第4話 神宮寺オカルト相談所 その三

「──すべての始まりは三年前。ああでも、もうすぐで四年になるのかな? まあ、それぐらい前に起こった事件だね。場所はイタリアのとある街。街の名前は……いや、これはあんまり重要じゃないかな」

「そうなんですか?」

「うん。だってもう街としては機能していないもの。あの日、街にいたほとんどの人間は、異形と化して死んでしまったから」

「……え」


 石動さんが絶句する。まあ、そういう反応になるよな。当時の俺たちだってそうだった。緊急速報で、テレビが一斉に塗り変わったあの瞬間。

 そして伝えられたあまりに非常識なニュースは、いまでも記憶に焼き付いている。


「分かりやすく言うと、街一つを対象にした霊的なテロだ。その詳細は僕らも知らないけどね。……分かっているのは、ほんの一瞬で八万近い人間が死んだこと。そしてその死に方が、物理的には絶対にありえないものだったということだけだ」


 ある者は顔から腕が生えた。ある者は胴の太さが百分の一になった。ある者は足が芋虫になった。ある者は全身に身体中に口が生まれた。

 悍ましい光景があった。誰もが正気を失ったかと思った。人類の科学力では到底実現できない地獄がそこにあった。


「……う、うぷっ。そ、うだ。だんだん、思い出し、て……。すいません、ちょっと気分が……!」

「……ああ、なるほど。そういうことか。サチ君、落ち着かせてあげて」

「石動さん、少し触りますね。……『活』」


 急に口を押さえ出した石動さんの肩に触れ、言霊を唱え力を注ぐ。言霊に込めた意味は活と喝。すなわち活性と気付けの効能。

 その効果は絶大で、青を通り越して白になっていた石動さんの顔色に、じんわりと朱が戻ってくる。


「調子はどうですか?」

「……あ。だい、じょぶです。なんか、スって気分が楽になりました。いまのは?」

「サチ君の力だね。彼は言霊使いというやつでね。言葉や文字に力を込めることで、いろいろできるんだ」

「……漫画とかにある、『燃えろ』って言ったら本当にいろいろ燃やせるキャラみたいな?」

「うん。大体そんな感じ」

「違います。適当言わんでください」


 さすがにそこまでの無法はしてないです。似たようなことはできるっちゃできるけど。


「そもそも、霊能者なんて大なり小なり言霊使えるでしょうよ。呪文や経文だって似たようなもんですよ、アレ」

「まあ、そうだけどね。ただサチ君の場合、そのあたりの干渉力が特に高いからさ。サチ君レベルを平均と間違われたら、さすがにね?」

「間違い正すために、別の間違いを吹き込むなって言ってんですよ」


 そもそも俺、別に言霊使いってわけでもねぇから。こっちの業界で言うところの【言霊使い】とは、似ているようで絶妙に違うし。いいとこ亜種だよ。……その分類を俺に教えたのはアンタでしょうに。


「てか、俺の力はどうでも良いんですよ。それより石動さんです」

「ああ、そうだったね。……石動さん。失礼いたしました。知らなかったとはいえ、大変申し訳ないことをしてしまった」

「えっ!? 急に頭を謝ってどうしたんですか!? しかもサチ君まで!?」


 所長に合わせて頭を下げると、石動さんに大変驚かれてしまった。

 慌てて頭を上げてくれとお願いされるが、こればかりはそうはいかない。なにせ俺たちはわりとやらかしてしまっている。


「あのっ! 確かにいろいろ思い出して、ちょっと気分が悪くなったりはしましたけど! それは私が勝手に体調崩しただけで! むしろ治してもらってありがとう言いますか!?」

「いえ。恐らくですが、原因は僕にありますね。あくまで推測ですが、石動さんは例の事件がトラウマになっているんでしょう」

「え。トラウマ?」

「はい。実際、そういう事例はかなりありました。当時はあの事件の写真や動画が、ネット上に溢れてましたから。それを見てしまった人たちが、精神的なダメージを負ったという話はよく聞きましたよ」


 俗に言う『SAN値チェック』というやつである。あまりに凄惨な光景は、脳が理解を拒否し精神に負担が掛かってしまうのだ。


「創作であるスプラッター映画ですら、人によっては気分が悪くなる。それが現実のものとなれば……ね?」

「R18Gが、ノー編集でお茶の間に提供されたわけですからね。しかもノンフィクション。速報を出したテレビ局が、以降の現地映像を扱わなくなったぐらいには問題になったんですよ」


 まあ、だからこそあの事件は世界的にもアンタッチャブルというか。与えた影響のわりに一般に詳細が伝わってないんだよね。

 凄惨すぎてメディア側は報道を自粛。ネットは情報が錯綜&トラウマ多発で『不謹慎警察』が大量発生。

 それに加えて呪いの概念というか、見たら死ぬ的な言説が流行りだしてしまった。しかも状況が状況なので、誰も否定できない。むしろ、下手に触れたら自分たちまで異形化しそうと賛同する人間多数。

 そんなトリプルコンボが決まった結果、あの世紀の大事件は物凄い勢いで過去のものになっていったのだ。


「石動さんがあの事件を憶えていなかったのも、無意識の内に記憶の奥底に封印していたからでしょう。そうでなければ、あの大事件をあそこまで綺麗に忘れることは考えられません」

「そう、だったんでしょうか……? たんに私が馬鹿だからじゃなくて?」

「それについてはノーコメントで。僕らは石動さんの学力がどんなものか、具体的には知りませんから」

「……」


 俺も同じくノーコメントで。その自己申告を信じて、トラウマをほじくり返してしまった時点で答えみたいなもんだけど。……ああ、仙崎さんからの視線が痛い。

 いやだって、しょうがないじゃん。本人がそうって言っちゃったんだから。石動さんの人となりをこちらが知らない以上、自己申告を前提に話を進めるしかないわけで。……決して彼女の言動に、説得力を感じたとかではないです。


「まあ、カウンセラーではないので断言はできませんが、さっきの反応的にトラウマになっている確率は高いでしょうね。実際、当時の石動さんは中学生です。その年代の子にアレは、あまりに刺激が強すぎる」

「……そんなこと言ったら、サチ君はどうなんですか? 私より年下なんですよね? でも平気そうですよ?」

「彼は例外です。小学生の時からこっちの業界で働いてますからね。言い方は悪いですが、ああいうのは見慣れてます」

「小学生!? そんなちっちゃな時から働いてるんですか!?」

「まあ、はい。正式に働きだしたのは今年からですが。それまでは弟子として、修行名目でアレコレこき使われてました」

「ちゃんと働きに見合った報酬は与えてたよ?」

「お小遣いでしょあんなの」


 依頼によってはウン十万ぐらいの働きもしてたんですけどー? それなのに貰えた額は数千円だったの、未だに許してないからな。

 所長名義で作られた、俺用の口座があるのは知ってるけど。子供には過ぎた金額だってことで、本来の報酬の大半がそこにぶち込まれてるとは最初に伝えられたけども。

 なんで親以外に、お年玉貯金みたいなことされなきゃならんのだと。義務教育を終えてからは、口座のお金は

自由に使えるようにはなったけど……。正直言うと、小中の時から豪快に使って遊びたかったわ。


「ともかく。サチ君は気にしないでください。一般的な反応としては、石動さんの方が断然正しい」

「俺が例外なのは否定しませんけど、間違い扱いってのはさすがに話が違うと思うんですよ」


 その言い方はさすがに失礼だろうがよぉ。なんだ断然正しいって。つまり俺の反応は果てしなく間違ってるってことじゃねぇか。遺憾の意を表明したい。


「話を戻しましょうか。とりあえず、イタリアの件はここでお終い。わざわざトラウマを刺激する必要もないからね。重要なのは一つ。この件によって、これまでオカルトとされていたアレコレが、公的に実在するものとして扱われるようになったという点だ」


 あ、説明は続けるのね。……まあ、仕方ないか。石動さんの言動からして、イタリアの件から地続きである制度面の変化も、記憶の奥に埋没している可能性が高いし。

 前提となる条件が欠けている可能性がある以上、最低限の説明はしなきゃ、依頼の方にも響きかねないもんな。

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