、二人共忘れてしもたんやが、女将さんの病気で二人共思い出したってことや」

「ちょっと待ってや。うち、そんな話聞いてへん」


「もちろんや。二人共忘れてたくらいやさかい。タケルくんは生物学専攻やさかい、酒造会社継いだら、発酵過程とかいろんな酒造りの改良もできる。雅子は化学専攻やさかいタケルくん補佐できるとね。でも、まぁ、雅子の学位は急がんでもええが、酒蔵の女将さんの修行は急ぐんや。そこで、雅子にお願いやが、一旦、大学休学して、花嫁修業と女将さん修行して、タケルくんと婚約して、結婚して欲しい。大学なんか、いつでも復学できる。結婚して落ち着いたら、関西の大学に転学して、学位終了してもええ。家の和紙問屋もいろんな援助してもらえる。もちろん、お前を人身御供にするってわけやないが、小森と斎藤で親しい縁戚になったら、両家もお互い助け合えるいうことなんや。ほやさかい、雅子、今、ちょうど三年生の後期課程やろ?今休学届出せば、身辺整理して、十一月初めには京都に戻れる思うんや」


「パパ、そんな、急に。うちの身にもなってや」

「勝手なお願いやいうことはわかる。でも、タケルくんだって悪い男やない。経済的にもお前も安泰やろ。お前とタケルくん、小森と斎藤の家のためにも、お願いや。そうして欲しいんや」


 こう一方的に言うと、パパ出てってしもた。うち、追いかけよ思たけど、もう逃げるように廊下行ってしもた。



「えええ?なんて話なんだ!」と明彦が言う。

「確かになぁ、パパには、うちが明彦と付き合ってるなんて話してへん。でも、おいおい家族に紹介しよ思てたんよ。でも、それって、遠い話やろ?うちも明彦も、今、結婚なんて考えられへん。それはこれから付き合って、思てたんや。ほやさかい、パパもうちはボッチと思い込んでるんや。明彦、どうしよ?」


 明彦、腕組みして唸ってる。そうやなぁ。大学二年生の明彦にどうすることもできへんよなぁ。個人のお見合い話なら断るん簡単やけど、ことが家と家の話にもつながる。明彦に聞いてもしゃあない。うちも残酷なこと彼に聞いてしもた。なんか、泣きたいわ。


 ミキちゃん、髪の毛ガリガリ引っ掻いて「これは。小森家と斎藤家の、雅子さんに対するオファーで、それを明彦にカウンターオファーを出せ、と言っても、大学二年生の彼に出せるわけがないよ。困ったよぉ」


 これはめっちゃ古典的な日本の話。未だに結婚が、個人と個人の関係に依るだけでは済まへん、家と家の結びつき関わってくるいうこと。おまけに京都やもん。古いしきたりで充満してる。大阪や東京より状況悪いなぁ。雅子パパ、明彦の存在知らんさかい、雅子さんとその幼馴染が昔から仲良かったわけやし、許嫁、結婚に進んでも何の問題もない、思てる。


 相手の酒蔵も雅子女将さん誕生すれば助かるわけやし、縁戚関係で雅子さんの和紙問屋の実家もどうにかなるかもしれへん。タケルさん?彼も生物学専攻、雅子さんも化学専攻、酒造りの発酵技術にも役立つ。雅子パパと斎藤の伯父さんにとっては、八方めでたし、いう解決策。


「雅子パパが思い込んで雅子さんに一言聞かないのが悪いのだけどね。でも、じゃあ、大学二年生の明彦がこの問題を解決できるか?というと、経済的なバックボーンもたぶんないし無理な話だよぉ。愛だ、恋だ、じゃ話にならない。明彦の小森家へのカンターオファーはなし。不可能。救済の余地なし。残酷だけど、そういう話になる」


「ヒメ、ハッキリ言ってその意見になる。まさか、経済的な力のないぼくが雅子と駆け落ちできるわけもない。今まで、付き合い始めだったし、若いのだから、結婚の話なんて遠いことだと思っていました。それが…それが…」


「二人共、相手にそんな結婚話しは断ってくれとか、なんとか結婚しないように私を助けてとか、言えないよね。無理に決まってるもの。じゃあ、雅子さん、そのタケルさんって、あなた、生理的嫌悪とかあるの?どうしても、生理的に結婚はダメとか、感情的に結婚は無理とか、どうなの?」


「え?いいえ、どうしても無理、いう相手やないわ」

「明彦があなたにとってベストなのはわかるけど、タケルくんはベターぐらいにはなるの?」「そんなこと、ミキちゃん、考えられへんわ」


「ふ~ん、まあ、まったくタケルさんと結婚が無理というわけでもなさそうだね?そうね、諦めなさい。お別れなさいよ。小説や漫画ならどんでん返しがあるけれど、現実はそんなことはまずない。月並みだけど、二人の運命のめぐり合わせは交差しなかったのよ。二人共が最終ゴールじゃなくて、通過点だったということ。悲しいけどね」ミキちゃん、ひどい。でも、わかるわよ。


「ミキちゃん、うち泣きそう」

「私だって泣きそうよ。もう飲もうよ」ってミキちゃん、三人のグラスにウィスキードボドボ注いだ。ボトル、空いてしもた。でも、ミキちゃんがここにもしいなかったら、うちと明彦で何喋れたんやろ?ミキちゃんいててくれて良かった思た。


 それから、うちとミキちゃん泣いた。ティッシュボックス三箱空になった。明彦も涙目。でも、彼グチグチ蒸し返す性格やない。三人で、シンクの上の棚のパパのお酒何本も飲んでやった。これくらいはパパもくらえばええんやわ。チクショー。



 二時半ごろ、雅子さんがつぶれちゃった。ピッチが早くって、ウィスキーを煽って飲んでいたから酔いも早かった。テーブルに突っ伏して意識がなくなったので、明彦がお姫様抱っこをして、ベッドに寝かしつけた。あ、いいなあ、私もされたいな、って、私も酔ってるわね?そんな雰囲気の夜じゃない。お通夜みたいなものよ。そう言えば、庄司薫という小説家が『封印は花やかに』って小説を書いてたっけ。私達三人の『封印も花やかに』というわけよ。ア~ア。

 

 雅子さんが抜けちゃうんじゃあ、私と明彦じゃあできないものね?明彦もやる気がないと思う。たぶん。私もそう。三人一緒だったから、成り立っていた関係だもの。じゃあ、雅子さんが抜けちゃって、明彦は真理子ちゃんだっけ?彼女と付き合うのかしらね?そうは思わないわ。ベターがベストの代わりになるわけもなし。明彦の性格じゃあ、真理子ちゃんと体の関係ということをするとも思えない。


 寝室から明彦が戻ってきた。「どうする?もっと飲む?飲むんだったら、ヒメ、付き合ってあげるぞ?」と聞くと「飲むよ。付き合ってよ」と言う。


「雅子さんもつぶれちゃったし、ダメ押しでヒメが言ってあげる。さっき、言ったでしょう?二人の運命のめぐり合わせは交差しなかったって。二人共が最終ゴールじゃなかった、通過点だったって。明彦にとって、雅子は、通過儀礼だったのよ。人間が成長していく過程で、次の段階に移行する期間で、どうしても通らなければいけない儀式だった。大人になるための儀式。それが、雅子さんにとっては明彦だったし、明彦にとっては雅子さんが儀式だったのよ。ある意味、私も明彦の儀式なのかな?


「女々しいのは男の子。いつまでも引きずるのよ。でも、明彦、忘れなさい。雅子さんを忘れなさい。私もついでに忘れなさい。前に進みなさい」


 私ね、未来が見える能力があるの。言っておくけど、明彦には、もっとひどい未来もある。別れもこれが最初でも最後でもない。でもね、二年後、真冬に明彦は出会うの。明彦の運命に出会うのよ。覚えておくのよ。1979年の二月。突然、女神が降臨するってわけ。おおっと、私、酔っているじゃん!」


「ヒメ、大丈夫だよ。ダメージが酷いけれど立ち直れると思う。雅子が今消え去るわけじゃない。死んじゃうわけでもない。十一月までまだ二ヶ月ある。それまで、せいぜい、お通夜にならないように、享楽的に楽しもう。チクショウ!」

「二ヶ月、二人だけにしてあげようね。邪魔しちゃ悪いもん」

「いいや、ヒメ、三人で。今まで以上にヒメが必要な気がする。雅子にも聞いてみるよ」

「あら、うれしい。私でも役に立つのね?ねえ、ボトル、空いちゃったけどまだある?」


 明彦が立ち上がって、フラフラしているがシンクの上の棚を覗いた。「封の開けてないバランタインの十七年がある」

「それ、飲んじゃおうよ。後で、私んちから補充しておくから」

 

 彼が冷凍庫から氷を私と彼のグラスに数個いれた。銀紙の封を破って、コルク栓を開けた。芳醇な香り。泥酔間近の二人にこういう高級酒はもったいないかな?でも、雅子パパの酒だ。飲んじゃえ。

 

「雅子が京都に行っちゃったら、高橋良子はどうするの?」

「今まで通り、友達でいるよ。雅子がいなくなって、良子に鞍替えなんてしたくないもの」

「それじゃあ、雅子を引きずっているようなものよ。また、抱いちゃえばいいのよ。良子だって、また抱かれたがっているんでしょう?私とまた三人で、なんてできないもの」

「ヒメ、変なことを言わないで」

「雅子さんに忠誠を誓っちゃうか?他の男の嫁になってその男に抱かれる女に。それもよしかな。ねえねえ、じゃあ、私はどうするの?雅子抜きで私を抱く?」

「ヒメ、それは無理。雅子とヒメとぼくで成り立っている関係なんだから」

「つまんないわね。でもね、私だっていなくなるかもね」

「ヒメもか・・・」


「明彦、泣いてるの?」

「ぼくだって泣くよ」

「私もまた泣きそうよ。私、明彦と雅子を愛してるんだわ。カップルとして。こういう愛情の持ち方ってのもあるのね。今、私に言ったこと、雅子さんにも同じことを言ってあげなさいよ」

「ああ、そうしよう」

「ねえ、タバコ吸いたくない?持ってる?ベランダ行こうか?」

「あるよ。セーラムとハーフ&ハーフ。だけど、ヒメ、タバコ吸ってたっけ?」

「洋もく?両方とも持っていこう。タバコ?吸うわよ。私はあなたを裏切って浮気した汚れた女の子なんだもん」


 私達はベランダに出た。「そのハーフ&ハーフって見せて」と言うと、彼は私にパッケージを渡してくれた。斜めに赤と白のスラッシュ、それに緑色のパッケージ。


「バーレーとヴァージニアの葉巻煙草を半分ずつミックスして、紙巻き煙草にしたものだ」

「へぇ~、オシャレだね。吸ってみてよ」彼が火を付けて吸い込むと、本当に葉巻の香りがした。

「ちょっと吸わせて」と明彦から紙巻きを取り上げる。ふ~ん、いがらっぽいかな?と思ったけど、バニラフレーバーで甘いわね。これはおいしいな。「おいしいじゃない。でも、女性に常用は無理ね。体と服に匂いが付くもの。セーラムをちょうだい」彼に渡されて火をつけてもらった。

 

「こんな初秋の真夜中、早朝に、私がずっと抱かれて、そして裏切った明彦ととベランダで煙草を吸うなんて、もう私の人生にも二度とないんだろうな」


 私たちはベランダの手摺にもたれかかって、星を見た。まあ、東京の空だ、スモッグで星なんか見えないボヤッとした空だったけど、この星空と私たちのことをずっと覚えているような気がした。

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