最終章 メオの未来

第31話 配属初日でやらかしました!


 ボンバクウ工業都市、至る所に煙突があるその都市は、山岳地帯にあった。

 ランボリピーの街は港街だったのに対し、こっちは完全に山の中腹。 

 ロウギット石切り場に立地条件は似ているかもしれないけど、建物の数が違う。


 山を切り開いたその町には、工場こうばだけで三十を超えるのだから、よっぽどだ。

 そんな工業都市に到着した私たちを出迎えたのは、不機嫌を隠さないオジサン達だった。

 ツナギと呼ばれる上下一体になった服は汚れていて、どことなく煤の香りが漂う。

 黒く汚れた顔に、腕まくりした腕はアンドレ親方のように太い。


「アンタが、魔法使いメオって子か」


 そんな風体のオジサンが眉間にシワを寄せながら語り掛けてきたのだから、私は無意識にディアさんに飛びついてしまった。だって、顔が怖いし、何より人数も多い。全部で三十人ぐらい? 私たち貴族じゃないんだから、そんな大勢で出迎えなくても良かったのに。


「そうですけど、貴方達が出迎えでしょうか?」


 おお、さすがディアさん、一歩も引かずにオジサン達と向き合っている。


「ああ、侯爵様の命令には逆らえねぇからな。ったくよ、男の職場に女を入れるなんざ、貴族共は一体何を考えていやがるんだかな」

「ケビンさん、そうはいっても命令だろう」

「けっ……嬢ちゃん方よ、嫌になったらいつでも国に帰っていいんだからな? ここは工業都市だ、黒煙と炎、爆音と轟音の街、女子供が住まうにゃあ、ちぃーっとばかし厳しいかもしれねぇしな」


 私たち、完全に厄介者扱いされてるね。

 そりゃ帰っていいなら帰りたいけどさ、そうもいかないんだよね。

 ディアさんに守られてるだけじゃダメだろうから、私も一歩前に出なくちゃ。 


「私たちも責務がありますので、何もしないままに帰る訳にはいかないんです。ケビンさん、貴方が責任者ですか?」

「ああ、前工場長とも言うがな」

「では、案内をお願いします。私たち、右も左も分からないままに、ここに来ておりますので」


 モノクル爺から正式に私が工場長だって言われているんだから、この人たちも従うしかないでしょ。

 あー、心臓ドキドキする、基本的に優しい人たちばかりだったから、こんなの初めてだよ。


「あうっ」


 連れられて歩いて、すぐに転びそうになった。


「ははっ、嬢ちゃんには、この街の道は厳しいか?」

「別に……ちょっと転んだだけですから」

「ちょっと転ぶような注意力散漫な人間が工場長とは、このボンバクウ工業都市も終わりかね」


 一回転んだだけで酷い言われようね。

 でも、この街の石畳、全然整備されてない。

 煤で全体的に汚れているし、凸凹だし、欠けてるのもある。

 馬車が工場まで行けなかったのも、これが理由かな。


「さ、到着だ。ここがお前さん方の新しい職場、ボンバクウ第三工場だ」


 ツナギ姿のケビンさんが親指で指示している建物。

 高い屋根、レンガ造りの壁には大きな窓があって、壁から少し離れた所に炉が並べられている。


 中央には作業台が多数用意されていて、道具が散乱していたり、鉄屑が散らばっていたりと、整頓がなされていない。天井から吊るされているのは魔法玉かな? でも、魔力が補填されていないから、灯りは魔法玉ではなく作業台に置かれた蝋燭がメインだ。

 

 全体的に不衛生、更には工場そのものが動いていない。

 人はいるみたいだけど、暇そうに椅子に座って寝ているし、これってどういう状況な訳?


「さ、ここが工場長室兼事務所だ」


 さっきの作業場に併設された小さな部屋、事務所というには手狭だし、キャビネットにはぐちゃぐちゃに詰められた書類が沢山詰められている。インクをこぼしたのか机の上は汚いし、椅子だって割れていてあんまり座りたくない。天井には染み、壁も所々穴が開いていて、床もひび割れている。


 うん、無理、この工場全体的に無理。


 でも、ビットと初めて出会った休憩小屋も似たようなものだったっけ。

 酷い臭いの毛布にクソ不味いご飯、根本的に作業場ってこんな感じなのかな。


「どうした、座らないのか?」


 にやにやしながらケビンさんがボロになった椅子を差し出してきた。

 性格悪いね、どうせ私には座れないって思っているのかもしれないけど。


「そうですね、座らないです」

「はっ、開き直りやがったか。こんな椅子ひとつ座れない程度で何が出来るんだか」


 むー、こういうのを相手にする時は、語るよりも魅せるだ。


「あの、この部屋ちょっと綺麗にしてもいいですか?」

「綺麗に? どうやってだよ」

「それはもちろん、魔法です。ディアさん、ケビンさん達連れて部屋から出ていて下さい」

「りょーかい、それじゃあ行きましょうか」


 なんか文句いっぱいだったけど、そこはディアさんが強引に連れてった。

 全員いなくなったね、ならせめて、工場長室だけでも綺麗にしてやりますか。


「万物従属」――――「〝形状変化〟ストーン・ゾナ・アルフ」


 室内の天井と床、もろもろ一旦砂に戻してしまえば、臭いも多少は消えるでしょ。

 どうにもならない場合は、地面を抉ってそれを壁に再構築すればいい。

 軽い椅子とテーブル、さらにキャビネットを設けて、そこに書類を収納させよう。

 木材で出来た机や椅子は撤去でいいか、臭いし。


「出来ました、もう入っても大丈夫ですよ」


 床から壁から天井から、一回全部引っぺがして入れ替えたから、新築同然ね。

 天井にあった魔法球にも魔力補填したから、部屋全体がめっちゃ明るくなった。


「な、なんだこりゃ……すげぇな」

「そうですよ? ウチの工場長は凄い魔法使いなんですから。ね、メオ工場長」

「あはは、まぁ、これしか出来ないですけどね」


 ケビンさんたち、あんぐりしながら室内を眺めているけど。

 

「すいません、書類の整理と入れ替え、手伝って貰えますか?」


 こっちはやらなきゃいけないこと山積みだからね、出来ることはとっととやらないと。

 そんなこんなで、作業を始めて一時間後。

 全員でやったからか、室内は見違えるほどに綺麗になった。


「ふぅ、これでようやく落ち着ける。ではケビンさん、いろいろとお話を伺っても?」

「ああ……正直、見くびってた、無礼を謝罪するぜ」

「どういたしまして。正直なところ、私たちもいきなり工場に行けって言われまして、ここの工場で何が出来るのか情報が入っていないんですよね。なので、私たちが作ろうとしている物と、この工場でどこまで出来るのかが知りたいので、これまで何を作っていたのか教えて頂けますでしょうか?」


 ケビンさん、短く刈り上げた頭をガリガリと掻いた後、椅子に深く腰掛けて溜息を吐いた。


「ここは見ての通り、製鉄がメインの工場だったんだ。他にも砂からガラスを作ったり、熱して溶かした鉄を使って武具を作ったりな。だが、最近和平が進んで近隣諸国との戦争も無くなっちまったもんだから、俺たちが作る武具の需要がほとんど無くなっちまったんだ」


 戦争なんかあったんだ。

 良かった、戦争ど真ん中に転移じゃなくて。


「最近だと武器の量産ってよりも、細かい飾りが凝った剣とか、そういうのしか需要がないんだ。だが、そんな剣を作るにもコストがかさむし、そもそも売れたところで貴族に一本なんかじゃ腹の足しにもならねぇ。徐々に生産ラインも止まっちまって、最終的には今の状態って感じよ」


「つまり、完全停止と」


「情けねぇ話が、そういうこった。だから、アンタたちが何を作るのかは知らねぇが、あんまり大したことは出来ないと思うぜ? 最近じゃ山から鉱石も採掘出来なくなったみたいだし、町自体が死に掛けてるとも言えるんだろうな。ははっ、アンタ等、もしかしたらババ引かされたのかもしれねぇぞ?」


 ババを引かされたかどうかは、まだ分からないんだけどね。


「炉があってまだ使えるのなら、成型することは可能でしょうか?」

「そりゃ出来るが。だが、さっきも言ったが材料が無いに等しいんだぜ?」

「その辺りの問題は私の方で動きますので。次はその採掘現場をお願いできますか?」


 正直、魔法を使って性質を変えてしまえば、原材料はどうにでもなる。

 でも、発注された百万個近い大人のおもちゃを作るには、やっぱり魔力が足りない。

 恐らくこの工場じゃ型は造れても、混合物を入れる膜を作ることが出来ない。

 魔力はそこに温存しておきたい、つまりこの工場に求めるは成型ってことかな


「ディアさん、試作品をいくつか持って、炉での成型が出来るか聞いてきてもらえますか?」

「分かった、他にすること、何かある?」

「そうですね、賃金とかそこら辺をまとめといて貰えると助かります」

「相場はアンドレ親方の時と同じぐらいかな、金額とか、私に任せて貰ってもいいかしら?」

「はい、宜しくお願いします」


 ディアさんが決めてくれるなら一安心だ。

 めっちゃ助かる、うぅ、やっぱり一緒に来てくれて良かった。


「ここが採掘現場だ」


 連れられて歩くこと一時間ほど。

 山をくりぬいて出来た洞穴みたいな場所は、魔界の入口みたいに暗い。

 坑道って呼ばれる場所なんだろうけど、木枠だけでトンネルの過重を支えているの?

 

「中に入るか? 最近じゃ採掘するにしても最奥まで行かないとダメなんだが」

「いえ、中には入りません。ちなみに何ですけど、今って中に誰かいます?」

「今はどうだろうな、管理ギルドに聞いてみねぇと何とも言えねぇな」

「じゃあ、ひとっ走り確認をお願いします」

「ああ、分かった。危ないから、一人で入ろうとするなよ?」


 入らないわよ、こんな危険な場所。

 崩落事故がいつ起こってもおかしくないし、ガスとか物凄い溜まってそう。

 安全管理とか、ほとんど出来てないんだろうな。

 アンドレ親方だったら怒鳴り散らしていたかもね。


「嬢ちゃん、確認出来たぜ。今は誰も中にはいないそうだ」

「ありがとう。じゃあ、ちょっと山を崩すね」

「山を崩す?」


 ロウギット石切り場を思い出しちゃうな。

 あの時もこうやって、山全部を変えちゃったんだよね。

 

「万物従属」――――「〝形状変化〟ストーン・ゾナ・アルフ」


 今日は特に魔力を使う予定もないから、思い切って見える範囲全部を変えちゃおうかな。


「おお、おおおおおおおおおおおおおぉ!?」

「山が、ボンバクウ火山が動きだしやがった!」


 鉄鉱石の残量とか、未採掘の場所とか、全部抉り出そうと思ったのだけど。

 え、いま、なんて言った? 火山? この山、火山なの?


 グゴゴゴゴゴゴゴッッって、地面が揺れる!? 地震!?

 違う、溶岩が、大地の流れが超巨大な魔力になって活動を再開しちゃった!

 やばいやばいやばい! 溶岩の流れ動かしちゃった!? え、これ、まさか噴火する!?


「嬢ちゃん、向こうの採掘穴から煙が!」

「え!? ちょっと待って、火山なら先に言ってよ!」

「まさか嬢ちゃんが山を動かすなんて思わねぇだろ!」

「だってだってだって! さすがに溶岩は止められ、あああああああああ!」


 噴火しちゃうううううううううう!

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