第9話 借金王に、私はなる!

 見るからに貴族、赤、茶、緑、色とりどりのラインで染められたサーコ-トは鮮やかに輝き、首にはどこかの動物の尻尾を模した白いマフラー、額には宝石が散りばめられたサークレットが鈍く輝く。


 白に染まった口髭を生やしたアロウセッツ侯爵様は、私達を見るも、すぐに視線をアンドレ親方たちへと戻した。


 というか、え? 

 アンドレ親方、後ろ手に縛られて、今にも首を斬られようとしているじゃない!


「ちょ、ちょっと待って! なんでアンドレ親方を殺そうとしているの!?」


 見れば、親方だけじゃない。

 他の作業員さんたちも数人、縛られ、座らされている。 

 

「作業を勝手に止めていたからだ」


 私の問いに答えたのは、貴族の集団の一人、背の低いモノクルを掛けた老人だった。

 

「ロウギット石切り場が生み出す一日の生産量は、金貨にして百枚はくだらない。それをアンドレは自己判断によって二十四時間も停止させておった。そして今もなお、作業の手は止まっている。こうして話をしている間にも、損害額は増える一方……いいや、それだけではない」


 老人は黒光りする石を手に取ると、ぐっと握り締め、砂に変えた。 


「こうして、文官である儂が握り締めただけで、砕け散ってしまう。石材【ラスレーの黒貴婦人】に求められるは硬度、石材としての価値は、これでは地に落ちたも同然なのだ」


「そ、それなら今すぐ私が元に戻してあげるから! だからアンドレ親方や皆を解放してよ!」


 魔力が回復した今なら、山全部の砂や岩を元の硬度に戻すことが出来る……はず。

 だけど、モノクルの老人はやれやれと言った感じに首を横に振ると、大袈裟に溜息を吐いた。

 

「物事の本質を知らぬ娘だ。我々がここに来た、それがどういう意味かを理解出来ぬのか?」


 アロウセッツ侯爵様がここまで来た意味?

 わかんないよ、そんなの、わかるはずないじゃん。


「情報が行き渡ってしまった、という事でしょうか」

「おお、娘と違い、小僧の方はまだ理解が出来る様子だな」


 情報が行き渡ってしまった? 

 ビットが悔しそうに語ると、老人は満足げに頷く。


「小僧の言う通り、石材【ラスレーの黒貴婦人】の性質が変化してしまった、もう石材としての価値はない、という情報が一人歩きしてしまっているのだ。どこかのバカが酒場で面白おかしく語った内容が旅商人の耳に入り、たった一日で取引停止という状態にまで陥ってしまった」


 取引停止。

 それが何を意味するかは、私でも分かる。


「被害は、既に計算できぬ規模にまで膨れ上がっている。情報を制すものが流通を制すのだ。どこの馬鹿が語ったのかは知らぬが、この石切り場の誰かなのかは間違いない。よって、全員を処罰する事となった。中でも、責任者であるアンドレの責任は重い。よって、処刑に値する。理解出来たか? 魔女の娘よ」


 騎士が数人詰め寄ると、私の身を拘束した。


「【ラスレーの黒貴婦人】の性質変化は、貴様の仕業らしいな。アンドレと同様、貴様も処すべきだと侯爵様は判断なされた。この場に自ら足を運んだことに免じ、火炙りの刑から首切りへと減免処置を施すとのことだ。苦しまずに逝けること、侯爵様に感謝するが良いぞ?」


 いやいやいや、それ何も減免されてないよね?

 燃やされて死ぬか、首を斬られて死ぬかの差でしかないよね?

 どっちも死ぬんじゃ、何も変わらないじゃん。


 なんて、アホな突っ込み入れてる場合じゃないよ。え? 私死ぬの? 終わり?

 金貨二万枚の借金の次は、首切られて処刑? ちょっと人生ハードモード過ぎない?


「双方、言い残すことはあるか? 何かひとつだけ、侯爵様は聞き入れて頂けるそうだ」


 え、え、え、アンドレ親方の横に座らされて、ひいいいいいぃ! 剣、剣が、首に!


「ひとつだけ聞き入れて貰えるのなら、この嬢ちゃんの命だけは助けてやってくれねぇか?」


 親方……。


「山全体に魔法を掛けちまったのだって、元を辿れば俺達が発破を掛けちまったからだ。この子はそれに応じてくれたに過ぎねぇ。まだ若い、俺は構わねぇが、この子には未来がある。それにすげぇ魔法が使える。こんなことで殺すには、惜しいと思うんだがな」


 語り終わると、アンドレ親方は目隠しされ、口も封じられてしまった。


「ダメだ。誰の依頼で動こうが、魔法を使ったのはこの娘の判断によるもの。減刑には値しない」


 言い終わると、老人の目が、私へと移った。


「娘、言い残すことはあるか?」


 ひとつだけ。

 たったひとつだけしか、言い残せない。


 嫌だよ、死にたくないよ。

 まだ恋愛も結婚も何もしてないのに、こんな所で人生終わりとか、嫌だよ。

 

 死にたくない死にたくない死にたくない。

 どうしようどうしようどうしよう。

 

 心臓が痛いくらいに動いてる。冷や汗が止まらない。暖かい服なのに震えが止まらない。

 死ぬ? 私が処刑される? ちょっと前まで家にいたのに?

 本当なら、もっと別の村に飛ばされて、イージーモードで生きていけたはずなのに?


 真冬の雪山に飛ばされて、くっさい毛布で寝かされて、魔法を使ったら怒られて、借金金貨二万枚って言われて、裸の異性に迫られて、そして今は処刑されて首が飛ぶ? ないないない、そんなのってないから、あり得ないから。


「……そんなの、ないよ」

「ふむ、ないようだな」

「ああああ! あります! あります! めっちゃあります!」

「あるのか、言ってみろ」


 えーっと! えーっと! えーっと!


「私! 今回発生した損害を全部チャラにして、倍以上稼いでみせます!」 


 なに言っているの私―!!!

 そんなの無茶振りが過ぎるー!!!


「……ほう? 具体的に申してみせよ」


 あ、モノクル爺が反応してくれた! 

 これはもう、嘘でも何でも行くしかない!


「ま、ま、ま、まず、まずですね!? えーっと……そ、そ、そう! 現状流されている情報を活用します! 石材【ラスレーの黒貴婦人】は脆いという情報が流れてしまったせいで、価値が暴落、買い手がつかない、取引停止の状態となってしまっています! なので、その石材を私が元値で全て買い取ります!」


「買い取って、どうするのだ?」


「先ほど申しました通り、新たな鉱石に生まれ変わらせます! これまでの硬度を八としたら、硬度十、最高硬度の硬さを持った鉱石として世に売り出すのです! 流通経路はこれまでの経路を活用し、より質の高い商品を世に出せば、人々は手に取ってくれるはずです!」


 侯爵様、白髭をいじり始めた!

 いける、いける、もう一押し!


「更に! これまでとは違い、単なる石材だけの価値ではありません! 硬いのに壊れない特性を持ちながらも、私の魔法によって形は自由自在に変えられるのですから、日用品や武具……そう! 武具ですよ! 絶対に壊れない剣や鎧を作ることが可能になるのです! これは各国に売れます! 爆売れ間違いなしです!」


 適当に言いまくったけど、案外良い案なんじゃないかな!? 

 あ、侯爵様、さっきのモノクル爺とひそひそ話してる!

 うんうんって頷いてる! これは来た、これは来たか!?


「娘、起死回生の案だったな」


(きたああああああああああああああああああああああああぁ!!!!!!)


「先に流布された情報が、実は新商品を発表するための隠れ蓑だった。というのは、よくある話だ。よくある話だが、実際に新商品あってこそ意味がある。流された情報は虚偽であるとし、改めて、石材【ラスレーの黒貴婦人】……いや、【ラスレーの黒正妃こくせいひ】と名を改め、流通経路に流すとしよう」

「はい! それがいいと思います!」

「では、まずは鉱山の買い取りから始めようか。娘、名前は?」

「はい! メオ・ウルム・ノンリア・エメネ、十五歳です! メオって呼んで下さい!」

「うむ。では、ここに貴殿との契約の儀式を発動する」


 凄い、お爺さんの手に紫色の炎が!

 お爺さんも魔法使いだったのね!


「汝、メオ・ウルム・ノンリア・エメネは、アロウセッツ・ブルーギル・バードへと、ロウギット石切り場譲渡の為、金貨二十万枚を借用し、必ず返済することを、ここに契約する」


「はい! え゛!? 金貨二十万枚!?」


「毎月二十五日に金貨千枚、夏季冬季のみ金貨五千枚、年合計金貨二万枚を返済し、返済期限を十年と定める。この契約が反故、または返済期限を一日でも過ぎた場合、族滅を以って償うものとする」


 ちょ、ちょっと待って、覚えられない、覚えられないから!

 族滅を以って償うって何!? それに金貨二十万枚って!?

 

「〝絶心ぜっしん臓針ぞうしん〟」――――「スケアリーブックが、汝が名を刻まんッ!」


 紫色の炎が文字になると、それは煙となって私の口から入り込んできた。

 魔女だから分かる、これ、絶対にヤバイ魔法だ。

 

 飲み込んだ煙が、胸の中心にあるのが分かる。

 心臓を包み込んでいる。ああああ、これ、契約反故したら確実に死ぬ奴だ。


「うむ、これにて契約は終了とする。良かったな魔女の子よ。伸びた命、尽きぬようにな」


「……げふん」


 紫色の煙を口から吐きながら、お爺ちゃんを恨めし気に睨む。

 借金金貨二十万枚って、どうやって支払っていけばいいの?

 やっぱり私の人生、ハードモード過ぎない?


 ……げふん。

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