ワンナイトなんてありえない

奈月沙耶

episode6

『一夜の過ちなのでお許しください』

 メッセージアプリの画面を睨みつけてちさちゃんは怖い顔で言い切った。

「私だったら許さない」

 だよね。口を開く気にもなれなくて、あたしはそっとスマホをバッグに戻した。


「でも……」

 迷うみたいに瞳を揺らしながらちさちゃんは声をひそめる。

「決めるのはりこだから。りこがどうしたいかだから」

「いちやの……」

 あたしはぼんやり、喫茶店の天井のペンダントライトを見上げながら、一字一字区切るみたいに言ってみた。

「いちやの、過ちってゆったって、一度で済むわけないって、疑っちゃって、ツラい」

「……うん」

 ちさちゃんは眉を寄せて自分も悲しそうな顔になる。


 目が熱くなって鼻先がつんとしたけどなんとかこらえた。

 良かった。人前じゃなかったら、ちさちゃんに抱きついてわんわん泣いちゃってたかも。そんな資格ないのに。


 しばらく一緒にいてくれたあと、ごめんねって言いながらちさちゃんは先に店を出た。

 真面目で責任感があって有能で、きっと職場で頼りにされてるだろう、そんなちさちゃんは、友だちのためなら仕事を抜けて駆けつけてくれる。

 そんなちさちゃんを悲しませたのはコウくんだけじゃない。あたしだって同じ。


 スマホを出してまた画面を開く。

『一夜の過ちなのでお許しください』

 コウくんはわかってない。

 あたしとコウくんの始まりだって、一夜の過ちだった。


 あのとき本当は、ちさちゃんに、謝りたかったんじゃないの? 謝りたい相手はちさちゃんなんじゃないの?

 あたしだって謝りたかった。でも謝ったからってどう?

 きっとちさちゃんは、自分に謝られても……って困った顔してスルーしただろうけど。


 だからって、あたしと過ちをおかしたコウくんと付き合ったりは絶対しない。

 あたしとだって距離を置いてたかもしれない。

 かといって、なかったことにして隠し通せるほどあたしもコウくんも強くない。

 ちさちゃんに嫌われないために、あたしたちは一夜の過ちを過ちでなくした。


 ……なんて。ちさちゃんのこと、言い訳にしてるけど。

 ワンナイトってそんなに簡単なことじゃない。

 少なからず憎からず思って、多少なりとも惹かれて、夜を越えたなら。朝にはサヨウナラって、そんなのってない。


 あたしは、コウくんが好きだった。結婚できて嬉しかった。 

 ちさちゃんに祝福してもらえてしあわせだった。


 涙でにじんだ画面に、ポップアップ通知が表示された。

 コウくんとのトーク画面に、別の人のアイコン。

「会いたい」って見えて、ドキッとしてとっさに表示を払う。


 涙は引っ込んでいた。

 冷めたコーヒーを口に含んでドキドキする胸をなだめる。


 コウくんとのトーク画面から移動して、届いたメッセージを確認して。

 震える指を滑らせ、時間をかけて返事を入力する。


 送信ボタンをタップするときには指の震えは止まっていた。


 ワンナイトなんてありえない。



↓↓↓

episode7【またね、大好き】

https://kakuyomu.jp/works/16818622172744075255/episodes/16818622172744107335

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ワンナイトなんてありえない 奈月沙耶 @chibi915

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