第6話 彼女、試験を全部すっぽかしたんです

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「でも、明彦は、その美姫ちゃん、ヒメを今でも好きなんやろ?」

「小学校の頃から6年間ですからね。妹みたいだったし、ワガママには慣れてました。彼女の最初の相手はぼくでした」

「ほーん。それで?」

「最初は調子がよかったんです。それがだんだん、ぼくのバイトが忙しくなって、週末も暇じゃない時が増えていって。深夜に帰るとヒメがポツンと部屋で待ってることもありました。かまってやれなくなった。一緒の時も、受験生なんだからって勉強を教えようとすると、まとわりついて、彼女はセックスに逃げたり」


「彼女、今は大学生なん?浪人してたりして?」

「いいえ、いくつかの大学の願書は出したんですけど、試験を全部すっぽかしたんです。それでいろいろありまして。ぼくの部屋には彼女の荷物がそのままです」

「えええ?」

「雅子、さっきね、思わずあなたに付き合っちゃいませんか?って言いましたが、ぼくはこんな状況なので、ああいったのを後悔してます。撤回します」


 これってどないな状況?好きな男の子に告白されて、付き合い始めようとしたら、前の彼女とゴタゴタあって、その彼女の荷物はまだ彼の部屋にある。彼女が戻ってきたらどないなんの?彼は彼女の元に戻る?ええい!面倒!


「撤回することを撤回して。ええわよ、キミの言うそういう状況であっても、うちと付き合って。彼女はうちより1年ちょっと下なん?年子の妹みたいなもんやな。その妹と男を取り合うバトル?ええやろ?受けて立つわ!」

「雅子、おかしなことを言わないで」

「まあ、ええからええから。うち、キミが好きなの。合格発表で偶然会うてから時々キミとヒメ思い出してたんや。なんでかはわからんけど、気になった。ほやさかい、お試しでもええ。うちと付き合いなさい!明彦」


「わかりました。でも、内藤さんみたいに複数の女の子と付き合えるほどぼくは器用じゃない。一人を選ばなければいけない場合もあるでしょう」

「内藤くんと吉田万里子みたいな関係は嫌や。ああいうベタベタして、セックスを人質にしてるみたいな付き合いは嫌や。付き合いだして、俺の女、私の男みたいな所有感持つのも嫌や。彼氏彼女に見せつけるように浮気するのも嫌や。明彦、キミとはそうならへんと思う。ほやさかい、撤回せんといてな。もっとうちを知ってほしい。それから、ヒメのこともっと知りたい。聞かせて」


「雅子がぼくをお試ししてください。ダメだ、こりゃあと思ったら引導を渡して欲しい。ヒメの話は・・・詳しく話していると朝になっちゃいますよ。そういう他人の男女の話、聞くのイヤでしょ?」

「何言うてんの。関西女は、大阪のおばちゃん、他人のゴシップ、噂、大好きなんよ。あれ?万里子も大阪やなかった?明彦、一つ条件あんねん!」

「条件?なんですか?」


「吉田万里子には近づかんといて!彼女に近づいたら即刻別れるで!」

「だけど、彼女と学科がかなり被ってるんですけど?」

「それは許す。うちに内緒では許さへん!」

「雅子には全部話しますよ。ぼくは隠し事やウソがつけるほど器用じゃない」

「よし!契約成立!じゃあ、ヒメの話は、千夜一夜物語のシェヘラザードみたいに寝物語で朝まで話して頂戴。あれ?あの王様が生娘の首ちょん切る動機が、奴隷と不貞した奥さんのせいやったな。じゃ、ヒメの話は一時おしまい。うちらの話、せぇへん?」

「雅子は変わってるね?」

「そうかしら?」


 しばらく、プラド美術館やスペインの話した。マドリードまでいくらかかるんやろ?直行便出てるんかしら?少なくとも二十万円くらい必要やろ?ユースホステルなんて泊まりたくないわな。ちゃんとしたホテルに泊まりたい、なんて。


 なぁなぁ、一緒の部屋しか空いてへんかったら明彦どないする?ツインですか?ちゃうわよ、クイーンサイズのダブルよ。ええ?ベッドの両脇に離れて寝ます。え?襲ってくれへんの?ええ?雅子、ぼくに襲われたいの?そういうシチュエーションやったら襲われてもええかな?しゃあないでしょ?ちょっと、雅子、シチュエーションだから仕方ないの?そうそう、明彦やったらしゃあないわな。雅子、そういうのってぼくできませんよ。あら?男の子やのに据え膳食べへんの?うち、美味しくないんかしら?いやいや、十分美味しそうですけど?じゃあ、食べちゃえば、うちを?明彦やったら、喜んで食べられてあげるけどな。雅子、ぼくをからかってません?あら、私、かなり本気よ。


 こういうじゃれ合いってええなぁ、思た。


 うち、ボートネックの橙色のサマーニットのプルオーバーに白のピッチリしたミニスカート姿。素足。長袖を肘のちょっと下までまくりあげる。襟ぐりの広い服から濃紺のブラのストラップ見える。サイズ大きいさかい、時々ずり下がってくるの直す。うちの鎖骨の下くらいまで見えてしまう。明彦もチラチラ見てる。ヤバい!万里子みたいや!


 掘りごたつの下で、つま先で彼の脚踏んでみた。お尻を前の方にずらしたさかい、脚が彼の脚と交差するようになった。彼の脚挟み付けてやった。脚が熱い。


「雅子、脚を絡めてきてるんですけど?」

「あら、うちに脚絡められるの、嫌なん?明彦は?」

「い、いいえ、雅子に絡められるのだったら嫌じゃない。好きです」

「うわぁ~、うちがゾクゾクしてまう」脚をさらに締め付けてやる。

「雅子の脚の体温が伝わってくるんですよ」

「我慢できへん?」ってテーブル越しに顔寄せて、小声で「勃ってまう?あそこ固なってまうの?」って囁く。

「雅子、すごいこと聞きますね?ハイ、正直いってそうです」

「うち、正直な男の子って好きやで」


「あ!でも、雅子、もう十二時過ぎ、総武線の終電の時間です。残念ながら。飯田橋の駅まで走らないと」

「連れなこと言うなや。うちのマンション、すぐ近うやさかい。ウチで飲み直そ。帰らんといて、泊まっていったらええやん。それとも外泊なんかしたら誰かに怒られる?」

「そんなことありませんよ。千駄ヶ谷のアパートに帰って寝るだけ」

「ほな、ウチに泊まってく?」

「でも、雅子、それって…」


「けったいなこと想像してん?エッチなこと?そやけどなぁ、その通り。キミが想像してる通りのことうちも想像してんねん。もう、付き合うてもうてるんやさかい、ええんやろ?キミの想像通りのことだってしても構わへん。うちは高校二年の夏、敦賀に海水浴行って、処女すてたん。そやさかい、気にすることもあらへん。明彦もヒメと経験してる。お互い経験してるんやさかい、問題あらへんわ。うちも付き合うてる彼氏おらへんさかい。一人ボッチ同士、丁度ええんちゃう?」


 我ながら積極的や。思いつきやけど、付き合う最初の日に女である自分の部屋に男誘ううちって!知り合って二ヶ月半とはいえ、今日まで付き合ったわけやない。ええんやろか?ええんやろ?


 ただ単に泊まるだけってわけやないわよ。今晩はうち、吉田万里子的な行動にする!これで、明彦とうちが体通じて、彼氏と彼女の関係になってもかまへんやろ?…我ながらすごい!

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